第十一話 王子と遠乗りへ!?①
田舎道から人目の多い大通りまで、あらゆる場所を駆け抜けた。
陽が暮れ、夜が来て、朝陽が昇って地上を燦々と照らす頃。辿り着いたのは、数日前に訪れたばかりの王宮だった。
おそらくここが行き先だろうとは予想していたけれど、まさか本当に来てしまうなんて。
城の門は固く閉ざされていたが、アイリーン――王子の婚約者にのみ教えられているという抜け道を使ってこっそり忍び込んでしまう。見咎める者は誰もいなかった。
「なんでアイリーン様がこんな道を知ってるんですか」
「教えられたのよ、今は亡くなった王妃陛下――ファブリス殿下のお母様に。王家に輿入れするなら将来必ず役に立つってね」
ファブリス王子の母親が死んでいたとは初耳だ。そのせいでファブリス王子はあれほど頼りないのだろうか……と、それはさておき。
王妃がアイリーンに抜け道を教えたのはおそらく善意によるものだと思うし、王子妃になるアイリーンには必要なことなのかも知れない。
ただ、もう少しアイリーンがものの分別がわかるようになってからにしてほしかった。死者に言うのは酷だけれど。
この状況は間違いなく不法侵入だ。見つかったら問答無用で牢へ連行されても全くおかしくない。
公爵令嬢だからひどい目に遭わされないと信じたいが、その保証だって何もないのだ。
「今からでも引き返した方がいいです。いいえ、引き返さなきゃいけません。王子様に会いに行こうだなんて無謀もいいところでしょう!」
何を言っても今更だとわかっているし諦めてもいる。それでもわずかな希望にかけて、アイリーンに懇願した。
だがそれは当たり前のように無駄だった。
「しーっ、声がでかいわ。あそこを通ってファブリス殿下の稽古場に行くんだから黙ってなさい」
「アイリーン様っ!」
王宮に入るまでは爆速で走っていた馬は、アイリーンの指示に従いゆっくりゆっくり進んでいく。
そのおかげで城を見回る衛兵やせっせと働くメイドと数回すれ違ってもまるで気づかれない。そしていつの間にか稽古場だというところまでやって来ていた。
稽古場は一面の砂地だった。
そこに一人きりで佇み、黙々と剣を振る彼を見間違えるはずがない。金髪碧眼の至高の美少年。アイリーンに踏みつけられて呻いていた姿が記憶に鮮明だ。
そんな彼にアイリーンは勝気な微笑みを見せ、声をかけた。
「ファブリス殿下! 今日も今日とて剣の訓練をしていらっしゃるのね。どうせこんなことだろうと思って誘いに来たわ!」
「……アイリーン?」
信じられないという表情でアイリーンを見上げ、青い瞳を見開くファブリス王子。
そりゃあそうだろう、問題を起こしたばかりのアイリーンがこんなところに――しかも馬に跨った状態でいるのだから。
「そうよ。わたくし暇なの。一緒に遠乗りへ行きましょう?」
「え、でも。というか君、どうして――」
しかしファブリス王子の言葉は最後まで続かなかった。アイリーンが彼の腕をギュッと掴んだからだ。
そしてその直後に馬が走り出した。
「ほら、出発するわよ」
「あ、ちょっと、うわぁっ!!」
叫び声まで可愛い。が、片腕がちぎれそうな勢いで引きずられる絵面はさすがに見ていられなかった。
私がアイリーンに代わって彼を馬上に引き上げなければどうなっていたことかわからない。
「これは一体どういうことなんだ!」
「城を出てからゆっくりお話しするわ。きっと楽しい旅になるわよ!」
一緒に遠乗り。馬は一頭。つまり相乗りということになるだろうか。
アイリーンの考えは大体わかった。筋トレがダメなら外に連れ出して強くしよう……そういう魂胆に違いない。
でも彼女はきっと気づいていないのだろう、これが王子を誘拐する形になっているということに――。
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