乾杯


 サンシタ王国軍との戦闘が始まってから半日足らず。


 理論上最強の前に軍は崩れ去り魔王国軍に勝利が齎される。


 サンシタ王国軍の被害が約二万五千に対し、魔王国軍の被害はゼロ。


 魔王国建国以来、史上初の大勝利であった。


「今回の戦争で活躍した、【骸の王】ノアに乾杯にゃ!!」

「「「「「乾杯!!」」」」」


 サンシタ王国と魔王国の最前線に聳える砦の中で、監視をしている者以外のほぼ全ての兵士達が集まり木のコップを天へと掲げる。


 魔王国に勝利を齎した俺は、砦へと帰ってくると英雄のような扱いを受けた。


 別にそれはいいのだが、“骸の王ノアの祝勝会”と書かれた横断幕と本日の主役タスキを帰ってくるなり見せられる俺の気持ちにもなって欲しい。


 いつの間にか広場は飾りつけがされていたし、あまりにも準備が良すぎる。


 ノリのいい連中だとは分かっていたが、手際が良すぎるだろ。絶対普段からこういうパーティーをしてるって。


 俺は少し呆れながらも、甘い果実のジュースを飲む。


 戦場に立つもの達にとって甘味はご褒美。


 今日、活躍した俺には飲みきれないほどのジュースが用意されていた。


 まぁ、酒を飲める年齢でもないから、ジュース以外に飲めるものも無いんだけどね。


「いやー、それにしても凄かったな!!たった一人で四万人の軍勢を蹴散らしちまった!!あの勇者ジュナイダーですら手も足も出てなかったぞ!!」

「一発矢を放たれてたけどね。神の御加護でもあったのか、俺には当たらなかったみたいだけど」

「お?ノアは神を信じる口か?エデン神様がご加護をくれたのかもしれんな!!」


 そう言いながら早速出来上がっているブロンズは、バシバシと俺の背中を叩きながらガハハと笑う。


 俺が信じているのはエデン神ではなく乱数の神様さ。


 完全な死角から放たれた矢に気付くことが出来なかったが、どうやら神は俺に微笑んだらしい。


 回避率65%の運ゲーを制したのだ。あと三回程矢を放たれていたら怪しかったが、一発撃たれた時点で大体の位置を把握出来て良かったよ。


 俺の代わりに身代わりとなってくれた鳥さんには頭が上がらないな。死体は持ち帰ったし、しっかりと埋葬させてもらうとしよう。


 これで運のストックを使ってしまったから、また貯め直しだ。一応、サンシタ王国軍が動かないかどうかを確認するために後一週間程はこの場に残るから、その間は色々な人の手伝いや掃除をするべきだな。


 この鳥さんの墓も作ってあげて、安らかな眠りが来る事を祈っておこう。


「にゃはは!!ノアに二つ名が着いたにゃるね!!【骸の王】!!とてもかっこいいにゃる!!これで私のキャラを奪われずに済むにゃる!!」


 酒が入って若干顔をあからめるミャルが、俺の肩に腕を置いて頬を突く。


 ミャル、酒を飲むと距離感が一気に近くなるタイプか。しかも、ダル絡みしてくるタイプだぞこれ。


 ブロンズも微妙に酒癖が悪そうだし、魔王も酒癖が悪いという設定があったはず。


 アレ?もしかして魔王軍に酒を飲ませるのってダメなのでは?


 と言うか、そもそも俺はミャルのキャラを奪うつもりはねぇよ。皆が勝手に言ってるだけなんだから。


「無数のスケルトンを呼び出して、屍の上に立つ王。確かにかっこいいな。もう“姫様”とは呼べなくなってしまったじゃないか?なぁ?“姫様”?」

「おい、シャード?普通に姫様呼びしてるじゃないか。何が“もう姫様とは呼べない”だよ。せめてノアと呼んでくれって」

「え?やだよ。まだ可愛い時期は姫様って呼ばせてもらうぜ。どうせ大きくなったら呼べなくなるんだしな!!」


 そう言いながら変な踊りを始めるシャード。


 こいつも酒癖が悪ぃ!!


 もっとまともに酒が飲めるやつは居ないのか?!


「ウェーイ!!姫様最高!!骸の王にカンパーイ!!」

「「「「「ウェーイ!!カンパーイ!!」」」」」


 シャードが大声で乾杯と言うと、酔っ払った兵士達が乾杯と返す。


 ダメだ。この場でまともなのは俺しかいねぇ。こうなったらサッサと抜け出そう。本日の主役?どうでもいいよ。主役を困らせるパーティーに参加してられるか。


 俺はそう思うと、皆が盛り上がりまくって俺から視線が外れた瞬間を見てパーティーから抜け出す。


 どうせ騒ぎたいだけの馬鹿達だ。俺が居なくてもあんな感じて盛り上がるだろ。


 若干冷たい風に吹かれながら、俺は塔の上に登ると今日戦った戦場を見下ろす。


 真っ暗で何も見えないが、この視線の先には無数の死体が転がっているはずだ。


「守ったんだな。この国を。いや、メインストーリーでサンシタ王国に負けたことは無かったから、別に何も変わってないか。ただ魔王軍の損害が無かったってだけで」


 今回はそこまで大きくストーリーを変えてはいないだろう。確かに大暴れして【骸の王】だなんて言う大層な二つ名が付いてしまったが、大筋は変わってない。


 アランが闇落ちする原因となった村の崩壊とは違うのだ。


「まぁ、次に大きく動くのはアランが魔王軍と出会う時か?いや、その前にアランに色々と伝えてやらないとな」


 学園生活を満喫しているアランだが、そろそろ村が魔王軍に攻撃された連絡を受けるだろう。


 リバース王国としては、村人が居なくなった事を利用して上手くアランを闇落ちさせようとしてくるはずだ。


 だがしかし。そんな事はさせない。


 俺の親友を悲しませるほど、俺は友情を軽んじる人間では無いのだ。


「戦争中も態々アランが来ないか見張ってたんだ。アランをそう簡単に兵器に変えられると思うなよ?リバース王国の糞どもめ」


 仕込みは済んでいる。お前達がやろうとしていた事を、そっくりさそのままお返ししてやるよ。


「........ノア」


 夜風に当たりながら、アランが何をしているのだろうかと思い馳せていると後ろから声をかけられる。


 レオナは酒を飲まなかったのか、全く酔った様子がなかった。


「なんですか?レオナ軍団長」

「ノアのために開いたパーティーなのに部下達が騒いでしまってすまない。後で注意でしておく」

「あはは!!いいよいいよ。あれぐらい騒がしいぐらいが俺も楽しいし。でも、ちょっと酒癖が皆悪すぎるかな。どこかの誰かさんに似て」

「........ふっ、魔王様もう酒癖が悪い。悪いとこばかり、みな見習う」


 レオナはクスリと笑うと、俺の隣に立つ。


 そして、俺と話す為に色々と考えてきたのか、レオナにしては饒舌に話し始めた。


 ........いや、若干酒の匂いがするから、コレ酒の力を借りて話してるっぽいな。


 可愛い。酒の力を借りて頑張って話そうとしているとか、努力家かよ。


「一人の死者を出すことなく戦争に勝利したのは初めてだ。魔王様がノアを軍に無理やりにでも入れた理由ががよく分かる。強いな」

「まぁね。その気になれば魔王様にだって勝てちゃうかもしれないさ。かなりの運が絡むだろうけどね」

「ふふっ、ノアが言うと冗談に聞こえないな」

「俺は........俺は役に立ったかな?」

「コレで役立たずという者が居るのであれば、第四魔王軍が総力を上げてその者を縛り上げるさ。皆、ノアのことを気に入っている。それだけ、君は凄いことをしたんだ。誇るといい」


 レオナはそう言うと、酒の入った木のコップを突き出してくる。


「「乾杯」」


 俺は飲みかけのジュースのコップをコンと合わせると、この日の勝利を胸に刻むように残っていたジュースを飲み干すのだった。


 推しと二人で飲む。なかなか悪くないな。この世界も。


 願わくば、この輪の中に俺の親友も........


 それから二日後のことであった。


 俺の親友にして、この世界の主人公。


 アランが沈黙した村を訪れたのは。

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