第十九話 悪役令嬢は授業中は寝てばかり

 授業中に寝てばかりいるなんて絵に描いたような劣等生、そうそういないと思っていた。

 そりゃあ眠い時にうっかりやらかしてしまうとしても毎日だなんて信じられない。


 しかし私の同居人、アイリーン・ライセットはまさしく絵に描いたような劣等生そのものだった。

 周囲からは真面目に授業に聞き入っているように見えるだろう。だがそれはあくまで外から見たら、というだけの話。その実彼女は教師の言葉の欠片も耳に入れてはいなかった。


(このままじゃ絶対ダメ……。なんとかしないと)


 私は一人思案していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 入学初日はうまくいっているかのように思えた。そもそも遅刻している時点でどうかと思うが、それでもだ。


 初日故に授業が非常に短かったおかげだった。

 私たちは途中参加なので授業を受けていたのは半時間ほどだったように思う。


 そのあとは自由時間。だが、すぐに教室を離れたわけではない。

 宣言した通り、群がってくる令嬢たちと丸一時間以上、代わる代わる喋らなければならなかった。


「ごきげんよう。初めまして――」

「あ、あの、席も近いですしお友達にでも――」

「どうして授業に遅刻なさったのですか、もしや何か――」


 家格の違いがあまりないので怯えた様子はなく、代わりに好奇心と腹黒い思惑によって喋りかけてくる彼女らに、だがアイリーンはいつも通りの調子で答えていた。

 そう、いつも通りの調子で、だ。だから私は必死で取り繕わなければならなかった。変な噂を立てられて困るのはアイリーンではなく私なのだ。


 趣味の話になった時に馬に乗って森を駆け回ることだと言いそうになったのを止めて優雅な乗馬での旅にすり替えたり、他にもファブリス王子との思い出のいくつかを聞かれて誤魔化したり……。その最中、一体何度肝を冷やしたかわからない。


 そんなこんなで全員と話し終える頃には私だけがへとへとになっていた。


(でもまあ徒労に終わらなかっただけでまだマシね……。苦労したおかげで収穫はあった)


 少し変わり者だが、悪い子ではないと思われたのだろう。

 これからぜひ仲良くなってほしいと数人の令嬢が言ってくれたのだ。つまり、友人候補ができた。


 うまくやれば友人になれるはず。うまくやれば。

 果たしてうまくやれるだろうかは全くの未知数だが。


「はー疲れた。ファブリス殿下、わたくしを女子寮まで案内してくださる?」


「え、女子寮までかい」


「もちろん中にまでは入らせないわよ。でもわたくしとファブリス殿下が連れ添っていたら皆の視線を集められるじゃない? 何しろファブリス殿下は顔がいいもの」


 相変わらずのワガママっぷりを発揮しつつ、ファブリス王子の手を引いて教室を颯爽と走り去るアイリーン。

 その後ろ姿を他の生徒たちがどのような目で見つめていたかは知らない。




 午後も平穏そのものだったと言える。

 昼食のがっつきっぷりに驚かれたり――食事は食堂で寮仲間数人と一緒にするのだ――、部屋でじっとしていられずうろうろと歩き回ったりはしたけれど、そのまま大きな事件が起こることなく夜がやって来て、無事就寝することができた。


(ずいぶん危うかったとはいえ、一応初日はセーフ。このままならどうにかやっていけるかも)


 そう思った私が甘かった。

 ここは学園。二日目からは授業が始まる。そしてその授業が、アイリーンにとって最大の難関だったのだから――。


 二日目、ファブリス王子が女子寮の前まで来てくれていたこともあって、遅刻せずに教室に行けたところまでは良かった。

 だが一限目、最初の授業は歴史で問題が発生した。


 教壇に立つ担任――もちろんこれも貴族出身――が爵位についてやこの世界の成り立ちなどなど、基礎的でありながら重要なことばかり語っている最中、アイリーンは退屈そうに言ったのだ。


「わたくし勉強は嫌いなの。あとはアイに任せるわ」


 小声だったのでおそらく周囲には聞こえていなかっただろう。

 でも私にはきちんと届いてしまった。そんな言葉、聞きたくなかったのに。


(早速サボろうなんてダメでしょう!)


 叫びたい気持ちでいっぱいになった直後、全身から力が抜けて机に突っ伏しそうになる。

 これはあれだ。アイリーンの意識が眠ってしまったのだと感覚的に理解した。


 今までは勉強時間は必ず部屋を抜け出していた。それができない代わり、昼寝という方法で精神的に逃げようということか。


 体を共有している私たちだが、互いの意識に干渉することは不可能。つまりアイリーンを起こすことなんてできないわけで。


(そうか。『せいぜい頑張りなさいよね』とか昨日言ってたのは、最初から私に丸投げするつもりだったのね! ああもう、これじゃどうしようもない……)


「アイリーン?」


 隣から心配そうに声をかけられた。ファブリス王子だ。

 私は愛想笑いを浮かべ、その場をやり過ごした……が。


 その日の残りの授業も、翌日以降もアイリーンの態度はまるで変わらなかった。

 起きているのは昼休みと放課後だけという有様に私は憤らざるを得ない。


「何のための学園ですか。ちゃんとしてください!」

「つまらないでしょ、授業なんて」

「またそんなワガママを……!!」


 これから生きていくには必須の知識。

 学園での勉強は私だけが覚えていればいいことではないのは明らかで、今までのようになあなあで済ませてはいけない。


 だから私は、決めた。


(今度こそ必ず彼女の勉強嫌いを克服させてみせる)


 寝てばかりの劣等生のままでなんか、いさせてやるものか。

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