第二十話 ファブリス王子と勉強会
アイリーンを優等生にさせよう。
そんな高い目標を掲げた私は、どうすればいいか考えた。
(でも大抵の方法はやり尽くしたし、私のアイデアはとっくに尽きているのよね……)
となれば――。
「ファブリス王子、悩んでることがあるのだけど」
授業と授業の合間、わずかな休憩時間にて。
アイリーンを装って相談を持ちかけてみることにした。
「アイリーンが悩みだなんて珍しいね。僕にできることかどうかはわからないけど、できる限り力を貸すよ」
「それじゃあお言葉に甘えて。……どうにも私、勉強が好きになれないのよね。だってつまらない話ばかりで飽きてしまうんですもの。全然頭に入って来ないしすぐに眠くなってしまうの。でも劣等生だなんて言われて舐められたくないじゃない? だからどうしたらいいのかしらって思って」
ファブリス王子は「ああ、そんなことか」とくすりと笑う。最近可愛いからかっこいいになりつつあるイケメンの笑顔は今日も最高に素敵だった。
……と、それはさておき、彼が提案してくれた内容は。
「僕は王子教育を受けているし、ある程度のことまでなら教えてあげられるよ。そうだアイリーン、二人で勉強会なんてのをするのはどうかな?」
そんな、私が思ってもみなかったものだったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
早速次の日からファブリス王子と一緒に勉強会を開くことになった。
場所は例の噴水前。談話室や庭園では人目につくので色々面倒だろうという理由だ。
直前までこのことを秘しておいてサプライズにしようか迷ったけれど、ファブリス王子の目前で言い争いになっては困るので、その日のうちにアイリーンに事情を説明しておいた。
「げっ……。あんた、なんで勝手にファブリス殿下と約束してるわけ!?」
「いいじゃないですか、婚約者との勉強会デートですよ。字面からして青春感溢れてますし」
「何よそのセイシュンカンってやつは。それにわたくし――」
ごちゃごちゃ文句を言われるだろうとわかっていたので、その気にさせるための言葉ならすでに考えてある。
アイリーンはプライドが高い。そこをうまく利用して挑発するのだ。
「ファブリス王子は王子教育を受けているんですって。おそらく私よりずっと頭がいいでしょう。アイリーン、ファブリス王子に負けていいんですか? 王子妃に相応しくない馬鹿だと思われるかも知れませんよ」
「何よもう! わたくしは他の誰よりも王子妃に相応しいに決まっているでしょう!! わかったわ、その勉強会とやらに参加してやるから感謝なさい!」
いや、勉強を教えてくれるファブリス王子に感謝するべきだと思う、アイリーンも私も。
「じゃあ明日勉強会ですからね。絶対寝逃げしないでくださいよ」
「うるさいわね。やると言ったらやるわよ」
確かにアイリーンが嘘を吐いたことはない。
なのでその点だけは信用できた。
(キラキラ輝く噴水を背景にしたらなんだか天使みたいに見えるわ。とどまるところを知らない美少年っぷりがすごい……!!)
私がそんなことをぼんやり考えている傍らで、アイリーンたちの勉強会が始まっている。
互いの方が触れ合いそうな距離で噴水の淵に横並びに座り、ノートを突き合わせているアイリーンとファブリス王子の二人。普通ならドキドキしてもおかしくない場面であるにもかかわらず、そんな甘い空気が感じられないのだから不思議だ。
アイリーンは首を捻ってばかりいたし、ファブリス王子もそんな彼女にただただ困惑しているようだった。
「アイリーン。これは基礎だよ。高位貴族なら誰もが知っている初歩的な知識で……」
「こんなのがわかる方が謎だわ。単なる文章の羅列じゃない」
「……あれ、おかしいな」
アイリーンがおかしいのなんて今に始まったことではない。
ファブリス王子だってそれは知っているだろう。
事前に「優しく時に厳しく根気よくお願い」と私が無茶振りをしていたこともあって、噛み砕いて教えることにしたようだ。
周辺国との関係性。この国の成り立ち。
全てこの数日で習ったことだったが、ファブリス王子の教え方はうまく、予習としてはちょうど良かった。
「……というわけでデービス王国は東の帝国、西の公国に次ぐ豊かさになったというわけだよ」
「へえ、そういうことなの。正直あまり期待してなかったけどファブリス殿下が小さい頃から無意味に賢ぶってたのがこんなところで役立つとはね!」
「いいや、そんなことないよ」
褒められたとでも思ったのか、はにかんだような表情を見せるファブリス王子。
どちらかと言えば貶されていた気がするが、喜んでいるのならそれでいいのかも知れない。
「じゃあ少しずつ進めていこうか」
「少しずつなんて面倒くさいわ。軽々とファブリス殿下を超えてあげるから覚悟しなさい!」
「君ならきっと超えていくだろうね。その時を楽しみにしていようかな」
いくら本気を出してもそう簡単にいかないと思う。
しかし二人のやりとりがなんだか微笑ましいので私は黙って眺めていた。
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