崩れ始めた未来
リバース王国の希望となったアランは、沈黙した故郷に足を踏み入れた。
そこには何も無く、そこにはかつての笑い声は聞こえない。
“故郷の村人達が、魔王軍の手によって攫われた”。
そう報告を受けたアランは、もうすぐ冬休みに入る学園を飛び出して故郷に向かったのである。
「........何も無いな」
その付き添いとしてやってきたのは、普段からアランの面倒を見ているエルベス。
原作通りに行けば、アランはもう少し早くこの場を訪れていたし、彼の横に立っているのは王女リーシャであった。
しかし、この世界では違う。
王女と出会ったアランであったが、王女との仲はそれほど進展していなかった。
「少し1人にしてくれ........」
「........分かった」
普段から笑顔を忘れないアランと言えど、村の人々が消えたとなれば表情も暗くなる。
王女がこの場にいれば、“ついて行きます”と空気を読まずに隣を歩いたが、エルベスは空気の読める男であった。
アランは1人になると、変わり果てた故郷を見て回る。
あちこちに残された戦闘の後。魔王軍が襲来したと考えれば、その戦闘の後にも辻褄が合う。
「ノア........のあぁ........」
思わず、アランの親友の名前を呟く。
少々煙たがれていた昔の自分を輪の中に入れてくれただけで無く、色々な事を教えてくれた親友。
あの時間はアランにとってかけがえのないものであった。
しかし、彼の笑い声はもう聞こえない。
攫われたと言っていたが、ノアは生きているのか?それとも既にこの世界には存在しないのか?
もし、生きていればノアを助けに。もし、死していればその復讐を。
人生の大半をノアと共に過ごしてきただけあって、アランの頭の中にはノアの事でいっぱいであった。
もちろん、シスターマリアや孤児院の子供達の事も心配だ。だが、それでもノアが優先されてしまうのは、アランの親友と言うのが大きいだろう。
「魔王軍........僕の親友を........」
黒い感情がアランの中を支配していく。このまま行けばアランは復讐の鬼となり、魔王国を滅ぼす兵器に成り代わるだろう。
しかし、アランの親友がそれを許すはずもなかった。
この世界の異端者であり、未来を知る存在が、友人が涙する姿を見たいはずもない。
「ピピッ!!」
空から降りてくる1羽の小さな小鳥が、アランの頭の上に着地すると物凄い勢いで頭を突き始める。
コンコンコンと何度も何度もアランが気づくまで。何度も何度も、アランが元に戻るまで。
しかし、闇に染まり始めたアランは気付かない。
“俺はここにいる”と伝えに来た小鳥は痺れを切らすと、一旦アランの頭から飛び降りて肩に乗る。
そして、アランの頬に全力のドロップキックを炸裂させた。
「いてっ」
「ピー!!」
ようやく頬の痛みで正気を取り戻したアラン。
そして、肩の上で小さな羽をめいいっぱい広げながら“こっちを見ろ”とアピールする小鳥を見て、アランは全てを理解した。
あの小鳥はノアが召喚した小鳥。何度も見てきたし、アランもこの小鳥と遊んだ覚えがある。
召喚術士が召喚したモンスターや動物は、術者が死ねば消えてしまう。
つまり、ノアは少なくとも生きているという事であった。
「のあ?........のあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ピッ?!」
悪い方向に思考が寄っていたアランの闇を照らすかのように現れた小鳥。一先ず、最悪の状況では無いことを理解したアランは安心と寂しさのあまり小鳥を捕まえで大泣する。
勇者と言えど、アランはまだ10歳。少年であることに変わりはなく、ましてや親友の死の可能性を考えていたのだから仕方がない。
「のあぁ........よかったよぉ........グスッ。生きてるんだね........」
「ピッ、ピー」
本気で涙を流すアランを見て、困惑しつつも“よしよし”と頭を撫でる小鳥
アランには、その翼がノアの手に思えて仕方がなかった。
尚、小鳥が困惑している理由は、原作のストーリーではアランは泣かなかった為である。
怒りを感じ、血が滲むほど強く拳を握りしめてはいたものの、アランは涙を流さなかった。
シスターマリアのロザリオを拾い、復讐を誓ってその場を離れる。
それが原作のストーリーである。
「他の皆は?」
「ピッ!!」
「........その感じだと皆無事そうだね」
翼で大きく丸を作った小鳥を見て、村の人々が死んでいないことを察したアランは心の底からホッとする。
妹分のようでありながら、全く懐いてくれないニーナも。アランの兄のような存在であったブラッドも。優しく、そして厳しい母であったシスターマリアも。
皆無事なのだ。
どのようなことがあったのかはまだ分からないが、こうしてアランが来るのを待っていてくれたのである。
「何があったんだい?村に魔王軍が来て、攫われたのかい?」
「ピッ!!」
アランの質問に対し、小鳥はアランの手から飛び立つと“着いてこい”と言わんばかりに飛んでゆく。
アランはノアが何かを伝えようとしていると理解すると、その後ろを追った。
「ピッ!!」
「ここは........昔よく遊んでた空き家だね。ここに入れと?」
「ピー!!」
やってきたのは、昔ノアやニーナとよく遊んでいた空き家。
ノアはここで召喚魔法について色々と実験をしたり、召喚した動物で遊んでいたものである。
アランが扉を開くと、そこには数匹のネズミが待機していた。
この動物にも見覚えがある。山の中に薬屋の子供が入った時にアランを案内してくれたネズミだ。
「チチッ!!」
「あはは。久しぶりだね。それで、そこに何かあるのかい?」
「チー!!」
たしたしと床を何度も踏むネズミ。そのネズミ達の下にある床は老朽化し過ぎていてめくる事が出来るのを、アランは知っていた。
何かを隠すには丁度よく、ノアはここに召喚した動物を隠して遊んでいたこともある。
昔のことを思い出しつつアランはその床をめくると、そこには金の鷲が刻まれた服と1枚の手紙が。
アランは先ずその手紙を見てみることにした。
「えーと、何なに?“親愛なる勇者様へ。この手紙は読んだら直ぐに燃やせ。そして、誰にも見られるな。俺達は無事だし、魔王軍に攫われた訳でもない。自ら望んで魔王国へと行ったんだ。理由はそこにある金の鷲を見れば分かってくれるだろう?お前は賢いからな。いいか賢い親友よ。目に映る物だけが真実とは限らない。何事も疑え、信じるな。お前が信じた道だけを歩め。胸に刻んだ言葉を決して忘れず、お前が正しい道を歩んでくれることを願ってる。特に、貴族連中には気をつけろ。追記、学園生活は楽しいか?出来れば俺もお前の学園生活を覗いてみたいな........この意味、分かるよな?では、燃やしてくれ。灰の一つも残さずな。世界最強の召喚術士より”か」
アランはクスリと笑うと、金の鷲が刻まれた服ごと手紙を燃やす。
他の人に見られた時の事も考えたのか、ハッキリと真実を書いてはいない。が、ここまで書いたら誰が読んでも分かってしまうだろう。
字もあまり綺麗ではない。急いで書いたのがよくわかる。
いつも完璧なノアにしてはポンコツだなとアランは心の中で笑いつつ、親友の言葉を思い出す。
胸に刻んだはずの言葉を忘れてしまっていた。
“目に映る物だけが真実とは限らない”。
この光景を見ただけでは真実は分からないのだ。
しかし、ノアがヒントをくれた。そして、頭の回転が早いアランは大体の事を察せる。
「王国が村を襲った?魔王軍の襲撃に見せかけて僕に魔王国への憎悪を持たせるために........?なるほど。そして、ノアがそれを阻止したのかな。そうだろう?ノア?」
「チチッ」
「なぜ魔王国に行ったのかは分からないけど、大体のことは分かった。さて、そろそろ帰るよ。ノア達が無事なのがわかったし........僕は僕の正義の道を歩かないとね」
アランはそう言いながら、ネズミを一匹持ち上げると胸ポケットに仕舞う。
そして、頭の上に乗っていた小鳥を肩に乗せると優しくその頬を撫でた。
「今日からまたよろしくね。“ノア”」
「ピッ!!」
「チッ!!」
その正義は誰が為に。
それが証明される日がいつの日か来るだろう。
そして、アランが闇堕ちしなかったことにより、未来は崩れ始めた。この崩壊は、誰にも止めることはできない。
後書き。
これにてこの章はお終いです。いつも沢山のコメントありがとうございます。全部読んでるよ。
ここから更にストーリーが崩壊していきます。大抵魔王様がやらかすんで、乞うご期待‼︎
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