帳尻合わせ


 暴走したアランとレオナが俺の可愛さについて布教するとか言う意味のわからない事態になりつつも、北部戦線はしばらくの間平穏な時が流れた。


 戦争をしたければ、嫌でも動きが見えてくる。


 その動きが見えるまでは、俺達ものんびりと過ごすことが出来た。乱数の女神様に祈るために毎日要塞の掃除や手伝いをし、何故かファン対応として握手をする。


 俺はアイドルじゃねぇんだぞとは思うが、今まで積上げてきた評判とイメージはできる限り崩したくなかったのでできる限りファンサービスはしてあげた。


“にゃ”だけは絶対にやらなかったが。


 あれは俺の黒歴史。間違っても再び悪夢を再来させてはならない。


「ついに来たか。カマセ帝国の連中め。今年も懲りずに元気なこった」

「かなりの数の軍が並んでいるね。毎年こんな数と戦っていたの?」

「まぁな。だが、今年は心做しか数が多い気がする。これはかなり面倒なことになりそうだ」


 この北部戦線は川を挟んでの睨み合いとなっている。


 川が天然の要塞代わりになってくれているため、魔王軍はかなり力を温存しながら防衛に回ることが出来るのだ。


 しかし、それも限界がある。川を凍らせて渡る魔法だってあるし、なんなら川そのものを無くしてしまえる魔法だってあるのだ。


 正確には、橋を作ることが出来る魔法だが、川の防衛能力は落ちるだろう。


 そして何より、カマセ帝国の勇者。確か........“盾の勇者”って呼ばれていたか?


 既に40過ぎの大ベテランの勇者であり、スキンヘッドに巨大な大盾を構えているゴリゴリのタンクファイターだった記憶がある。


 小回りが効かない代わりに、直線で突っ込んでくる速さは相当なものらしく、そして何より耐久力がアホみたいに高い。


 魔法耐性物理耐性共に高水準であり、設定では割合ダメージカットをスキルとして持っていたはずだ。


 馬鹿げているぜ。そんな相手にどうやってこのぺちぺちノアくんで勝てと言うのだ。


 範囲攻撃もかなり優秀で、範囲ノックバックを持っている。弓の勇者のように一方的な戦いで勝ちに来るのではなく、突っ込んで耐えて殴れ!!な脳筋戦法が勝ち筋なイカれた奴だ。


 ただし、弱点もある。それは本人が馬鹿という点だ。


 設定ではかなり頭が悪く、同じ戦法を擦り続けるらしい。


 この世界ではどうなのか知らないが、設定がある以上はそのシステムから逃れるのは至難の業だろう。


 どこぞのイカれた主人公勇者様のように、世界の中心を回っているならば別だが。


「軍の配置は終えたから、後は向こうが仕掛けてくるのを待つだけか。いつ来ると思う?」

「明日中には来るだろうな。あの盾の馬鹿がそう何日も待っていられるとは思えん。嫌いじゃないんだけどな。あぁ言うのは」

「脳筋バカか。ガルエル見たいなやつか?」

「あれは脳筋バカと言うか、本能で生きているタイプだろ。殺し合いの中で勘だけを頼りに戦うやつと一緒にしたら失礼だ。あいつは本物のバカだからな。突っ込んでくるしか脳がない。だが、それが最も強い。あの屈強で頑丈な体を殴った方がダメージを受けるんだから、相手にしたかねぇな」


 やっぱり馬鹿なんだ。性能と性格が一致すると本当に厄介だよなこの世界の人々は。


 基本的には戦略を立てて戦った方が強いが、戦略が全てではない。


 とにかく突っ込んでなぎ倒せ!!の方が強い時だってある。


 アランがメインストーリーでサイクロプスと言う単眼のモンスターの群れを相手にすることがあるのだが、その時の攻略法が“耐えて高火力で押し切れ”だからね。


 それでいいのか頭脳派ゲーム。戦略もクソもない時が時には戦略となる。


 言うて俺も脳死物量戦法しか使えないし、人の事はバカにできないよ。


「明日か........帳尻合わせが来るのかどうか。思い過ごしだったらいいが、そうじゃなかったらレオナが動かざるを得ないかもな」

「........ノア?何か言った?」

「いや、何も。ところでアラン。俺の後ろで“姫様命”とか書かれた団扇を持ってるやつがチラホラ見えるんだが、あれは何?」

「ふふん。僕がノアの素晴らしさを説いてノアの大ファンになった人達だよ。すごいでしょ?」


 褒めろと言わんばかりに胸を張り、ドヤ顔をするアラン。


 その顔に一発拳を振りかざしてもいいか?相手も困惑するだろコレ。


 戦ってるやつの中に“姫様命”とか書いてある団扇を持っているやつが居たら、軽く引くよ。


 なんだこいつ気持ち悪っ!!ってなるよ。


 もしかしてそれが狙いか?相手の集中力を削ぐための戦法なのか?


 俺は、どうしたらいいか困ったので一旦アランの頭を軽く叩くと、頭を抱えるのであった。




【北部戦線】

 魔王国とカマセ帝国の国境線でもあり、戦場。

 かれこれ13年近くもこの国境付近で争っており、お互いに工夫を凝らした戦い方をしてくる。

 昔、川を撤去しようと兵士を投入したが、魔王軍に殲滅されたため川の撤去はしていない。付け加えれば、こっそり下剤を混ぜたこともあるのだが、事情を知らぬ兵士達が川の水を飲んで阿鼻叫喚になったりと割とポンコツをやらかす地でもある。




 北部戦線、カマセ帝国の陣地では2人の勇者が明日の戦争に着いて作戦を練っていた。


 ノアの読みはしっかりと当たっており、魔王軍に敗戦したサンシタ王国はカマセ帝国と同盟を締結。


 まずはひとつの戦線を落とすことに注力しようということで、サンシタ王国の中でも選りすぐりの強者200名をカマセ帝国に貸し出したのである。


 現在、大敗北を喫したサンシタ王国の財政は厳しく、戦力を貸出すことで外貨を得ていた。


 この戦争はある種のビジネスとも言えるのである。


「だーかーらー!!私が後方の魔道士及び遠距離の攻撃手段を持つ者達に攻撃しますので、貴方は前線を切り開きながらその場所へと向かってください!!」

「つまり、突っ込めばいいんだろ!!任せろ!!ここから真っ直ぐ全部をなぎ倒してやろう!!」


 北部戦線の地図を前に、自分のコマを要塞まで進める盾の勇者ことゴリアテ。


 しかし、弓の勇者であるジュナイダーが言いたいのはそういうことでは無い。


 真正面からの突破はどう考えても厳しい。それができるのであれば、既に戦争は終わっている。


 なので、ジュナイダーが後方の敵を倒し、そこに道を切り開いて軍を雪崩込ませて混戦にさせようと言うのが計画なのだが、馬鹿すぎるゴリアテはそんな簡単なことすらも理解しなかった。


「もうわかりました!!私が弓を放った場所に突っ込んでください!!そしたら、全てが上手く行くはずです!!」

「よしわかった!!弓が飛んだ方に行けばいいんだな!!」

「えぇそうです!!明日も確認しますから、ちゃんと覚えておいて下さいね!!」

「おう!!お前、面白いな!!」


 会話が成り立っているようで成り立っていない。


 ジュナイダーは軽く頭を抱えながらも、何とか会議を終えて天幕を出る。


「ご、ご苦労ジュナイダー。複雑な計画を立てるのは無理だなあれは」

「真のバカとはこういう事を言うのだと、初めて実感いたしました。テナッド様。今回はあの子供は出てこないのですよね?」

「今のところは問題ないはずだ。あの子供も軍人であるなら、自分の軍の防衛に入る。この場に、あの目隠しして何を考えているか分からん軍団長も来ることは無いだろう。ただ........偶に川を挟んで見える“姫様命”ってなんだ?意味がわからんぞ」

「あぁ、あれは不思議ですね。新たな伝令方法なのでしょうか?」

「“姫様命”って書く意味は?」

「それが分かったら苦労しませんよ」


 ジュナイダーはそういうと、今回の戦争こそは勝つと意気込むのであった。

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