第十八話 迎えに来てくれた王子様

 ドレスが重い。宝石がかちゃかちゃと音を立ててやかましかった。

 女子生徒二人組に逃げられ、道を聞けなかった時からすでにさらに数分経っている。


 遠くから鐘の音が聞こえてきた。ああ、これはきっと始業の合図だ。


「それでも全く焦らないとか、肝が据わってるにもほどがあるでしょう」


「アイだって別に慌ててないんだから一緒でしょ」


「今更急いでも仕方ないし諦めてるだけです。それはさておき」


 私は目の前にある窓の外を指差して言った。


「これ、どう見ても教室と逆側に来ちゃってるんじゃないですか」


 今私たちがいるのはおそらく学園の入り口から真反対にあたる場所。ガッチリと閉ざされた裏門が見える。

 そしてその付近に噴水が備え付けられていて、噴き上がる水が陽光で虹色に輝いていた。


「だってこの先がどうなってるか気になったんだもの。学園って小さい割には意外と色々な場所があるのね。なかなか気に入ったわ。急いでも仕方ないなら、あそこでちょっと休んで行きましょ」


 そう言うなりがらりと窓ガラスを開け、えいやと外に飛び出すアイリーン。

 彼女にとって脱走など手慣れ過ぎたものだ。とはいえ、もしもこの場面を他の生徒が見ていたらドン引きされていただろうけれど、幸い周囲には誰もいなかった。


 わかってはいたことだ。でももう少しお淑やかに振る舞わないと、ますます変な目で見られることになる。


(そしていずれは破滅の危機の火種に――)


 今のところ予兆はないが、それでも警戒しておくに越したことはないのに。

 このまま教室に辿り着けずに一日が終われば、まず初日の今日で変人扱いは決定だろう。でもすぐよそごとに興味を持って行き先を変えてしまうアイリーンがいる限り教室に着けるとは思えない。


 はぁぁぁ、とため息を漏らした、その瞬間だった。

 噴水の向こう、うっすらと人影が覗いたのは。


 やばい、こんなところを見られたらまずい。

 そう思ったけれど現れたのは私もよく知る人物で。


「アイリーン、こんなところにいたんだね。うっかり外に飛び出したんじゃないかとヒヤヒヤしたじゃないか」


 青を基調とした貴族服がとても似合う、落ち着いた印象の少年。

 彼――ファブリス王子は今日も美しく、服装が一段と顔の良さを引き立てていた。


「迎えに来たよ」


「ようやく来たのね、ファブリス殿下」


 優しく差し伸べられる彼の手を取るアイリーンは、まるでファブリス王子がここへ来ることがわかっていたかのような口ぶりだ。

 まあ、私とて全く期待していなかったと言えば嘘になる。ファブリス王子ならアイリーンを心配してくれるかも知れないと思っていた。


 だが、まさか本当に来てくれるとは。

 ありがたい反面、少し不安になって訊いてみた。


「もう遅刻よね? ファブリス王子は大丈夫なの……?」


「君がなかなか来ないから心配になってね。抜け出してきたけど、僕のことは別に気にしなくていいよ」


「それならいいけれど。でも、ごめ」


 ごめんなさい、と言うつもりがアイリーンに阻まれた。

 そして彼女はいつも通りの調子で言うのだ。


「学園巡りはなかなかに楽しかったわ。満足したし、そろそろ教室に行ってあげてもよろしくてよ」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「遅くなって申し訳ない。彼女が僕の婚約者だ」


 ファブリス王子のおかげで教室には簡単に辿り着けた。入り組んだ構造になっているとはいえ、アイリーンのように寄り道さえしなければ道のりは簡単だったのだ。

 しかし、彼に伴われて教室に入るなり、なんとも言えない空気になった。


 上級貴族――侯爵家以上の生徒が学ぶクラスらしく、人数は男女三十人ほど。一斉にアイリーンへと視線が集まる。


 それが好奇によるものなのか何なのかはわからない。ただ眺めるだけではなく、何か言いたげな者もいた。

 だが質問の嵐になるようなことはなかった。


 なぜなら、アイリーンがそれをたった一声で黙らせたからだ。


「わたくしと言葉を交わしたいなら、あとで一人一人たっぷり相手してあげるわ。そんなことよりさっさと授業とやらを続けたらどうなの?」


 それに誰も反論しなかった。できなかったに違いない。


 本当にアイリーンは強い。その鋼メンタルを私にも分けてほしいと切に思う。

 言葉の力強さはもちろんのこと、彼女の自信満々な態度も要因の一つだろう。普通なら騒ぎになるところを収めてしまう圧倒的強者感は、さすが悪役令嬢というべきなのかも知れなかった。


(まあ悪役令嬢が何か、いまだに何かよくわからないままなんだけど)

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