やったぜ


 毎年恒例魔王軍大運動大会。


 ゲームではプレイヤーがただただ楽しむだけの大会なのだが、現実世界となると話が変わる。


 大会まで残すところあと3日。


 街の雰囲気もかなり暑くなり始めてきた頃、俺は第四魔王軍の訓練場で戦争をするよりもマジな顔をしている皆を見ながら水分補給をしていた。


 いやね。舐めてました。


 マジでやるとは言っても所詮はお遊びの大会。多少のおふざけとかは入ってくるだろうと思ったら、全くそんなオフザケとか一切無しなのだ。


 アレだ。クラスに一人はいる運動会ガチ勢の雰囲気を、全員が纏っていると考えれば少しは分かりやすいだろうか。


 マジで誰一人としておふざけがない。


 多少冗談を言い合うことはあるものの、いつもとは違いすぎる魔王軍の面々に俺は軽く引いていた。


「クハハ。流石の姫と言えど、この熱量には押されるか?少々顔が疲れておるぞ?」

「とんでもない祭りを開催してくれたな。お陰で俺はヘトヘトだ。疲れ過ぎて家に帰ったら即寝るぐらいには疲れるよ」

「うむ。それほどにまで皆が真剣なのじゃよ。この一週間ばかりは妾も邪魔はせぬ。というか、過去に邪魔をしようとしたら本気で怒られた。魔王国建国以来、初めて反乱が起きそうになって本気で焦ったの!!」


 なんて馬鹿な理由で反乱が起き掛けているんだ。


 しかも、魔王の言い方からして冗談ではなく本当に反乱が起きかけたのだろう。


 流石の魔王と言えど、反乱を起こされては堪らないのでこの時期は大人しいのか。


 冬場は平和でいいな。その分、疲れるが。


「なんであんなにみんな真面目なの?ただの大会でしょうに」

「くははははははっ!!大会と言えば景品は付き物。その景品がみんな欲しいのじゃよ!!」

「へぇ、その景品ってのは?」


 俺がそう聞くと、魔王は親指と人差し指で丸を作る。


 あぁ、お金か。


 そりゃみんなが真面目になるわけだな。賞金があれば人はやる気を出すもの。人も魔人族もそこら辺は変わらないらしい。


「クハハ。分かってくれたかの?優勝したその軍は、その月の給料倍じゃ。そりゃみんな真面目にやるというものじゃの。と言うか、マジになりすぎてちょっと困っておる。皆妾と遊んでくれぬから、本当に寂しい。元々ノリで始めたこの大会じゃが、こんなになるとは思いもせんかったわ」

「寂しいんだ........」

「だってだって!!妾が来ても“あ、おつかれさまです”とだけ言って大会の練習に入るのじゃぞ?!妾、一応この国の王様ぞ?こんなにもぞんざいな扱いを受けたら寂しくもなるじゃろ!!今日もやることが無さすぎてニーナに絡みに行っておったわ!!」

「ニーナ、すごく嫌そうな顔をしてたでしょ」

「しておったの!!じゃが、本当に寂しいので妾諦めなかったぞ!!黒い鳥に頭を何度もつつかれたが、妾逃げなかった!!」


 いや、“どうだ偉いだろ”みたいな雰囲気出さないで貰えます?


 本当にしょーもないことだけは諦めが悪いんだから。


 道理でニーナが最近疲れた顔をするわけだ。こんな子供のまま大人に成長したロリっ子の相手をさせられるんだから、ニーナも大変だよ。


 その内、魔王の所業に怒ったニーナが本当に暗殺を決行しそうで怖い。いや、その場合は魔王が悪いから許されるか。


 みんなきっと味方してくれそう。


「ニーナをあまり困らせるなよ。あの過激な思想を本当に現実に持ち込むかもしれないからな?」

「くははははははっ!!流石にそこら辺は弁えておるわ!!本気で嫌そうな顔をされた時は、流石の妾もウザ絡みはせんよ!!今日は嫌そうな顔こそしていたものの、本を読み終えたあとだったのか機嫌が良かったの!!今度からその時を狙って遊びに行くとしよう!!」

「ウザ絡みって自覚はあるのかよ」

「クハっ!!そんな自覚はないの!!うん。ウザ絡みをして皆の衆が困っている姿を見るのが1番楽しいとかそんなことは無いからの!!」


 自覚してんじゃねーか。


 おいこっちを見て話せ魔王。頬から冷や汗が流れ落ちてるぞ。


 全く。これが人気投票一位の殿堂入りとか泣けてくるわ。画面越しに見ていた時は面白い人だとしか思ってなかったが、実際に絡まれる立場になると厄介な事この上ない。


 多分、この国で人気投票をやったら魔王は圏外だぞ。


 尊敬こそあれど好かれてはない。そんな魔王が収める国がこの魔王国と思うと悲しくなる。


 楽しいんだけどね。毎日退屈しなくて騒いでるし。


 アランも来てくれたから、俺は本当に毎日が楽しい。


 でも、疲れる。特に魔王の相手をしている時は。


「ちなみに、去年はどこが勝ったの?」

「去年は第二魔王軍だったかの?ガルエルが率いる所が勝っていたの。細かい競技は負け越していたが、模擬戦と幹部戦で盛り返してギリギリ優勝しておった。幹部戦はとにかく盛り上がったぞ。本気の殺し合いではなく所詮は模擬戦じゃからの。勝ち方も色々とあるのじゃよ。エルがザリウスを破った時は大歓声であったわ。負けたザリウスはボロカスに言われて軽く泣いておったの」


 ザリウス........こんな所でもかませ犬っぽいポジションだったのか。


 今度からもっとザリウスには優しくてあげよう。それと、もっとモフらせて。


 ザリウスの毛並みはとても素晴らしいのだ。子供達からすごい人気で、偶に孤児院の子供達と遊ぶ時も大抵モフられている。


 なんなら大人達も少しだけモフらせてもらって、ザリウスの虜になってたな。


 ザリウスのモフモフは世界一なのだ。


「今年はどうなるんだろうね。魔王様はどこが勝つと思う?」

「それは時の運じゃの。勝つ時は勝つし、負ける時は負ける。が、第四魔王軍が今年は気合いの入り方が異常じゃの。まるで、どこかの誰かさんに脅されたかのような気合いの入り方じゃ。どうせレオナがお主ら2人の為に勝ちたいと部下に言ったのじゃろうな。で、あの話し方と圧の強さからミャル達は“優勝しないと殺される”とでも思っておるのではないか?」

「レオナ軍団長。そんなに勝ちたいの?」

「何せ妾の部屋まで来て“余計なことをするな”と言ってきたからの。あの目は怖かった........いや、目は見えておらんがの?普段から目隠ししておるし」


 魔王の部屋にまで来て脅しを掛けたのかよ。レオナって偶に行動力がすごいよな。


 しかし、そこまでして勝ちたいのであれば俺ももう少し頑張ってみるか。レオナの期待を裏切る訳には行かないし、何よりそろそろ引越しが始まるので金がかかる。


 今年から大人達も働き始めるらしいが、それでも今はまだ足りないからな。


 俺とアランが稼ぎ頭で、ニーナがその次に稼いでるぐらいだし。


 そう思っていると、俺と魔王の後ろから凄まじい圧を感じる。


 振り返ると、そこにはレオナが居た。


「魔王様。なんでここにいる?」

「お、レオナか。休憩中の姫と少し話しておっただけだからの!!妾、今回は邪魔してないからの!!のう?姫よ」


 そう言って同意を求めてくる魔王だが、常日頃から面倒事しか持ってこない魔王に俺が何も思ってないわけないだろう?


 偶にはお前も理不尽を味わうんだな!!


「レオナ軍団長聞いてくださいよ!!魔王様が俺に意地悪して練習の邪魔をしてくるんです!!」

「魔王様........殺す」

「ファー!!裏切りおったぞこやつ!!お主、それでも人の心はあるのか?!」

「レオナ軍団長!!やっちゃってください!!」

「【無限戦舞】─────」

「ちょ、待て!!マジで待てレオナ!!それは妾死んじゃうやつ!!妾本当に死ぬやつだから!!」

「問答無用。私の部下の邪魔をする奴は許さない」

「かぁー!!年下の少年にいいように使われおって!!妾は逃げるぞー!!」


 こうして、俺は久々に魔王に勝つのであった。


 やったぜ。

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