第十話 悪役令嬢の自宅謹慎、からの……
「アイリーン。とんでもないことをしでかしてくれたな。お前の功績は認める。だが、近頃……いや、これは近頃に始まったことではないな。とにかく調子に乗り過ぎだ」
「お父様、でも――」
「第一王子殿下が寛大で命拾いしたな。王族への暴行罪、そして不敬罪の両方で処せられてもおかしくないというのに。
お前に一ヶ月の謹慎を命ずる。決して屋敷の外へ出ぬように」
しばらくバタバタと騒がしかった屋敷がようやく落ち着いてきた頃、ライセット公爵がアイリーンの元へやって来て真っ先に告げられた言葉がそれだ。
一ヶ月の自宅謹慎。
おとなしい引きこもり令嬢ならば苦にならないそれは、奔放で自由勝手なアイリーンには大きな痛手となること間違いなしだった。
「今までは少し手を抜き過ぎた。これからはしっかりと淑女らしい教育を施さなければならぬようだな。夕食はここへ運ばせるから、お前は部屋でじっとしていろ」
そう言い残し、静かに立ち去るライセット公爵。
彼の後ろ姿を見つめるアイリーンは小さく肩を震わせた。
「何よ、ちょっとファブリス殿下のきんとれのお手伝いしただけじゃないっ! どうしてわたくしがこんな目に遭わなければならないのよ!?」
癇癪を起こされても困ってしまう。
今回のはさすがに私も庇護の余地がない。今はただ彼女を止められなかった自分を悔やむばかりだ。
「相手はあのよわよわな王子様なんですよ。たとえ良かれと思ってやったことでも、怪我を負いかねませんでした」
幸い、ファブリス王子の身に何もなかったが、それにしたってこの仕打ちは当然だと思う。
「これを機に反省したら変わるかも知れないですけど……このままワガママ放題じゃ、どうなっても知りませんからね」
「お父様の味方みたいな口振りしないでちょうだい。わたくしの召使のくせに!!」
すっかりむくれてしまい、私の言葉にまともに取り合おうとしないアイリーン。
そのまま不貞寝でもするのだろうかと思っていたが――。
「このままじゃやっぱり気に入らないわね」
小さく呟いた彼女は足早に部屋の奥、壁際へと向かう。
そして夕陽が差し込んでいる窓をガラリと開けて、ぐいと身を乗り出した。
(……っ!! 何してるのこの子は!?)
外の空気を無性に吸いたくなった……だなんて呑気なことが彼女に限ってあるはずがない。飛び降りようと考えているのだとすぐにわかった。
ここは二階。一階は柔らかな草地とはいえ、あまりにも危険過ぎる。
私は無理矢理にでも体の制御権を奪おうと試みた。
ここで負けるわけにはいかない。彼女のワガママをこれ以上許していては破滅しか待っていないに決まっているのだから。
でもあまりに彼女の意思が強く、打ち勝てない。ジリジリと体が前方へ傾いていく。どんなに力を込めても堪え切れない。
「ついさっき自宅謹慎言い渡されたばっかりなのにわかってるんですか!?」
「だから何? 人生ってのは有限なのよ。謹慎なんていうくだらない言いつけごときで楽しむのを邪魔されてなるものですか。それにまだ、ファブリス殿下を全然強くできていないでしょ!」
「それはアイリーンが問題を起こすから!」
「しつこい。アイリーン様と呼びなさいよ、ねっ!」
アイリーンが叫んだと同時、とうとう必死で壁にしがみついていた足が離れ、空中へと投げ出された。
きゃあああ、とわけもわからず私は絶叫。ジタバタともがいてももはやどうにもならない。
ドレスが広がり、ふわりと舞い降りる、そんなおとぎ話のような着地方法だったら良かった。しかしアイリーンはただただ猛スピードで落ちていくばかりで。
目の前に草地が迫ったと思った直後、すごい勢いで額を地面に打ちつける。
その痛みは瀬戸愛としての人生を含めても過去最高レベル。視界に火花が散った。
これはもしかすると本気で死んだかも知れない。
「……いたた。ああ、痛かった。でもこれで脱走成功ね!」
アイリーンの元気の良い声が聞こえた直後、意識が暗転した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして次に目を覚ました時、私の――そしてアイリーンの体はぐらんぐらんと揺れていた。
寝起きの頭を必死で働かせ、どうやら死ななかったらしいという事実を受け入れるのにたっぷり数秒。そして今一体どのような状況に直面しているのか理解するのにさらに十秒ほどを要した。
「今、まさか馬の上だったりしないでしょうね?」
「起きたの、アイ。まさかでも何でもなく馬の上よ。もう少し寝ていても良かったのに」
見知らぬ街の中を爆走する馬。それに跨るアイリーン。
何度となく体験させられた、夜のお散歩に酷似している。ただここは森ではないので、聞かされた言葉を加味して考えれば屋敷から脱走して逃亡中なのだろう。
(――ああ)
終わった。
九死に一生を得たようだが、もはや関係ない。
謹慎の言いつけをすぐに破って逃げた。逃げ出してしまったのだ。
生命とは別の意味でこの人生が終わったことを私は確信し、この世界に来た日以来久々に泣きたくなった。
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