ガチ泣き勇者


 レベリング作業と言うのは、同じ作業を繰り返し続けとにかく同じ敵を倒し続ける虚無の作業。


 昔のゲームほどレベリング作業と言うのは苦痛で面倒なことこの上なく、現代のゲームではできる限りその面倒臭さを排除しようとする動きが見られるほどである。


 が、俺は腐ってもゲーマーであり、レベリング作業はそこまで苦ではなかった。


 昔MMORPGでソロレベリングをしていた時なんてマジで虚無だったからな。同じ中ボスを倒し続け、何時間もかけてレベルを上げ続ける。


 あの苦行に比べれば、このゲームのレベリングは然程苦ではない。


 現実とゲームの違いこそあれど、話し相手がいるという事だけで退屈は紛れる。


 ずっと話しながらのんびりレベリングするのがどれだけ素晴らしい事か。ソロゲーって鬼畜だわ。やってらんねぇよ。


 で、俺はそんな過去の自分に精神を鍛えられたからこの程度では根を上げたりしないが、温室育ちの勇者様にはかなりキツかったようで........


「........グスン。もう嫌だよォ........ゾンビにグール。ぐーるぐるぅ........」

「まさかアランが本気で泣き出すとは思わなかった........やりすぎたか?」

「やり過ぎだな。止めなかった俺達も悪いが、これに関しては圧倒的に姫様が悪いぞ........」


 大体15週程したのだが、遂にアランがガチ泣きをしてしまったのである。


 涙をポロポロと零しながら、もう行きたくないと泣くアランの姿は“ノアを守る”と意気込んでいた時とは大違いだ。


 まるで小動物のように小さく蹲り、膝を抱えて震えてしまっている。


 やり過ぎた。ゲーム初心者にゲームの楽しみを教える前に苦行を教えてしまった気分だ。


 でも何故だろうか。少し、こう、クルものがある。


 なんというか、開いてはいけない扉を少しだけ開いてしまったような、そんな気分も少しだけあった。


 激ロー勇者。ちょっと可愛い。


「大丈夫だよアランくん。今日はもうお休みしようね」

「モンスター倒さなくていい?」

「いいよ。アランくんは頑張ったよ」

「のあぁ、いい?」

「いいよ。流石にこの状態じゃマトモに戦えないだろうしな........ほら、野営の準備をするからアランは休んでろ」

「うん」


 エルによしよしと頭を撫でられ、幼児退行したかのように下が回らないアラン。


 本当は後15週するつもりだったのだが、精神的に死んでいるアランにそんな鬼畜なことを言える筈もなく俺は焚き火の用意をし始める。


「悪魔みたいだったな........正直姫様が怖かったぜ」

「........同意。あれほど嫌がるアランを無理やり引き摺り出して戦わせる姿は、悪魔の所業だった。止めてあげるべきだったな」

「いやー、あの目をした姫様を止めるのはちょっと........目の奥に光が宿って無かったぞ」

「それでも止めるべきだった。私の失態だ」


 ほんとごめんなさい。遂に昔の記憶が蘇って張り切りすぎちゃいました。


 作業ゲーは心を殺して一切の感情を捨ててやるものだから、アランの事など全く考えてなかったのだ。


 嫌だろうがなんだろうがやる。それが俺のスタイルだったので、かなりスパルタに見えた事だろう。


 枯れた木々に火をつけ、第三階層で取ったボア(イノシシ)の肉を串刺しにして火をつける。


 俺のプランではもう少しレベルを上げさせたかったが、これ以上はアランが壊れてしまいそうなので却下だな。


 もうダンジョンをクリアした方がいいだろう。目標レベルには達していそうだし、アランの心を優先させるべきである。


 俺はエルによしよしされながらも涙を流すアランの隣に座ると、普通に謝った。


 今回ばかりは俺が悪い。しっかりと謝るとしよう。


「ごめんなアラン。無理やり戦わせちまって。ちょっと張り切りすぎた」

「ん........のあのばか」


 可愛いかよ。こうして見ると普段は少年らしい姿なのに、女の子に見えなくもないな。


 原作だと目が死んでいて厳つい顔になっていたが、どうやらこの世界では笑うことの方が多い為か随分と顔が優しくなっている。


 今は思いっきり泣いているけど。


「あはは。ごめん。本当に反省しているよ。詫びと言ってはなんだが、今度アランの言うことをひとつ聞いてやる。それで許してくれるか?」

「なんでも?」

「できる範囲なら」

「なら、一日猫さんね。休みの日に猫さんパーカー来て“にゃ”で話して。後、渾身の“にゃ♪”もお願い」


 こいつ、とんでもねぇ要求してきたぞ。


 俺が二度とやりたくないと心に誓った事を要求してくるとは........しかし、今回の俺に拒否権はない。


 友人を泣かせた罪は友人の笑顔で償うものなのだ。


「分かったよ。一日お前の言う通りにしてやる。ただし!!あの魔王様を巻き込むなよ。絶対に。魔王様が知ったら絶対に面倒事になるからな」

「本当!!ダメ元で言ったけどやってくれるの?!やったー!!ノアが一日猫さんだー!!」


 俺が了承をした瞬間、先程の涙か嘘だったかのように笑顔になり俺に抱きついてくるアラン。


 おいコイツ、もしかして俺に自分の要求を飲ませるためにワザと泣いていたわけじゃないよな?切り替えの速さが尋常じゃないぞ。


 先程まで絶望の縁にいたかのように暗かったアランが、あっという間に機嫌を治して天使のように笑顔になってやがる。


「この前は黄色の猫さんだったけど、今回は黒がいいな!!あ、その前になんとしてでも猫さんパーカーを持ってこないといけないね........ニーナも巻き込めば行けるかな?いや、普通に盗み出した方が早いかも。いっその事僕の給料から特注で作ってもらおうかな?!」

「おい落ち着けアラン。ニーナも巻き込むな。マジで嫌われるぞ」

「む、それは困るね。それじゃやっぱり作ってもらおう!!ノアに一番似合いそうな服を僕が買ってあげる!!」


 ヤバい、アランの押してはならないスイッチを押してしまったみたいだ。


 俺に抱きつきベタベタしながら、どんな猫にすればいいのかを真剣に考えてやがる。


 この切り替えの速さにはさすがの保護者組も呆れ果てている様で、生暖かい目でアランを見ていた。


「なぁ、アランのやつ姫様に自分の要望を通す為に泣いていたわけじゃないよな?俺の目にはそういう風にしか移らないんだが、気のせいだよな?」

「この様子を見ていると気の所為とは言い難いかな。アランくんは本当にノアくんの事が好きなんだろうね。もちろん、恋愛的意味じゃない方で」

「切り替えの速さにびっくりだよ。第四魔王軍ではこんなことも教えてるのか?レオナ」

「流石に教えてない。私も驚いてる」


 アランの切り替えの速さに困惑しながらも、仲良さそうに戯れるアランと俺を見て微笑む保護者達。


 アランは保護者達の目など全く気にせず、1人で暴走しまくっていた。


「鈴とかも欲しいよね。あー後、ノアの可愛い姿を残しておきたいから絵師さんも手配しよう!!この国で1番の腕を持つ人を呼んできて、猫さんノアを永久保存するんだ!!」

「よーし、アラン、そんなに元気ならもう一周ぐらい行けるか。ほら、ゾンビ狩りするぞ」

「分かった!!ノアが満足するまで狩って文句の付けようがないようにしたら、ノアも逃げられないからね!!何周する?!」


 こ、コイツ!!自分が嫌なことよりも俺がの逃げ場を無くさせる方を優先してやがる!!


 別にこのまま帰っても猫さんはやってあげるつもりではいたが、ここまでアランが本気になってくれるとは。


 落ち着かせようと言った言葉が逆効果。もう暴走勇者は止められない。


 俺は“これは無理だ”と諦めると、アランの興奮が覚めないうちにもう少しだけレベリングさせてやろうという事で三周ほどモンスタートラップを周回するのであった。


 流石に四週目に入る前には理性を取り戻してくれてよかったぜ。いや、良くは無いのだが。




 後書き

 ノアくん。危ない扉に手をかける。そのまま開いてくれてええんやで?

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