溶け込む姫様
魔王軍に入隊してから約一ヶ月がたった頃。俺は日課となった大通りのゴミ拾いをしていた。
乱数に頼る俺に乗って、徳の積み重ねとはとても大事なものである。
毎日コツコツと徳を積み重ねる事によって俺のスキル“
どんな強力な攻撃であれど、当たらなければどうということはない。
運ゲーに生きる俺にとって、この得の積み重ねるこそ長生きをしていくコツである。
「お、おはようございます姫様。今日もゴミ拾いですかい?」
「姫様って呼ばないでくれと言ってるだろう?おっちゃん。魔王国の人々はゴミのポイ捨てを殆どし無いとは言えど、やっぱりゴミは落ちてるからな。お世話になっている分、綺麗にしなければバチが当たるってもんよ」
「アッハッハ!!その言葉、魔王様に聞かせてやりてぇや。あの人はむしろこの街を汚す側の人だからな。みんなそれが当たり前になっているから何も思わないが、少しは街の景観の為にも掃除をして欲しいものだよ」
ほぼ毎日人目の多い場所でごみ拾いをしていれば、嫌でも人目に付くと言うものである。
一ヶ月間もの間、街でゴミを拾っていれば俺に声をかけてくる人も増えてきた。
このおっちゃんは、毎日大通りで屋台を開いている串焼き屋のおっちゃん。
俺を“姫様”と呼び、顔を合わせれば少し世間話をする程度には仲良くなっている。
なんなら、ゴミ拾いしてて偉いねと串焼きを毎日一本くれる。
“儲けはいいのか”と聞くと、“朝から姫様の顔を拝めるだけで十分さ”と笑いながら言ってくれるいい人だ。
でも、姫様って呼ぶのはやめて欲しいかな。
俺、一応男なんですよ。
魔王が街中で姫様と俺を呼んで暴れたあの日から、俺は街の人々に“姫様”と呼ばれるようになってしまった。
俺の名前は“ノア”だよと教えても、彼らは全く耳を貸さず皆が皆“姫様”と呼ぶ。
俺が本気で嫌がってないのを理解しているのか、誰一人としておれを“ノア”と呼ぶ人は居なかった。
「あら、姫様じゃないか。今日は少し早いね」
「ニーナが少し早く起きてな。朝から遊びに付き合わされて大変だったよ」
「アハハハ!!姫様と言えど、ニーナお嬢ちゃんには敵わんか!!あの子、姫様にベッタリだものねぇ!!本当の姉妹を見ているようで、楽しいよ」
「バークおばちゃん?俺は男だからせめて兄妹にしてくれよ」
「おっと、そうえば姫様は男の子だったね。魔王様に姫様姫様って呼ばれてたし、この街のみんなも姫様と呼ぶからどっちだか分からなくなっちまうよ!!」
“アッハッハッハッハッ!!”と笑いながら、俺に向かってリンゴを1つポイッと投げてくるバークおばちゃん。
このおばちゃんはこの街で果物屋をやっているおばちゃんで、息子が2人いるらしい。
毎日イタズラをする息子の愚痴を言いながら、毎朝ごみ拾いをする俺にその日と果物を1つくれるおばちゃんだ。
この前休暇を貰った日にニーナと出かけたら、ニーナをすごく可愛がっていた人でもあり、“ニーナお嬢ちゃんみたいな娘が欲しいよ”と嘆いていた人でもある。
「おはよう姫様」
「今日もゴミ拾いか?毎日えらいな姫様」
「姫様!!おはようございます!!」
「姫様!!」
「姫様!!」
「姫様!!」
少しづつ街が目を覚ましていく中、俺を呼ぶ声が徐々に多くなっていく。
誰一人として俺の名前を呼ぶ人はいないが、俺は愛称を持って呼ばれる事でこの街の人々と打ち解けられてきているのだと実感していた。
出来れば、もう少しまともな愛称が欲しかったが。
魔王め。俺を姫様とか呼んだせいでこの前ガチで女の子と間違われたんだぞ。
ニーナにも“にぃに、姫様?”と不思議な顔をされていたし、シスターマリアにも“ふふっ姫様ですか。ノアくんは可愛いですからね。確かにお姫様かもしれません”と笑われたんだぞ!!
また今度イタズラをしてきた時は、全力でとっちめてやると思いながらごみ拾いを進めつつ魔王城を目指していると、よく知った顔がやってくる。
「よぉ!!姫様!!今日も朝からご苦労だな!!」
「ブロンズまで俺の事を“姫様”と呼ぶんじゃない。レオナ軍団長に言いつけて罰を下してもらうぞ」
「おぉ........とんでもなく恐ろしいことを言うなノア。レオナ軍団長はが怒った時はまじで怖いから勘弁してくれ」
ニヤニヤと俺を“姫様”と呼んだ第四魔王軍の大隊長ブロンズは、ぶるっと身体を震わせると本気のトーンで怯える。
この一ヶ月間で、この街にいる第四魔王軍達とも随分と仲良くなった。
俺がレオナ直属の部下だと言うのがよほど心配なのか、みんな明るく話しかけてしては今日がどうだったのかを聞いてくる。
レオナはコミュ障なだけで、別に本当に怖い訳では無いので俺は“レオナ軍団長はとてもいい人だよ”と毎回答えていた。
まぁ、最初の会話の入りが毎回その日の天気なのは何とかして欲しいが。
“........おはようノア。今日は雨だな”
“........おはようノア。今日はいい天気だな”
とだけ言われても、“そうですね”以外に返す言葉がない。
なので、俺は毎回レオナが話しやすそうな話題を上手く探しては、できる限り会話が続くようにしていた。
良かった。俺がコミュ障人見知りじゃなくて。
俺もコミュ障だったら、会話が地獄となっていた事だろう。
「そういえば、そろそろ戦争が再開するんだって?確か、サンシタ王国との戦線が戻るんだとか」
「そうだな。ブリットモーの大移動がそろそろ終わるから、サンシタ王国との戦争が再び始まる。とは言っても、そんなに長くは戦えないけどな。もうすぐ冬だし、雪が降り始めたらまたお見合いだ」
そう言いながら、肩を竦めるブロンズ。
“ブリットモー”はモンスターの一種で体長3メートルもある巨大な牛だ。信じられないスピードで突進してくるものの、急に方向転換はできないため戦い方が分かれば簡単に倒せるモンスターである。
群れを作り、一定の周期で魔王国の国境付近を回る。
考察では、このブリットモーの移動を使って、国の防衛を楽にしているのではないかと言うものがあったかな。
そんなブリットモーの大移動はメインストーリーでも出てきた事があり、ヒロイン事“トラブルモンスター”のリーシャが道に迷ってそれについて行ったアランと一緒に大移動に巻き込まれて戦闘になる。
ある人は“レベリングクエスト”と言いある人は“地獄のクエスト”と言う、人によって感じ方の違うクエストだ。
レベル上げが好きな人なら楽しいだろうが、ブリットモーを100体倒すまでエンドレス戦闘は中々にきついよ。
俺も最初の頃はかなり嫌だった覚えがある。
ノア単騎攻略をやってからは、この程度の作業はなんとも思わなくなっていたが。
「少しだけ戦争をするんだね。どうせならそのままお見合いしておけばいいのに」
「俺もそう思うが、サンシタ王国は魔王軍と戦っていますよと言う体裁が欲しいのさ。今のサンシタ王国の王家や貴族は、魔王軍と戦う事で民衆からの支持を集めているからな。奴らにとって、戦争は政治の道具なんだよ........ってこの話分かるか?」
「要は、自分の人気取りの為に少しでも戦っているアピールがしたいって事でしょ?分かってるよ」
「ノアは頭いいな。俺も魔王軍に入った頃に似たような話を聞かされたが、ちんぷんかんぷんだったぞ」
「それはブロンズの頭が悪いね」
「なんだとコノヤロー」
優しく頭をグリグリとするブロンズと、それを笑いながら受け止める俺。
ブロンズはわざと言わなかっただろうが、俺もその戦争に参加するんだろうな。
ようやく実践に出られるかもしれない。俺はそう思いながら、近くのゴミをブロンズと拾って魔王城へと向かうのだった。
後書き
リバース(反転)がリバース(嘔吐)と言われて、ちょっとなるほどと思ってしまった。確かにリバースですわ。
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