完全崩壊


 魔王軍に所属し、なんやかんや上手く立ち回りつつ今後をどうしようかと考える日々。


 次のイベントはアランとエリスの邂逅。


 既にメインストーリーを大きく変えてしまったのでどうなるかは分からないが、取り敢えずはそのイベントをどうするのかを考えていた。


 ........はずであった。


「ごめん魔王様。もう一度言ってくれない?」

「うむ。じゃから、人間であるエリスと共にリバース王国の王都へと行き、お主の友人である勇者アランを攫ってくるのじゃ。会いたいのだろう?勇者もお主に会いたがっておるじゃろうし、もういっそ魔王国の勇者として働いてもらおうかと思っての」

「........ごめん魔王様。俺の耳がおかしくなったみたいだ。もう一度言ってくれるか?」

「クハハ。何度でも言ってやるぞ。人間である─────」


 今日も今日とて街の清掃。良き行いが今後の人生を左右する。


 そんな心持ちで生きている俺は、今日も街の人達に“姫様”と呼ばれながら街のゴミ拾いやちょっとした手伝いをしていた。


 魔王国に来て数ヶ月。既に冬に突入し、肌寒い中でも俺は乱数の女神様に微笑まれるように徳を積む。


 そんな時に魔王がやってきたのだ。


“真面目な話があるから”と言うので、魔王について行くととんでもない事を聞かされる。


“勇者攫っちまおうぜ”と。


 いや、魔王様?そんな軽いノリで決めていいものでは無いのですが?


 確かにアランを味方に引き込めば、リバース王国が魔王国を滅ぼすことは無いだろう。


 ストーリーではアランがいたからこそリバース王国は魔王軍相手に有利に戦えていたが、逆に言えばアランがいなければ何も出来ない烏合の衆。


 俺も何度か考えたことがあったが、人生で1度しか味わえない学園生活と原作ストーリーの崩壊による今後の影響を考えてその作戦は最終手段にしていたのである。


 が、このロリ魔王は俺の最終手段を既に使おうとしている。


 こうなってしまうと、もう原作崩壊は免れないのかもしれない。


「─────と思っての。聞いておるか?」

「聞いてる聞いてる。アランを攫うのは分かったけど、なぜ?」

「お主、勇者に会いたがっていたではないか。それに、どうせ既に勇者と何らかの方法で連絡を取っているのだろう?お主ほどの召喚術士がその強みを生かさないとは到底思えぬのでな!!妾の予想では、スケルトンと筆談させるのが最も簡単な方法だと思うのじゃが........まぁ、それはお主の自由じゃ。魔王軍は内情を話されたところで困るようなことは無いのでな!!」


 ........全て見透かされてやがる。


 俺がアランと連絡をとっていることも、その手段さえも魔王は理解している上で俺に提案を持ちかけてきているのか。


 そして、俺にその提案を持ちかけてきた時点で、エリスや他の魔王軍幹部から了承は得ていると考えるべきだな。


 さて、どうしたものか。


 俺としては、アランと一緒にいられるのは普通に嬉しい。少々仲良くなりすぎた感じはあるものの、アランは良い奴でこの世界で初めての親友である。


 ガルエルやレオナとは違い、同じ年の対等な友人。


 そして、世界を変えられるだけの力を持つ者なのだ。


 仲間に引きこめれば、大抵の事はなんとでもなる。


 が、もちろんデメリットもある。


 完全なるストーリーの崩壊。これが一番大きなデメリットになるだろう。


 アランを引き抜いた場合、今後のストーリー展開は俺が全く知らないものになる可能性が大きい。


 俺のアドバンテージは大きく削られ、装備やアイテムの知識が主なものになるだろう。


 まぁ、それはアランの性格を変えた時に覚悟していたし、いつかは訪れる事か。


 直ぐに返答を返さず、黙り込む俺を見て何を思ったのか魔王が口を開く。


 それは、普段のふざけた雰囲気とは違い真面目な口調であった。


「........時にノアよ。お主は“勇者”について考えたことはあるかの?」

「アランのことか?それとも、勇者と言う職業についてか?」

「後者じゃ。勇者とはどのような存在かの?」

「御伽噺の世界なら、人々を助けて守る英雄的存在だな」

「では、ノアとしての考えは?」

「特には何も。勇者はあくまで女神に与えられた職業であって、勇者の行いが必ずしも人々を守ることだけではないと思うよ。その人次第だろ。大抵の場合は、国に保護されて無理やり責務を負わせられるけどね」

「くはは。くははははははっ!!分かっておるではないか!!では、勇者は孤独か?」

「人による」

「では、勇者は誰かに頼ることを禁じられておるのか?」

「勇者だって人だ。弱い部分もあるし誰かに頼る事だって立派な権利だよ」

「ならば、勇者にとっての勇者がおっても構わんじゃろう?何を悩むノアよ。友にとっての英雄はお主なのじゃ。囚われの騎士を助けて来い。普段は可愛い姫を演じておるのだから、今回はかっこよく決めてくるのじゃ!!」


 ........お節介な魔王様だ。


 俺が何に悩んでいるのかも知らず、背中を押してくれるとは。


 原作ストーリーが変わる?アランの学園生活を邪魔してしまう?


 そもそも俺はこの世界の人間。俺にだってストーリー人生はあるのだし、ノアの人生の主人公は俺である。


 アランの学園生活?


 ぶっちゃけアランの学園生活は楽しそうではない。エルベスは良い奴だが、俺と話している時のアランはもっと楽しそうだった。


 アランも会話の中で何度も“会いたい”と言っている。ならば、会いに行ってやるのが親友というものだろう。


 ストーリーの崩壊も人生で一度きりの学園生活も知ったことか。


 勇者の正義は誰が為に。それは、アランが決める話である。


 例えアランがリバース王国の勇者を投げ出したとしても、俺はそれを否定はしない。


 その時は、アランが魔王国の勇者になるのだからやってる事は変わらんやろ。


「くははははははっ!!いい顔になったでは無いか!!姫の顔が随分と勇ましく見えるの!!」

「........今回は姫と呼んだことを聞かなかったことにするよ。それで、エリスと行けばいいんだね?」

「うむ!!では行ってくるがいい!!........と、言いたいところなのじゃが、昨日今日決まった話での。まだ準備が終わっておらぬ。お主は他の者にバレぬように勇者と連絡を取りつつ、そのー、レオナを励ましてやってくれぬか?」

「レオナを?なんで?」


 俺が首を傾げると、魔王は声を小さくして呟く。


「いや、妾がちと失言しての。ノアの所属を変えると言ったら、この世の終わりかのように凹んでしまったのじゃ。ほら、レオナは人と話すのが苦手じゃろ?どうやらコミュニケーションが上手く行かない事で妾にそう言われたと思ってしまったらしくての。冗談のつもりだったのじゃが、思いのほか効きすぎたのじゃ」

「........なにやってんの」

「レオナにとって初めての直属の部下じゃからの。ノアには何かと思い入れがあるみたいでな。ほら、初めて自分で買った玩具とか結構大事にするじゃろ?それと同じ感じで、レオナはかなりノアのことを気にしておるのじゃ」

「で、その玩具がご機嫌を取ると?」

「ほんと、頼む。このままだとレオナが自室で泣く羽目になるのでな。妾が食事代出すから、飯でも行ってきて来れ。ほんと、お願いします」


 相当レオナが凹んだんだろうな........俺の背中を押した時のかっこいい魔王はどこへやら。


 藁にもすがるような情けない顔で、魔王が俺に頼み込んでいる。


 それにしても、レオナが俺の事を気にしているのか。恋愛とは程遠いだろうが、それでも推しに気にされるというのは悪くない。


「分かったよ。掛かった経費は魔王様に請求するからね。今はまだお金が必要なんだし」

「本当に助かるぞ。なんなら妾のポケットマネーから報酬も出しちゃう」


 こうして、魔王にお願いされた俺はアランを誘拐する前に上司とご飯に行くことになったのであった。

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