アランのいる日常


 アランが第四魔王軍に入隊してから一週間が経った。


 冬の寒さは本格化し始め、やがて寒さは人々の体力を蝕む。


 しかし、そんな中でも魔王国に住む人々は暖かくそして元気に毎日を過ごしていた。


「何か手伝う?」

「お、今日も姫様が手伝ってくれるのか。なら、こいつを運んでくれ。カマセ帝国の最前線にいるヤツらに送る物資なんだが、ちょっと人手が足りてなくてな」

「カマセ帝国って言うと、第三魔王軍が担当している地域だよね。ザリウスはこっちに帰っきてるけど」

「今は冬の時期だからな。冬ってのはそれだけで兵士の身体を蝕む。雪が降れば体は冷えるし、冷えた身体では万全に戦えない。雪が積もればそれだけ動きにくくなるし、お互いに無駄な物資を投入するだけになるからあまり戦争はしたがらないんだよ。戦場に立つ奴からしたら冬は死神にも近いが、国からすれば平和な時期と言えるな。お陰でザリウス軍団長もこっちに帰ってこられる。雪が溶けだして春頃になればまた戦場に戻るだろうけどな」


 魔王国は現在、三ヶ国と戦争を行っている。


 サンシタ王国とカマセ帝国。そして、リバース王国の三つと戦争をしている訳だが、毎日血で血を洗う戦争を繰り広げている訳では無い。


 魔王国........というか、この世界の冬は思っていた以上に寒い。南の方に行けばまだマシだろうが、冬は雪が積もりまともに兵士たちも動けないのだ。


 そんな訳で、お互いに示し合わせたかのように停戦する。


 冬は兵士の休み時。そんな風にも言われているのである。


 だが、それでも見張りは必要。なので、こうして物資を届ける必要があるわけだ。


 もちろん、上官が中抜きを行ったりするという事も無く、できる限り安全に平等に物資は配られる。


 リバース王国は腐敗が酷く、中抜きのオンパレードで下の兵士達に配られる食料等が不足する事態となっていたのだが、魔王国はクリーンな国家。


 腐敗政治などありえないし、腐った貴族も存在しない。


 そう言えば、食糧不足に悩む兵士たちの為に食料を取ってくるクエストがあったっけ。王女リーシャが兵士達の為に食料を持ってこようという事になり、アランは森で狩りをする事になっていた気がする。


 あの時はものすごく兵士に感謝され仏のように扱われていたというのに、無実の罪を着せられた瞬間に手の平を返して石を投げつけていたな。


 あまりにも胸糞が悪すぎて、それ以降初めからゲームをやる際はそのクエストをガン無視したっけ。あのクエスト、ストーリー進行に必要なメインクエストじゃなくてサブクエストに割り振られていたから、やってもやらなくてもどっちでもよかったんだよな。


 そんな事を思いつつ、俺は重たい木箱を馬車に詰め込む。


 本来は俺の仕事では無いのだが、乱数の女神様に微笑んでもらうためにせっせと徳稼ぎをするのだ。


 そんな下心満載な手伝いをしていると、アランがやって来る。


 日の元で輝くアランの金髪は、どこにいても目立っていた。


「重そうだね。僕も手伝うよ」

「アラン。第四魔王軍との模擬戦はいいのか?」

「あはは。ノアが居なくなったことに気づいたから、全部投げ捨てて来た」

「おい........」

「ま、皆“それなら仕方がない”って感じだったから良いんじゃないかな?既に何十戦も戦ってたしね。流石に疲れるよ」


“疲れる”とか言いつつ、全く疲れた様子のないアラン。


 この問題児勇者め。あまり問題行動を起こしすぎると、どこぞのロリ魔王のように扱いが雑になるぞ。


 第四魔王軍に入隊したアランは、その日の内に人気者へとなった。


 顔が良く、人当たりも良い。そして、何より強くかっこいい。


 男だろうが女だろうが魅了する完璧超人の勇者様に、第四魔王軍の面々は大歓喜。


 気づけば、様々な人から模擬戦を申し込まれるようになっていた。


 身体能力検査も馬鹿みたいにいい成績を残していたし、ミャル先生の“魔王国の歴史を知ろう!!”のコーナーでも“飲み込みが早すぎて教えがいがない”と言われるほど。


 なんでも出来てしまうアランはこの魔王国でも人気者になってしまい、あのロリ魔王すらも脅かすほどの存在へとなったのだ。


 流石はアラン。殺し合いではなく、人気取りで魔王を倒そうとするとは。


“あやつは危険じゃ!!このままだと、妾の人気が全て取られてしまう!!”と騒いでいたな。


 なお、近くにいたガルエルに“元々魔王様に人気なんてないだろ”と切れ味が良すぎるナイフを刺されてガチ泣きしていたが。


 言葉の暴力を目の当たりにした瞬間だったね。あれはちょっと可哀想だった。


「........木箱を二つ重ねて運べる癖に疲れてるのか?俺なんてどんなに頑張っても1つが限界だと言うのに」

「ノアの腕力は弱々だからね。3日前ぐらいに腕相撲した時は驚いたよ。ノアは顔を真っ赤にしながら力を入れていたはずなのに、全然重たくなかったもん。その風に吹かれているのかと思ったよ」

「王立学園に行って、煽り方だけは上手くなったようだな。友人として悲しいよ。純粋だったアランを返して欲しいね」

「僕はいつも純粋だよ。だから、ノアを手伝っているんじゃないか」

「嘘つけ。力自慢がしたいだけだろ?頭の中では“力勝負じゃ勝てないノア可愛い”とか思ってるに違いない」

「よく分かったね!!今、正にそう思っていたよ!!」


 ほんと、この1年でいい性格になってくれたな。


 なんて生意気な奴なんだ。俺はアランをこんな風には育てた覚えはないぞ。


 やはり、腐った貴族達の子供が通う王立学園は悪だな。あの可愛かった頃のアランを返してくれ。


 そんな事を思っていると、トテトテと小走りでやってくる少女が1人。


 肩には黒い鳥を乗せ、白い服に身を包んだ少女は俺の前で止まるとギュッと抱きつく。


「にぃに、ご飯いこ」

「もうちょっと待ってくれ。この仕事が終わったら一緒に行こうか。最近の仕事はどうだ?」

「順調。みんな優しくて楽しい」


 満面の笑みでそう答えるニーナ。


 あの人間絶対殺すマンになっていたニーナが、こんなにも可愛らしく笑顔で笑う光景が見られるのはこの世界線だけなんだろうな。


 なぜ黒髪になったのかは分からないが、俺は桃色の髪の方が好きだよ。


 俺の腹の中に顔を埋めるニーナの頭を撫でてやると、アランがバレないようにこっそりとニーナの頭を撫でようとする。


 が、頭を撫でられることに関しては察知が鋭いニーナはアランの手を跳ね除けた。


「アランにぃ、それは許さない」

「あはは。相変わらず頭を撫でさせてくれないね。一応、僕もかなりニーナの面倒は見ていたはずなんだけど、ノアやブラット兄さんとは何が違うんだろう?」

「優しさじゃないか?ほら、最近なアランは煽りが多くなったしな。俺を虐めてくる奴はニーナが許さないんだぞ」

「アランにぃ、にぃにを虐めてるの?許さないよ?」

「待って待って。一旦落ち着こうニーナ。その本を斜めに構えるのは辞めよう?角で殴る気でしょ」

「トリ、アランにぃの動きを止める」

「カァ!!」

「うげ!!辞めてくれよ!!」


 鳥とニーナに追いかけ回されながら、楽しそうに笑うアラン。


 手伝いをしに来た癖に、結局邪魔をしに来ただけだったな。


 まぁでも、復讐に燃える正義も悪も分からない勇者様よりは人間らしくていいか。見ていて楽しいのはこっちだし。


「ガハハ。ニーナ嬢には誰も敵わんな。あの姫様とアランですら手も足も出ねぇや」

「全くだよ。逞しすぎる妹を持つと大変だね」


 俺はこの時間を大切に思いながら、残っていた木箱を馬車に詰め込んで行くのだった。


 ちなみに、ニーナに追いかけ回されたアランはなんとか誤解を解いたが、ニーナの好きな本を買わされることになった。


 勇者に本を買わせるなんて、本当に逞しい妹だよ。

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