勇者が部下になった‼︎


 ニーナが想像以上にアイドルとしての人気を博し、あわや暴動が起きそうになりそうになった翌日。


 アランが魔王軍に入隊する日がやってきた。


 ここ一週間、毎日第四魔王軍の訓練場に顔を出していたアランは魔王軍の面々に顔を覚えられており、入隊すると言ってもちょっと新鮮味は薄い。


 しかし、原作ストーリーでは考えられなかったアランと魔王軍との絡みが見られた俺は毎日が新鮮で楽しいものであった。


 特に、ストーリーではガチの殺し合いを演じたガルエルとアランが笑顔で話す光景を見た時は軽く泣きそうになったものだ。


 後は魔王国の平和を守り続けるだけ。目標がさらにハッキリとしたな。


 今まではアランの今後をどうするのかも課題であったが、今はただ“守る”という事だけを続ければいい。


 それが最も難しい事だとは理解しているが、理論上最強に不可能はない。やって見せろよノア!!


「と、言うわけでみんな知っていると思うけど、ノアの親友にして勇者の職を持つアランが我が第四魔王軍に入隊するにゃ。みんな、拍手!!」


 代理軍団長たるミャルの声に反応し、パチパチパチと大きな拍手が鳴り響く。


 本来ならば戦場で殺し合う関係になるはずであったアランと魔王軍。しかし、この世界では俺と言うイレギュラーな存在がその全てをひっくり返してしまった。


 アランは暖かい拍手で第四魔王軍に迎え入れられ、アラン本人も少し嬉しそうである。


「アランです。何かとご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

「ちなみに、アランはノアと同じくレオナ軍団長直属の部隊に入る事になるにゃ。形式上、アランはノアの部下にもなるのにゃ。やったにゃノア。初めての部下にゃるよ」

「上司よりも優秀すぎる部下を持ちたくは無いけどね。劣等感で鬱病が発症しそうだよ」

「にゃはは!!そんな冗談が言える時点で大丈夫にゃ。ちなみに、ノアはアランへの命令権も持っているから、パンを買いに行かせるなんてことも出来るニャるよ。リバース王国の勇者をこき使えるまたとない機会にゃ。焼きそばパンでも買いに行かせるといいにゃ」

「焼きそばパンを買ってくればいいんだね。分かった行ってくるよノア」

「待て待て待て。暴走するなアラン。形式上の上官ってだけで、俺とお前は対等だ。命令する気なんてねぇよ。お願い事をする時はあるだろうけど」


 ミャルの冗談を真に受けて、速攻で焼きそばパンを買いに行こうとするアラン。


 大丈夫かよ、この勇者様。


 ネタキャラにパシられる勇者なんて誰も見たくないよ。しかも、結構ノリノリだったし。


 こんな部下を持って俺は大丈夫なのだろうかと思いつつも、魔王軍のノリに着いて行けそうなアランにホッとする。


 原作通りの性格なら場の空気を悪くする事しか言わなかったというのに、随分と丸くなったものだ。


“顔だけ野郎”とプレイヤーから言われていた心優しき勇者様はもう居ないんだな。


 そんな事を思いつつアランの暴走を止めていると、レオナがアランの前に立つ。


 アランがこの国にやってきた直後に顔合わせは済んでいるが、こうして上官と部下として顔を合わせるのは初めて。


 レオナは少し無言を貫いた後、口を開いた。


「........第四魔王軍軍団長レオナだ。アラン、君の入隊を歓迎しよう。ようこそ、第四魔王軍へ」

「お世話になります。レオナ軍団長」


 そう言って2人は握手を交わす。


 何から何まで原作ストーリーでは見られなかった光景。そして、俺が見たかった光景だ。


 一々感動していたらキリがないが、それでも感動してしまうのが人の常。


 俺はこっそり涙を流しつつ、レオナとアランの握手に拍手を送る。


 多分、レオナはこのセリフをしっかりと考えてきたんだろうな。そして、今頃“上手く言えた!!”と心の中でガッツポーズをしているに違いない。


 だって少し顔が満足気だし。


「それじゃ、恒例の身体能力検査に入るにゃ!!かの有名な勇者様と競いたい人!!」


 ミャルがタイミングを見計らい、声を上げると多くの人が手を上げる。


 第四魔王軍の中で“勇者”と言えば、サンシタ王国の勇者である“ジュナイダー”を想像するだろう。


 防御力を捨てた代わりに安全な場所からの長距離射撃を得意としていた彼女と同じ職を持つアランと勝負してみたいという人は、意外と多い。


 俺との相性が悪すぎて何も出来ずに撤退させられる羽目になったが、それでも10年以上レオナと互角の戦いを繰り広げた強者だ。


 魔王軍は何度も彼女に悩ませられながら、この国を守ってきたのである。


「人気者じゃないかアラン。アランと競ってみたいって奴が大勢いるぞ」

「ノアが入隊した時も同じことをやったの?」

「やった。流石にここまで多くの志願者が出てくることは無かったが、大隊長のブロンズとシャードと一緒に能力値を測ったな。ちなみに、短距離走は俺が第四魔王軍の中で一番の記録を持っているぞ」

「ノアは昔から足が早かったもんね。逃げられ続けると追いつけないし、毎回カウンター戦法を取るしか無かったよ」

「毎回カウンターされるから、そのカウンターを取る様に心がけてアランはそのカウンターのカウンターをカウンターする戦法を身につけて........と延々にカウンター合戦を繰り広げていたな。お陰で相手の攻撃を避けるのだけは上手くなったよ」

「ノアの場合は意図しない回避が入るから厄介だったなぁ........今もそうだけど、必ず当たると確信した攻撃がよく避けられるね。乱数の女神様への祈りが届いているのかな?」

「かもしれんな。祈りは大事だ」


 そんなことを話していると、俺たちの会話を聞いていたブロンズが会話に入ってくる。


 どうやら、ブロンズは今回の能力測定には参加しないようだ。


「なぁ、アラン。知ってるか?ウチの姫様は確かに足の速さは魔王国内でも一二を争うほど早いが、腕力は魔王国最下位を争うほど弱いんだぜ?何せ、そこら辺の小さな少女よりもパンチ力が少ねぇ。姫様が召喚するスケルトンがパンチをした方が強いぐらいだ」

「あはは!!もちろん知っているよ。ノアは女の子みたいに力が無いからね。昔から力で押さえつけたら簡単に倒れちゃうんだよ。可愛いでしょ?」

「アッハッハッハッハッ!!圧倒的な物量による暴力を用いる“骸の王”と言えど、本体はパンチ力の欠けらも無いただのか弱き少女なのさ。もしもの時は守ってやれよ。力で押さえつけられたらウチの姫様には勝ち目がないからな」

「もちろん。ノアは何があっても守り抜くよ。僕の正義だからね」

「おいコラお前ら、本人が真横にいるのに実に楽しそうに話してるな。人が気にしていることを」


 ノアのキャラクター設定的にどうしようもない部分である、物理的攻撃力。


 しかし、この世界なら鍛えれば少しは攻撃力とか上がるんじゃね?と考えて筋トレとかしているのだが、全く数値が上がっている気がしない。


 おかしいな。レベルも結構上がっているはずなのに、全く物理攻撃にステータスが振られてないぞ。


 これはアレか。タンクノアのステータスを目指すのか。


 ボス級の攻撃をギリギリ耐えられるだけの耐久力を身につけるステ振りとビルドで、できる限り運ゲーに頼るなという女神様の啓示なのか。


「ブロンズ、後でミャル代理軍団長に言いつけてある事ないこと吹き込んでもらうからよろしく。アランは、今日一緒に寝るの禁止ね」

「なっ!!ちょ、ちょっと待てノア。それだけは!!それだけは勘弁してください!!骸の王様万歳!!ノア様万歳!!」

「それは酷いよノア!!僕に死ねと言っているのかい?!ノアと一緒に寝れなかったら、睡眠の意味が無いよ!!と言うか絶対寝られない!!謝るから、焼きそばパンも買ってくるから!!それだけは勘弁してください!!」


 いや、焼きそばパンは要らねぇよ。


 結局、俺は必死に謝る2人を許す代わりに、今度ご飯を奢って貰う約束をするのであった。


 アランに奢ってもらうのはちょっと違う気もするけど、まぁいいか。

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