マオウサマカワイイヤッター(義務)


 どうやっても避けられない攻撃は、こんな感じで助かるんだな。


 俺は自分のスキルがあまりにも心臓に悪すぎる事に軽く苛立ちを覚えつつも、バクバクと高速で動く心臓が落ち着くのを待つ。


「くははははははっ!!久々の外じゃの!!残す国があと一つだけだから、妾が結界を張らずとも良くなったお陰で外に出られたわい!!」

「楽しそうだね魔王様」

「くはは!!これが楽しそうに見えるか?妾は今、猛烈に苛立っておるぞ?」

「なんで?」

「あれほどの力をもつ悪魔を封印できるだけの力を持ちながら、アレを処分しなかった。つまり、今後の技術次第ではアレを制御できるとでも考えたのじゃろうな。全くもって腹立たしい。封印が途中で解けたりしたら、民は死ぬのだぞ?身勝手が過ぎるのぉ?」


 刹那、俺の全身が震える。


 普段へらへらとしているあの魔王から感じた殺気は、レオナが本気で相手を殺そうとする時の比ではなかった。


 全身が震え、周囲の木々がざわめく。草木は死を錯覚し、魔王の体から溢れ出した瘴気によって全てが枯れる。


 ゲームのムービーでも見た光景だ。


 ゲーマーとして感動したいのは山々なのだが、それよりも先に恐怖が感情を支配する。


 アランに正義とは何たるかを問い、リバース王国のやり方に凄まじい怒りを覚えていた時の魔王とまるで同じ。


 王女リーシャは顔を真っ青にし、大魔導師は震えて涙を浮かべていたのを思い出す。


 アランは、これほどの殺気を自分に向けられて平然としていたのか。


 俺は自分に向けられていないと知っていても、全身が震えて恐怖が感情を支配するというのに。


 その姿、正しく魔王。


 今の魔王を一言で表すならば“絶望”の1つで事足りる。


 理論上最強と言われ、事実負け無し(模擬戦を除く)の俺ですら本能で勝てないと錯覚する程に今の魔王は怖かった。


 でも、イタズラしたら殴るからな。怖くとも、俺のプライドは守らせてもらおう。


「くはは........甚だ不愉快。誠に不愉快だ。国のあり方はそれぞれあれど、これほどまでに民のことを考えぬ王と言うのも珍しい。先代の王は、まるで教育をしてこなかったようだな。その傲慢さゆえに己が首を絞めると」

「キェェェェェ!!」


 ドスが効いたその声は、普段の魔王からは想像もつかない。


 明るく元気で周囲に迷惑しかかけない子供ではなく、ここにいたのは理想を持った1人の王であった。


 口調すら変わっている。二重人格かと思うほどに別人だ。


 これ程遠くまで離れているあのソロモンが、完全に魔王を驚異として認識して叫んでいる。


「ゆくぞノア。今頃、アランやレオナが心配しているだろうからな」

「わ、わかった。ところで魔王様。口調が変わりすぎてて怖いよ」

「くは?くははははははっ!!妾としたことが、ちょいと熱くなってしまったわ!!これでは妾の可愛い顔が台無しじゃの!!よし、ちょっとイメージ回復のために、妾が頑張って練習してきた秘技を見せてやろう!!」


 え、ここでやるの?


「よく見ておれ!!妾だって可愛くなれるのじゃぞ!!」


 あっさりと普段の調子に戻った魔王は、そう言うとどこから用意してきたのか猫耳と尻尾を付けて全力で可愛らしい声を出しながら猫のポーズをとる。


「にゃ♪」

「........」


 再び沈黙が支配する。


 うん。全く可愛くない。


 いや、見た目だけなら確かに可愛い。本人には口が滑っても言わないが、見た目だけは可愛いのだ。


 でなければ、人気投票1位を取り続けることなど不可能なのだから。


 でも、普段の行いを見ている俺からすれば、正直この場でブーイングをしたい程似合ってない。


 やっぱり日頃の行いって大事なんだな。幾ら可愛いとは言えど、中身が中身だと可愛く見えないとはこの事か。


「........なんで何も言わぬのじゃ?可愛くないのか?」

「えーと........ぶっちゃけ可愛く─────」

「ちなみに、可愛くないと言ったら妾拗ねて帰るからの」

「─────魔王様可愛いやったー!!」


 俺は、全力で魔王に媚びを売った。


 とんでもねぇ脅しだよ。


“助けにきたぞ”と言わんばかりに登場し、滅茶苦茶かっこよかったのに全てが台無しだよ。


 かつてパセリがどうしても食べられなくて、ニーナに食べてもらったら脅された時よりもえげつない脅し方だ。


 俺を殺す気か魔王。


 ちなみにどうでもいい話だが、俺はかつてパセリをブロッコリーと間違えて食べてしまい、あまりにも味のギャップの違いからパセリがトラウマである。


 しかも、前世の話だ。転生し、身体が変わった今でも、パセリだけはどうしてもトラウマを思い出してダメだった。


「うむうむ。そうじゃろう?妾、可愛いじゃろう?」

「魔王様可愛いやったー!!」

「ふふん、妾もやればできる女なのじゃ!!」

「マオウサマカワイイヤッター!!」

「それを理解するとは、ノアも分かっておるの!!」

「マオウサマカワイイヤッター!!(義務)」


 とにかく“魔王様可愛いやったー!!”と言う俺と、胸を張って“ウムウム”と満足気に頷く魔王。


 それでいいのか魔王。脅しをかけて無理やり“可愛い”と言われて、そんなに嬉しいのか。


 ちょっと誇らしげなのが腹が立つ。


 なんだか1発殴りたくなってきたぞ?


「ところでノアよ。妾の名前は?」

「マオウサマカワイイヤッター!!(義務)」

「妾の好きな食べ物は?」

「マオウサマカワイイヤッター!!(白目)」

「ノアの好きな食べ物は?」

「マオウサマカワイイヤッター!!(脳死)」

「レオナは可愛いかの?」

「レオナは可愛い。異論は認めない(正気)」


 レオナは可愛いです。異論は認めません。


 流れで魔王様可愛いやったーと言うとでも思ったか?フハハハハ!!残念だったな!!アランだった続けていたというのに!!


 シスターマリアとニーナは、多分後で何故か怒られそうだからふざけないかな。


 俺だって命は惜しい。


 アランは半泣きしてくれそうだから大丈夫。泣いているアランは可愛いからね。しょうがないね。


「........お主、こんな時でもレオナに対してはふざけないのだな」

「それはレオナに失礼だよ」

「その言葉、妾にも刺さっておるのじゃが?心臓の鼓動が止まるぐらいグッサリと言葉の刃が突き刺さっておるが?泣くぞ?妾、こんな時でも普通に泣くぞ?」

「大丈夫、俺たちの魔王様はこの程度じゃ死なないよ。助けてくれた時はかっこよかったし」


 実際、俺の目の前に現れた時の魔王はカッコ良かった。


 俺は身体が弱すぎてできないが、あんな登場の仕方もしてみたかったな。


 悔しいが、ちょっと憧れてしまうほどかっこよかったのである。


 思わず漏らしてしまった本心。その言葉を聞いた魔王は、目をウルウルとさせながら服を掴んで俺を揺らす。


「本当か?!今のは本心か?!」

「え?うん。本心だよ。ちゃんと魔王様なんだなって思った」

「くはっ!!くははははははっ!!そうかそうか!!妾の偉大さが分かったか!!待っておれノアよ。妾がもっとかっこいいところを見せてやろう!!」

「いや、偉大とまでは言って─────」

「それ、いくぞノア!!久々に、魔王がなぜ魔王たるかを見せてやろう!!妾のカッコいいところを、しかと目に焼き付けよ!!」


 そう言って滅茶苦茶機嫌のいい魔王は、俺を掴んで転移する。


 ちょろい。あまりにもちょろすぎる。


 少し褒めたらあっという間に天狗になり、鼻が天まで伸びきっている。


 それでいいのか魔王よ。あなた、仮にも一国の王様なんですよ?こんな一兵卒の言葉一つでどこまで調子に乗れるんだ。


 俺は、そんな事を思いながらも“ま、それでこそ俺たちの魔王だよな”と小さく呟くのであった。



 後書き。

 いつもの魔王。マオウサマカワイイヤッター(義務)

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