アランの日常


 ニーナが見習い司書として働き始めてから四日程が経過した頃。


 ニーナは魔王の目論見通り魔王軍のアイドル的存在へとなっていた。


 何度も言うか、ニーナは普通に可愛いのだ。贔屓目に見ずとも、もちもちとした頬っぺたに明るい桃色の髪、そしてくりくりとして丸い目に整った顔立ちは誰もを魅了する。


 そしてなりより、誰も恐れない。


 あの勇者様相手に“好きじゃない”と毒を吐くぐらいには、恐れを知らない子である。


 何かと見た目で恐れられがち(特に子供には)な魔王軍の面々は、少し無愛想ながらも自分達を恐れず対応してくれるニーナにメロメロであった。


 普段誰も使わないはずの図書にはニーナを見ようと長蛇の列が並び、連日図書は賑わいを見せている。


 ニーナの負担にならないように遠目に見守りつつ、タイミングを見計らって本を借りに行ったり話に行こうとするその気遣いができる辺りは流石であった。


 そして、誰が一番最初にニーナの頭を撫でさせてもらえるかと言う勝負を勝手に始めている。


 ニーナは相手が誰であろうが絶対に頭を撫でさせない。未だに俺とシスターマリアとブラッド兄さん以外には、頭を撫でさせないように逃げるニーナの心をつかむのは誰なのか。


 そんな勝負が始まっていた。


 ある者はお菓子を持ち込んで仲を深めようとし、ある者はニーナが好きそうな本を薦める。


 様々な方法でニーナを落とそうとするその姿はさながら恋愛ゲームのようであり、ニーナの様子を見に行った魔王が“ちょっと人気になりすぎたな!!”と苦笑いを浮かべるほどであった。


 流石はニーナ。俺が一緒に寝ているとか言った日には、魔王軍のみんなから恨みを買いそうである。


 で、そんな可愛い妹が頑張って働き始めた中、俺は毎日アランの様子を確認していた。


 どれだけニーナが魔王軍に馴染もうと、どれだけ魔王国が強かろうと全てはアランの動き一つで変わる。


 既に原作ストーリーからかなり逸れつつある中で、どのようにアランが動くのかは目が離せなかった。


「────でね。エルベスが凄く気を使うんだよ。逆にデッブや他のクラスメイトは酷すぎる。笑いながらノアやシスターマリアのことを僕に聞こえるように馬鹿にするから、本気で殴ってやろうかと思っちゃった」

『やめろ。絶対ロクな事にならないからな』

「分かってるよ。昔なら怒りに任せて殴ってたかもしれないけど、今は違うからね」


 今日もアランは学園で授業をし、その日あったことを俺の分身であるスケルトンに話す。


 アランはどうやっているのか知らないが、俺が小鳥やネズミの視界を通してアランを見ている時をしっかりと把握していた。


 なんで分かるんだ?


 気になってミャルやブロンズ達に実験に付き合ってもらったが、彼らは全く分からなかったと言うのに。


 やはり、勇者の感覚は鋭いのだろうか?


 アランは何かとハイスペックだし、そういうことにしておこう。


 それにしても、やはりリバース王国の貴族はクソが多いな。


 アランの故郷が魔王軍に襲われたと言う話を聞きけ、気を使うのではなく嬉々として攻撃手段に使うとは。


 エルベスだけがアランに気を使っているのだから、胸糞悪い。


 楽しい学園生活を送らせてやりたいが、平民と言うだけでこの扱いなのだから酷いものだ。


「そっちの生活はどう?何か困ったこととかある?」

『魔王が好き勝手やり過ぎて困ってるな。ニーナが魔王軍のアイドルになってたぞ』

「........?ごめん、もう少し詳しく話して欲しいかも。さすがの僕でも全てを察せないや」


 ちょっと分かりづらかったか。


 俺はスケルトンに指示を出して紙とペンを持たせると、サラサラと文字を書いていく。


 アランとの連絡手段をどうするのか考えたのだが、スケルトンを使っての筆談が1番手っ取り早く正確に内容が伝わると判断した。


 アランは勇者の為監視されている立場ではあるものの、最低限のプライベートは守られている。


 アランの住む寮をかなり調べたが、アランが自室にいる際は外からの監視だけで部屋の中で何をしているのかなどの監視はなかったのである。


 ならば、スケルトン出しても良くね?という事で、この方法で俺とアランは会話をしていた。


 最初はスケルトンに文字を書かせるのが難しかったが、結局は慣れである。心細いであろうアランの助けになれればと、こっそり練習して大分スラスラ書けるようになったのだ。


『ニーナが魔王城の中にある図書館で見習い司書になってな。頑張って働く姿を見た魔王軍の人たちが心を奪われたんだ。お陰で今やニーナは魔王軍のアイドルって訳さ。ちなみに、その見習い司書の仕事を持ってきたのが魔王だ。しかも、最初からニーナをアイドルにする気満々で』

「あはは。なるほどね。確かにニーナは可愛いし、頑張って働いている姿を見たら心を奪われる人も多いかも。と言うか、その魔王様はなんというか........自由だね。ノアの話を聞く度に好き勝手やってる気がするよ」

『お陰で俺も困ってるのさ。俺の事を“姫様”って呼んで街中に広めるし、ごみ拾いの邪魔をしてくるし、掃除の邪魔もしてくるし。なんなら仕事の邪魔までしてくる。勘弁して欲しいよ』

「でも、ノアは凄く楽しそうだよ。スケルトンだから表情は見えないけど、とても楽しそうなのが伝わってくるよ」


 ニコニコとしながら、俺の話を聞くアラン。


 確かに何かと振り回されたりしているが、楽しい毎日を送っているのは事実。


 流石は長年俺の友人をやっているだけはあるな。俺の事がよく分かってるじゃないか。


「いいなぁ........僕もノアやシスターマリア達と一緒に居たいよ。また皆で楽しく過ごしたい........」

『勇者様だからな。国の期待を一身に背負って戦わないといけない。多くの国民もそれを望んでいるし、王家もそれを望んでいる。アランもアランで大変だよな』

「全くだよ。エルベスは良い奴だけど、他の人達はあまりにも酷い。貴族だからってそんなに偉いものなの?僕からすれば、全てが間違って見えて仕方がないよ」

『そういえば、リーシャ王女とはどうなんだ?話したんだろ?』

「話したけど、ほとんど関わりは無いね。そもそも学年が別だし、エルベスと一緒に勉強していた時に出会って以来、殆ど話してないかも」

『そうか。なら、エルベスとずっと一緒にいるんだな。良い友人に恵まれて良かったよ』

「まぁ、ノアには敵わないけどね。良い奴で僕も友人だとは思ってるけど、親友は君だけだよ。ノア」


 そのイケメンフェイスで言われると、臭いセリフも様になるな。


 しかし、ポンコツ王女ちゃんとの関わりがほとんど無いというのは困るな。


 原作ストーリーでは、村の人たちを失ったアランが復讐に囚われ、それを心配したリーシャが常にアランの面倒を見ていた。


 が、今回はそのポジションがエルベスに起きかわってしまっている。


 これは完全にメインストーリーとはかけ離れた展開であり、今後の展開も全く予想できなくなってくる。


 アランの性格を変えてしまってから覚悟はしていたが、ここまで大きく変わり始めると本当に先の展開が読めなくなるな。


 下手をすると、さらに酷いバッドエンドが待っている可能性だってあるのだ。


 だからと言って、無理やり王女と絡ませてもそれはそれで何らかの支障が生じるだろう。


 これはアレだな。もう、自然の流れに任せる他無いのかもしれない。


 こう言う原作転生モノには“世界の修正力”みたいな物とかあるのだろうか?


 あったらあったで面倒だし、なかったら無かったでそれもまた面倒。


 完全に今後の展開が読めなくなってきた俺はそう思いつつも、楽しそうに俺と話すアランに付き合ってやるのだった。

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