気をつけて行って来い


 魔王にレオナを食事に誘ってやってくれないかと頼まれたので、俺は結構ウキウキでレオナを食事に誘った。


 だって推しと二人っきりで食事ですよ?!楽しくならない訳がないじゃないですか!!


 あまりにも楽しみすぎて、即レオナを誘うほどには俺も浮かれてしまっていた。


 この世界に来てから様々なキャラクターと話し、交流を深めてきたがやはり1番テンションが上がるのは推しと話す時だよね。


 誰だって楽しくなるに違いない。そうでないとおかしい。


 誰に言い訳しているのか分からない事を言いながら、俺はとある店にやってきた。


「お?姫様じゃないか。それに、レオナ様まで。今日はニーナちゃんを連れてないのかい?」

「今日はレオナ軍団長だけだよ。ほら、お客様が来たんだから接客して」


 ここは、魔人族の夫婦が営む小さな料理屋。街でごみ拾いをしていた時に仲良くなり偶にニーナやシスターマリアを連れて食事に出かける俺の行きつけの場所である。


 とは言ってもまだ数回しか訪れてないが。


 安いし夫婦はいい人だし、何より美味い。


 大通りから外れた道に建っているのであまり客は来ないそうだが、それでもちゃんと生活していけるだけの収益は得ているらしい。


「ほら、ここに座りな。今は誰もいないから、貸切だよ」

「ありがとう。俺はシチューとパンでお願い。飲み物は水で」

「........私も同じもので頼む。飲み物は........ワインを」

「あいよ!!ちょっと待ってな!!」


 そう言って厨房へと消えていくおっちゃん。裏では今頃奥さんと仲良く料理を始めていることだろう。


 そして、二人きりになると無言の時間が訪れる。レオナは少し居心地が悪そうであった。


「........なぜ急に食事に?」

「魔王様に頼まれた。レオナ軍団長に“慰めてやってくれ”ってね。この前の会議で俺な所属が変わるって冗談を言ったら、本気で凹まれたって言ってたよ」

「........魔王様が悪い」


 ここで適当な理由を取り繕うこともできたが、どうせあの魔王の事だ。自分から俺が食事に誘えって言わせたと言うに決まっている。


 ここで嘘をつくよりかは、素直に話してしまった方がいいと判断したのだ。


「あはは。魔王様はデリカシーがないからね。人が気にしていることをズケズケと言ってくるよ。未だに俺の事を“姫様姫様”って言うから、一時期付いた二つ名の【骸の王】をみんな忘れかけてる」

「........私は忘れてないぞ。大事な部下だからな」

「分かってるよ。レオナ軍団長は優しいからね」


 戦争が終わって一週間ぐらいは皆俺の事を“骸の王”や“ノア”と呼んでくてれていたのに、再び“姫様”呼びに戻りつつあるのは納得いかない。


 やはり魔王が全ての元凶なのだ。覚えてろよ。アランがこの国に来たら泣くほどシバいて貰うからな。


 勇者の威を借りる召喚術士。理論上最強(笑)さんには中々お似合いの言葉かもしれん。


 ポツポツとだが会話をしていると、おっちゃんがシチューとパンを持ってきてくれる。


 そして、おっちゃんは何かを察したのか“ではごゆっくり”とだけ言って再び裏へと戻ってしまった。


 流石は長年店主をやっているだけはある。察しが良くて助かるね。


「食べよう。レオナ軍団長。冷める前にね」

「料理は暖かい内に食べるのがいちばん美味しい........魔王様とご飯に行くと魔王様が邪魔をしてきて大抵冷めるけどな」

「そうなんだ........」


 本当にあのロリは魔王なのか?人の食事を邪魔するとか、とんでもない悪党だな。


 ........あ、いや、魔王は基本悪いやつだから合ってるか。味方にすら迷惑をかける悪党とか、救いようがないけど。


 カチャカチャとシチューを食べる音だけが店に鳴り響く。


 おぉ、レオナがご飯を食べている姿が見られるなんて貴重だ。もっと仲良くなって、頻繁にご飯に誘いに行けたらもっとこの姿を見られるんだろうか?


 レオナも幹部で仕事が多いのか、第四魔王軍の訓練場に顔をあまり出さないんだよな。


 居たら必ず話しかけてくれるし。


 そう思いつつ無言の食事を終え、レオナがワインを飲み干したその時。レオナがゆっくりと口を開いた。


「魔王様に言われたと言うことは、既に計画のことは知っているのか?」

「うん。知ってるよ」


 一応軍事機密だと思われるので、アランを攫うと言うことは口にしない。


 俺も軍人なので、そこら辺は弁えているのだ。


 まぁ、このゆるゆる魔王軍なら口にしても怒られたりはしないだろうが、それでも規則は守るべきである。


 規則とかあるのか知らないけど。


 そういえば、魔王国の歴史とかは教えて貰ったのに規則とか何も教えてもらってないぞ?


 特殊な入り方をしたから教え忘れたのかな?それもと、そもそも無い?


 おいおい、大丈夫か魔王軍。流石に適当すぎるだろ。


 今更ながら魔王軍の緩さに驚く俺。そんな俺の心を読める訳でもないのでレオナは話を続ける。


「そうか........ノア。お前は私の部下だ。しかも、他の者達と違い、私が直接命令を下せる権利がある」

「そうだね。1度も命令を貰ったこととかないけど」

「戦争の時も魔王様の命令だったからな。だから、今日、初めての命令をノアに下そう。第四魔王軍軍団長として命じる。私の許可なしに死ぬな。必ず生きて元気に帰ってこい」


 それは、俺達にとって初めての命令。


 第四魔王軍は今までミャルの命令で動いてきたし、俺は魔王様以外の人から命令を受けたことは無い。


 上司と部下。その関係性が、初めて構築された瞬間であった。


「........必ず元気に帰ってきますよ。レオナ軍団長。友人を連れてね」

「ならいい。気をつけて行ってこい」


 レオナはそう言うと、カウンターにお金を置いて立ち上がる。


 しかも、どう見ても俺の分まで入っている。


 ちょ、お金は俺が払うから。後で魔王様に請求するから待って。


「レオナ軍団長。俺が誘ったんで俺が払うよ」

「今はお金が必要な時期だろう?冬明けには村の人達が引っ越すと聞いた。そのお金は取っておくといい。それに、私は上司だからな。それらしい事をさせてくれ」


 酒が入って少し饒舌になるレオナ。


 やはり、公式ガイドブックには乗っていなかったがレオナは酒が入ると少しだけ話すのが上手くなるらしいな。


 思い返せば、確かにゲームのストーリーでも酒を飲んだあとはセリフが少し増えていた気がする。


 こんな所に伏線があったのか。


「それと、ついでにここのご飯代を魔王様に請求しておけ。少し多めにな。今回は魔王様が悪い」

「あ、あはは。ならお言葉に甘えさせてもらうよレオナ軍団長」


 どうしても上司らしい事がやりたかったのだろう。俺に“金を出すな”と言う圧までかけられては、大人しく引き下がるしかない。


 俺は“ご馳走様”と店の奥にいるであろうおっちゃん達に言うと、レオナと共に店を出る。


 そして、酒が入って少しだけ口が動くようになったレオナと色々と話した。


「勇者はどんな子なんだ?」

「アランは良い奴だよ。昔は生意気な子供って感じだったけど、今は爽やかな好青年って感じかな。俺と身長が同じぐらいで、とにかく強かった。7歳の頃だったかな?たった一人で山の中に入ってゴブリンを斬り裂いてたよ」

「ほう。私とどちらが強いと思う?」

「今はレオナ軍団長の方が強いだろうね。でも、大きくなったらどうなるのか分からないかも」

「そうか。それは楽しみだな。ノアの友人か。少しだけ楽しみだ」


 酒が入った饒舌になったレオナとの会話は、思っていた以上にスムーズでとても楽しかった。


 素で話している訳では無いが、かなり話しやすい。


 もう、最初から酒を飲んでればいいんじゃないかなとは思ったが、酒を飲むと圧が抑えられなくなるのか少しだけ周りの人が避けていたのでこれは無理だなと思い直すのであった。

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