無力化


 勇者誘拐作戦についての計画は割とあっさり決まった。


 こういう誘拐作戦みたいなのはかなり綿密な計画が必要になるはずなのだが、今回は誘拐対象が協力してくれるのだ。


 しかも、割とノリノリで。


 最近はアランとの会話をも増えどの様に逃げるのかを話し合っているのだが、アランは“いつ来るの?”“早く迎えにきて欲しいな”と迫るようになってきている。


 なんだろう。すごく圧を感じるのは俺だけですかね?


 だんだんアランが進んでは行けない方向に進んでしまっている気がしてならないが、アランが協力してくれる気満々なので上手くご機嫌を取っている。


 なんやかんや上手く丸められて魔王国に行った時にはアランを俺と同じ軍の所属にしてくれるように魔王に頼むことになってしまったが、まぁ、あのノリと勢いだけで生きている魔王なので快く了承してくれるだろう。


“ん?一緒の所属になりたい?いいぞ!!レオナも喜ぶだろうしな!!”と言いながらノリノリでレオナをからかいに行く魔王の姿が目に浮かぶ。


 そして、アランが来てどう話したらいいのか分からず無口になるレオナの姿も。


 あー、絶対可愛いよな。無口で黙り込むレオナ。


 上司を困らせる部下は悪い子だが、正直完全に陽側のアランに絡まれてアタフタしているレオナは見たい。


 ぐぬぬ。乱数の女神様に気に入られる事を優先するか、それとも自分の欲望に従うか。


 悩ましい限りである。


 そんなこんなありつつも、俺とエリスは着々と準備を進めた。


 特に、監視の動きについては寝ている時以外はずっと見張っている。


 そして、ある都度の行動パターンも絞れてきた。


 監視は全部で八名。常に四人がアランの監視に着いており、12時間毎に交代している。


 交代する順番も決まっており、絶対にアランの監視に穴ができないように監視システムが組まれていた。


 良かった。四人だけだと思ってたら大変なことになってたかもしれんな。


 そして、監視の連中は監視が入れ替わってから少しの間1人になる時間がある。


 その時を狙えば簡単に洗脳することが出来そうで何よりだ。


 寮内にいるメイドは少し特殊で寮から出てこないので厳しいが、ほかは問題ない。


 無力化できる監視も外さえ何とかすれば問題ないため、俺とエリスは1人づつ確実に仕留める方針で行くことになったのである。


「ごめんなさいノアくん。こんな夜遅くまで起こしてしまって。子供は寝るのも仕事なんですけどね」

「あはは。問題ないよエリス。俺も魔王軍の1人なんだから、これぐらいの事は普通にやるさ。俺の信仰する神だって、友を助けるためなら許してくれるはずだよ」

「........ノアくんは神を信じるのですね」

「エデン神様じゃないけどね。あ、これはここだけの話にしててね。シスターマリアとか神父様にバレると絶対に面倒になるから」

「分かっていますよ。人の信仰は自由ですから。ノアくんがどのような神を崇めていたとしても、ノアくんはノアくんですよ」


 そう言いながら優しく俺の頭を撫でるエリス。


 その目はまるで、本物の弟を見ているかのような優しくどこか懐かしそうな目であった。


 エリスの設定に弟が居たと言う設定は無かったはずだが、もしかして公式ガイドブックにも書かれていない裏の設定があるのか?


 今の目は明らかに何かと俺を重ねているような目立ったけど........


 しかし、ここでエリスに聞いてしまうほど俺もデリカシーがない訳では無い。


 人には触れられたくない過去の一つや二つあるものだ。俺だってこの世界に来る前の話には触れられたくないしな。主にアホすぎて。


 酒が飲める年になったからって、自分の限界を確かめようとしてゲロったりとか知られたくないし。


「では行きましょう。万が一、場所が変われば報告をお願いします。今一番避けるべきは、対象に勘づかれて逃げられることですからね」

「分かってるよ。最新の注意を払っておくよ」


 出会ったらヤバイ原作キャラの行動は既に把握済み。アランと出会うはずの落ちぶれ騎士は既にスラム街でダラダラしているし、騎士団長は城内から出てきた形跡もない。


 これなら、1人づつ確実に洗脳ができるだろう。


「では、状況開始です」

幸運を祈るよグッドラック


 こうして、俺とエリスは黒いローブを身にまとい夜闇の中へと進んでいくのであった。


 待ってろよアラン。もうすぐ会いに行ってやるからな。




【天の加護】

 ヘルオブエデンの装備の1つ。首飾りの装備であり、【受けるダメージの5%軽減】と【異常状態抵抗の48%上昇】が効果である。

 ストーリー後半になると異常状態を付与してくる敵が多くなり、ゲームが難しくなるため初心者救済用として存在している。上級者もこの装備がないと攻略が面倒だなと感じるので割と使う人は多い。尚、アランの最強装備フルビルドでは無い。




 その日も、彼は長い監視を終えてようやくゆっくりとできる時間を確保出来たと喜んでいた。


 彼は王家に使える暗部の一人であり、時に暗殺、時に諜報、時に監視の仕事を任されている。


 その中でも最も大変なのが監視であり、少しでも目を離して何があろうものなら物理的に首が飛ぶので気が抜けなかった。


「疲れた........毎日野郎の観察をして何が楽しいんだか。まだ姫様の護衛を命じられた方が楽しいよな」


 相手は10歳の少年。今後国を嫌でも背負わされる少年で、その見た目も男の監視から見ても美形であったがだからと言って男を見続ける趣味はない。


 しかも、学園で絡むのもほぼ男。


 監視をする側としては、監視の中にも少しの楽しみが欲しかったが監視対象にそれを言えるわけもないので愚痴をこぼすぐらいしかできなかった。


 今日は帰ってさっさと寝よう。


 そう思い暗い夜道を歩くと、トンと肩がぶつかる。


「あ、すいません」

「いや、こちらこそすいません」


 暗部の者にとって、最も避けるべき行動は目立つ事。


 相手が素直に頭を下げるのであれば、こちらも下げる。例え心の中で“ぶっ殺すぞ”と思っていても、この場で騒いでもいい事は無い。


 若干のイラつきを抑えながら、肩の当たったローブ姿の女に背を向けたその時であった。


「........っ?!」


 体が動かない。それどころか、声も出ない。


 男が何が起きたのかを理解するよりも早く、夜闇に紛れた者達の計画は動く。


「申し訳ありませんが、少しの間痛い目を見てください。あなたに恨みはありませんが........ね?」

「ゴッ........」


 先程肩の当たった女が、いつの間にか目の前に移動して男の腹を拳で撃ち抜く。


 ゴスッと鈍い音とともに、男の子体がくの字に曲がるが女は攻撃を辞めなかった。


「この感じだとあと六発と言うところですかね?すいませんが、もう少しだけご辛抱を」

「ゴフッ........オゴッ........アベッ........」


 何も抵抗出来ず、ボコボコに殴られる男。


 自分が一体何をしたというのか。自分が一体何故殴られなければならないのか理解ができない。


 そして何より、自分の目の前で謝りながら殴る女の口元がことが何よりも理解できなかった。


 殴るのが趣味と言う訳では無いだろう。謝罪は本物だと長年の経験で分かる。が、何故笑う?何故謝りながらも笑う?


 ドゴッ、と六発目が男の腹に撃ち込まれ、男は口から血を吐き出す。


「この位ですかね。では、お休みない」


 まるで悪魔だ。否、まるで御伽噺に出てくる魔王だ。


 人をボコスカに殴っておきながら、何も感じない本物の悪。少なくとも、男の目にはそのように映った。


 謝りながらもかすかに笑うその女の口元。男は覚めぬ闇の中で、最後にその光景を目に焼き付けたのであった。

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