その歌は母に。その理想は友に。


 王とは何たるか。その答えは人それぞれである。


 よりよい統治を。民を守る大きな背中を見せる事を。人々に慕われ、好かれる事を。


 皆が王に求める要素とは、人それぞれ。そして、王はその期待に全て応える義務があると“始まりの魔王”リエルにして“堕ちた大天使”はそう考えいる。


 王とは民の理想を叶える存在にして、絶対。


 例えその身が滅びようとも、幾多の犠牲を払おうとも人々の臨む姿を常に見せ続けるべきなのだ。


 が、しかし、リバース王国の王はそれをなし得ず、挙句の果てにはこのような化け物まで復活させている。


 魔王は怒りを抑えきれなかった。


 かつての盟友にして、古き友であったミカエルの望む世界を作ろうと地へと堕ち、魔王国を建国。


 常に人々から虐げられてきた魔人族を国に引き入れ、紆余曲折ありながらも彼女は盟友の望んだ世界を自らの手で作りとしたのである。


「ノア!!」

「ノア!!大丈夫?!」

「俺は大丈夫だ。幸い、魔王様に助けられたよ。運が良かった」


 ノアを心配しているであろう第四魔王軍の前に現れた魔王とノア。ノアはレオナとアランに真っ先に心配され、笑顔で応える。


 その姿は、かつての自分と盟友の姿に重なる。


「くはは。懐かしいのぉ。今も見ておるのだろう?聖なる母よ。姿を消し、その権能のほぼ全てを失いながらも、迷える子羊を救い出すとは実にお主らしい。妾も目にするまで気づかなかったわ。そして、その姿のお主の名を呼ぶのは少々抵抗があるのう」


 魔王はそう言いながら、誰一人として自分に反応してくれない第四魔王軍を見てちょっと悲しく思いつつもゆっくり空を舞う。


 出会いは偶然。かつて忽然と消えたその友人が、今になって目の前に現れるとは思わなかった。


 そして、天の権能をほぼ全て失い、ただの人となったとは夢にも思わなかった。


 が、それでも彼女は自分の理想を叶えようと小さなことから始めていたのである。


「のう?ミカエルよ。その力を捨て、その名を捨てて、お主は何を見た?何を知った?妾の国を見て、お主は何を思ったのかの?」


 シスターマリア。


 彼女は元大天使と呼ばれる天に住む住人であり、かつてガブリエルと共に理想を説いた古き友。


 本来、子供が危険な目に会うのを嫌う彼女が魔王の説得に応じたのも、魔王の我儘を快く引き受けたのも全て旧友であったがため。


 古き友としてガブリエルを知っているシスターマリアは、彼女が約束を違えない人物だとよく知っていた。


「くはは。人に堕ちるのにどれほど時間がかかったのやら。妾の方が先に国を作るとは思わなかったがの。天の目から逃れるためか?念には念を入れるところは、昔から変わらんのぉ」


 ノアが聞けば“そんな設定全く知らないぞ”と言う事だろう。


 それもそのはず。この設定は、一切公開されていない裏の設定なのだから。


 元々は、ストーリーを作った作者が最初にキャラクターを作った後、ストーリーの展開的に出せなかった設定なのである。


 公式ガイドブックの魔王の種族は“不明”となっているのは、その名残でもあった。


 そして、リエルと言うその名も。


「キィェェェェェェ!!」

「五月蝿いぞ。蝿が」


 奇声を上げながら鞭のように腕を振るったソロモンに対して、魔王は静かにそう言うと虫を払うかのように軽く手を動かして腕を弾く。


 そして、手を握りしめて拳を構えると静かにその一撃を振り下ろした。


「潰れろ」

「ギィァァィ!!」


 ノアよりも小さいその体にどれ程の力が宿っているのだろうか。たった一振しただけで、ソロモンの体は地面へと吸い込まれ砂煙を上げながら地に落ちる。


 同じラスボスとして君臨する者同士。しかしながら、ゲームとは違い本当の人生を歩んできた王と魔では格があまりにも違いすぎた。


 単純な破壊を求める悪魔と、王として常にその背中に全てを背負った来た魔王。


 そこにステータスと言う概念の差は存在せず、魂のみが力を表す。


 背負ってきた十字架の分だけ、魔王の拳は重くなるのだ。


「理想の実現とは難しいものよのぉ。圧倒的な力で全てを蹂躙しようとも、それは理想の王とは呼べず」


 倒れ込んだ悪魔に対して、魔王は漆黒に染った十字架を展開。


 天からの裁きとしてはあまりにも禍々しすぎるその一撃が、悪魔の目の一つを貫く。


「ギィィィィ!! 」

「民に慕われるだけでも王にあらず」


 1つの目を失い、悲鳴をあげる悪魔に対して、二つ目の審判が下る。


 漆黒の十字架は二つ目の目を潰し。悪魔を完全に地面へと固定した。


「その両方を満たしたとしてもなお、王は王にあらず」


 三つ目の審判。


 傲慢にも神の真似事をする魔王の審判に“慈悲”の2文字は存在せず、常に悪魔へ下される審判は“死”あるのみ。


 悪魔と呼ばれ、世界に滅びをもたらす存在はこの世界に必要なし。


 化け物の処分は、化け物がする。


「真なる王は、全ての理想の上に立つ。のぉ?お主、確か悪魔の王と呼ばれておったな?貴様にとって、王とはなんだ。力か?国か?それとも、破壊か?」

「........」


 全ての目を潰された悪魔は、悲鳴すらあげる気力を失いただ地面にひれ伏すのみ。


 ラスボスとして君臨していたはずの、プレイヤー達から割と嫌われていたあの陰湿なラスボスは完膚なきまでに叩き潰されていた。


「ふむ。答えは沈黙か。実に悪魔らしい答えじゃの。理想を追い求め、その背十字架を背負った妾と単純な力だけを持った貴様。その歩んだ道のりが、この勝敗の差じゃ。また輪廻の中で蘇ったその時は、ただの魔人族として産まれてくるといい。その時は、妾達が面倒を見てやろう」

「........」


 悪魔の王は何も答えない。


 魔王は既に避難を終えた第四魔王軍を見て、トドメに入る。


 実にあっけない幕切れ。この世界の事をよく知るノアですら、何もかもが信じられないと言った目でその光景を見つめる。


 この世界はゲームではなく現実。魔王は、背負った覚悟の重さによって神の決まりを打ち破ったのだ。


 親友を守る為に自らの道を歩んだ勇者のように、愛すべき者の為に変わった剣聖のように。


「さらばだ。化け物はあるべき場所へと帰れ。ま、妾も人の事は言えぬがの」


 魔王はそう言うと、天高くに魔法陣を出現させる。


 それは確実に一撃で悪魔を葬り去る一撃にして、魔王がこの世界からの枷を打ち破った証。


 後天的なスキルを世界で初めて獲得し、また世界の異端者となった者の証でもある。


「滅べ。【友に告げる魔王の歌レクイエム】」


 魔王がスキルを行使した瞬間、その歌は世界各地に鳴り響く。


 不協和音とも言えるその歌は、漆黒の柱となって悪魔を地獄の底へと叩き落とした。


 あまりにも音痴。そして、あまりにも不愉快。


 だが、その歌に込められた覚悟は、世界中の者達を魅了する。


 誰もが耳を塞ぎたいのに、誰もが耳を塞がない。


 そして唯一、友だけは笑いながら耳を塞ぐ。


 既にその覚悟を知っているから。既にその理想を知っているから。


「くははははははっ!!妾、完全勝利!!」


 魔王は声高らかに笑うと、魔王国から見ているであろう友と嫌そうな顔をする第四魔王軍に向かってピースをするのであった。




【天使】

 この世界の上位に存在する種族。穢れを知らぬ純白の翼を持ち、一説では神の使いと呼ばれていた。

 ゲームですら存在を僅かに仄めかされる程度であり、前世のノアですらまともな情報を持っていない。

 大天使は天使の上位種族。こちらに関してもほぼ情報がなく、その名前すらゲームにも出ていない。


【ミカエル(シスターマリア)】

 理想を持ち、世界のあるべき姿を叶えようと人へ堕ちた大天使の1人。始まりの魔王リエル(大天使ガブリエル)の唯一の友人にして、聖なる母。

 最初に設定が作られたが、原作ストーリーの展開的に設定を出さずに退場してしまった。なお、魔王と最初にであった時に困惑していたのは、昔の友人とあまりにも性格が違っていた為。


【始まりの魔王リエル(ガブリエル)】

 ミカエルの友人にして、友達が一人しかいなかったほぼボッチちゃん。突如として消えたミカエルの理想を実現させるために、姿を少しだけ変えて人の世界へと舞い降りた。王となるために色々と努力し、遂にはアランと同じく世界の理を打ち破ったチート魔王。

 出会った時には既に気づいていたが、記憶がどうなっているのか分からなかったので取り敢えず他人のフリをしていた(でも抱きしめて欲しかったから泣きついた)。




 後書き。

 伏線はいくつか張っていたけど、多分ギャク回に潰されて誰も気づいていなかった悲しみ。もう少し分かりやすくすれば良かったと反省してます(少なくとも、コメ欄に気付いている人はいなかった)。

 リエルの名前も、あっさり魔王がマリアに話を通していたのも、魔王が一度もマリアの名前を呼ばなかったのも、全部伏線だったんだけどね。天使に関してはギリ仄めかしていた程度だった気がする。伏線を張るのは難しい。

 さて、この物語もあと一話で完結です。どうぞ最後までお付き合い下さい。

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