第十七話 早速の迷子騒動
入学式はまず女子生徒四十名が入場、そのあと男子生徒もやってきて並んでいた。
その人混みの中にファブリス王子の姿を探すが、人が多過ぎてパッとは見当たらない。ちなみに男子生徒はどちらかと言えば美形が多かったものの、ファブリス王子と比べればみんなモブ顔だった。
そうしているうちに学長――ファブリス王子の叔父にあたる王弟が務めているらしい――からの挨拶があり、生徒会長だの何だのからの話があったりしたが、ざっと聞き流す。
入学式が終われば、周囲の人々が口々に何やら話し始めた。
名乗り合い、ぺこぺこぺこぺことお辞儀ばかりしている。アイリーンはそれを腕組みしながら眺めていた。
「マナーを見て相手を見定めて、これから誰と交流を深めていくのか選ぶ……でしたっけ」
「つまらないわ。誰もわたくしに話しかけてこないのはどういうことなのかしら。わたくし、目立っていたわよね?」
「目立ち過ぎていたから遠巻きにされたんでしょう」
チラチラとこちらを見つめてくる者は結構いる。でも、確かに『褒め称えてもよろしくてよ』なんて言ってしまう子とは付き合いづらいだろうなと思う気持ちも私にはわかるので、なんとも言えない。
ここで無理に行動を起こすのは良い結果を生まない可能性もあるし――。
「まあいいわ。さっさと教室に行きましょう。クラスは身分で分かれているらしいから、先に行ってファブリス殿下を待つわ」
「……意外。てっきりファブリス王子の腕を引っ張って教室に向かうんだろうと思ってました」
「ファブリス殿下は第一王子なのよ? どうせ大勢に囲まれているに決まっているわ。集られているところをわざわざ連れ出すのは面倒くさいでしょ」
それはその通りだと思い、私は頷く。
そのまま皆より一足先に校舎へ向かい、教室目指して走り始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
誰よりも先に教室に着いて、ファブリス王子を待っておく――そのはずが、どうしてこうなったのだろう。
十数分後。私は深々とため息を吐いていた。
「もう子供じゃないんですから迷子とかやめてくださいよ……」
「仕方ないでしょう」
「仕方ないでしょう、じゃないです。確かに私が迂闊だったのは認めますけどね」
教室の場所を誰かに聞き忘れたのでわからない上、アイリーンがちょこまかと走り回るのでどの道を通ったのかがわからなくなり、戻ることさえ不可能なのだ。
入学初日に迷子とは、情けないにもほどがある。
これは間違いなく笑い者にされるし、そもそも遅刻しているかも知れない。公爵令嬢の迷子騒動……本当にやめてほしい。
「でもおかげで学園には詳しくなったわ。つまらないおしゃべりをするよりはずっと楽しいし、良かったじゃないの」
「……サボりたいからわざと迷子になったとかじゃないですよね?」
「そんなわけないでしょう、失礼ね!」
怪しい。
けれどそれ以上追求しても意味がないのでやめた。
確かにこの数十分で色々な場所を巡った。
青々と茂る木々が立ち並ぶ中庭、昼休み時間の歓談のために作られた談話室など。アイリーンは探索を楽しんでいた。
学園は広い。そして迷宮のように入り組んでいる。
普通に歩いているだけで道がわからなくなるくらいに。
(ただ彷徨っているだけじゃ埒が明かない。早くどうにか教室を見つけないと……)
「ファブリス王子と合流する手立てを考えましょう。きっと心配かけてますよ」
しかし私の言葉などアイリーンは無視して、向こうから歩いてきた名も知らぬ令嬢二人組を見つけ、「ちょっと話してみましょう!」なんて言って無邪気に駆け寄って行ってしまう。
彼女たちも新入生らしい。ピクリと身をこわばらせていて、警戒されているのは明らかだった。
「そこの二人、ちょっといいかしら」
「えっとあなたは」
「もしかしてライセット公爵令嬢……ですか?」
「そうよ。あんたたちにちょっと聞きたいことがあるのだけれど――」
しかしアイリーンが最後まで話し終えることはできなかった。
「ライセット公爵令嬢……!?」
「すみません、あの、急いでますので失礼しますっ!」
叫び声と共に小動物のような速さで逃げ出したその女子生徒たちは、廊下の曲がり角目掛けて足早に歩き出す。
アイリーンはそれを無理に止めることなく見送った。
「あら、わたくし嫌われたの?」
「というより怯えられていたので、身分的な問題か、あるいは危険人物と見られたかでしょう」
「失礼ね、危険人物だなんて。わたくしは公爵家の娘よ。でもそうね……身分問題はあるかも知れないわ」
今まで関わってきたのは、ファブリス王子と庶民だけ。
庶民はアイリーンの親しみやすさのおかげで距離が近かったし、ファブリス王子との関係性も独特だったので今までこんな経験はなかったけれど、貴族社会においては身分は大事に違いない。
「社交のための勉強はもう始まっているってことですね」
やはり早々に抜け出したりしないで、きちんと挨拶を交わしておいた方が良かったと後悔したが、今更だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます