第十二話 王子と遠乗りへ!?②
きっと今頃ライセット公爵邸ではアイリーンが逃げ出したとして、王城では王子の誘拐事件として大騒ぎになっているだろう。考えると胃が痛くてたまらない。
まさか王宮へ行ってファブリス王子に会うだけでは飽き足らず、遠乗りに行こうと誘うなんて、想定外だった。
しかしもう驚かない。アイリーンは私の考えの斜め上をいって暴走しまくるので、もう何を言っても仕方ないのは百も承知なのだ。
私がすっかり思考放棄して諦めの境地にいる傍、アイリーンは平常運転だった。
「なんだかいい匂いがするわ。美味しいものがあるのかも! ファブリス殿下、買いに行きましょう」
「せっかくだから揃いの品を買うなんてどうかしら。思い出にもなるじゃない?」
あらゆる街に馬を止めては、食べ物からアクセサリーの類まで買い漁ったり。
「ちょっと険しい道になるけどしっかり捕まってなさいよ!」なんて言って、ファブリス王子を振り落とす勢いで馬を走らせたり。
当然のことながらファブリス王子はヘトヘトになっていた。筋トレの時以上かも知れない。アイリーンの騒がしさもあって疲れるのは私も経験済みだ。
なるほど、彼にとっては相当な訓練になっただろう。アイリーンの考えは正しい。ただ、それは謹慎が明けた上で、周囲にきちんと話を通してからにしてほしかった。
でも――。
正直に言おう。ファブリス王子の色々な姿を見られて眼福だった。
悲鳴を堪える姿も、アイリーンと一緒に買い物を楽しむ姿も、へとへとになってアイリーンにひょいと担ぎ上げられてしまった時も。
とにかく可愛い。イケメンパワーはすごいと思う。顔が良ければなんでもいいというわけではないが、彼に限っては特別だ。
そして彼の魅力は単に顔だけではなかった。
なんとファブリス王子、連れ去りのような形でこの馬での旅路に付き合わされているというのに、不満を口にするそぶりすら見せないのだ。
それはきっとアイリーンを気遣っているからこそ。
確かになよなよしている部分はあるものの、うまく育てていけばいい男に育つに違いない。
(ここまできたんだから破滅回避なんて絶対の絶対にもう無理。でも王子を手放すのは惜しい。このまま駆け落ちする? でもいくら私の知識が役立つかも知れないとはいえ、どうやって子供二人で生き延びるのよ……)
そう、問題は私が精神年齢十七歳であっても、アイリーンを止められないのであまり意味がないということ。
そもそも多少なりとも制御できているようなら今のような状態に陥ってなどいないに決まっている。
やはりファブリス王子と過ごすのは諦めて、処罰を受ける前に私たちだけでも逃げるか、アイリーンがそれを是としないのであれば引っ捕らえられるかの二択しかないのだろう。
この最初で最後のデートを満喫しなければ後悔する。今だけはアイリーンのように前向き、というか考えなしになれたらいいのにと思った。
今は割合穏やかな道を馬で駆け続けている最中。
相変わらずの常識はずれな速さで、耳元で風がごうごう音を立てて吹き去っていく。そんな中なのにファブリス王子はどこか楽しげだった。
「なんだか新鮮なことばかりで驚かされっぱなしだよ。君と僕は本当に生きていた世界が違ったみたいだ」
「そうでしょうね。わたくし、ファブリス殿下みたいな引きこもりじゃないもの。あ、そろそろ昼食休憩にしない? あそこの湖なんてちょうど良さそうじゃないかしら」
「うん、いいと思うよ。ちょっと疲れたし」
言葉を交わすアイリーンとファブリス王子は、お茶会の時とは比べ物にならないほど自然な関係性に見えた。
それは共に半日ほどを過ごしたおかげなのか何なのかは、はっきりとはわからないけれど。
「まだまだ軟弱ね」
「どうやら剣を振っているだけじゃダメみたいだ。僕も君のように強くならなければ」
「ならなければ、なんて堅苦しい考えをしているから余計にいけないんだわ。人生楽しまなきゃ損よ!」
それはその通りだ。
生きていくにおいてしがらみは多い。家族関係、立場、負わされた責任……。色々あるが、後悔ばかりの人生は歩みたくないし、楽しんで過ごしたい。
もっともその考えが強過ぎて自分の人生を危うくしかけているアイリーンはさすがに庇護できないが。
「……そうだね」
そう呟いたファブリス王子の目はどこか遠くを見ているようだった。
そんな横顔まで儚げな美しさを放っているのだから素晴らしいとしか言いようがない。
「ああ、別れなければならないのが本当に惜しいっ」
堪え切れず、思わず独り言を漏らしてしまった。
「何か言ったかい?」
「あ、いいえ、何も! ただ――」
慌てて口を塞ごうとして、しかしすぐにアイリーンが私の言葉のあとを続けた。
豪快な笑みのおまけ付きで。
「ファブリス殿下はお顔がいいんだから自信を持ちなさいって、そう言ったのよ!」
それは全く理屈になっていないのに妙に説得力があり過ぎる一言だった。
ファブリス王子がどう思ったのかはわからないけれど。
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