なにやってんの魔王様?


 酷く長く感じた一日が終わり、目が覚めたのは夕刻になった頃であった。


 慣れないベッドに体に馴染まない環境。小さくも綺麗であった孤児院の部屋とは違い、あまりにも広々としたその部屋は長年小さな部屋で過ごしてきた俺にとっては少し落ち着かない場所でもある。


 そして、この場にいる事で実感する。


 俺はこのゲームのストーリーを変えたのだと。


 目指すべき道はハッピーエンド。魔王国が滅びず、俺が好きなキャラ達が死なずそれでいながらアランも平和に終われるエンディングこそ、俺が目指すべき場所である。


「あら、ノアくん起きてたんですね。今日は一日中寝ているのかと思いました」

「おはようございます。シスターマリア」

「はい。おはようございます........と言うには少々遅い時間ですがね」


 そう言いながら微笑むシスターマリア。メインストーリーでは死んでしまうはずの彼女が、今こうして生きている。


 俺はゆっくりベッドから起き上がると、固まった体を解しながらシスターマリアに話しかけた。


「皆はどうしているの?」

「子供達は新たな環境が楽しいのか、はしゃいでいますね。対する大人達は未だ魔王様が怖いのかどうするべきか話し合っていました........正直、あの半泣きする魔王様を見たあとでは怖さを感じないのですけどね。今日は子供達に混ざって遊んでいましたし」

「あはは。魔王様らしいね」


 本当に遊びに来たんかい。


 大人達は気が気では無かっただろう。


 相手は敵国の王。少しでも無礼な態度を取った瞬間、その首が跳ね飛ばされていたとしてもおかしくは無いのだから。


 しかし、この国の王はやる時はやるが、普段はポンコツ。


 ノリと勢いだけで生きてんじゃね?とまで言われるほどには、ノリがよく接しやすい。


 きっと子供達の中にスっと溶け込んで遊んでいたんだろうな。


 俺はちょっと見て見たかった気持ちもありつつも、昨日の疲労で起きられそうに無かったなと思い直す。


 今の今までグッスリだったのだ。今後、さらに厳しい戦いを強いられる事になるのを考えると、もっと実践を積むべきではあるな。


「ノアくん、調子はどうですか?ニーナがかなり心配していましたよ」

「大丈夫だよ。少し慣れない事をやって疲れただけだから。むしろ、寝すぎて今夜が寝られないか心配だね」

「ふふっ、実にノアくんらしい回答です。さて、リビングに行きましょうか。私がここに来たのは、ノアくんを夕食に連れていくためですしね」

「俺にとっては朝ごはんだね」

「ふふふっ、そうかもしれませんね。今日はガルエルさんがお作りになられたシチューですよ」


 ガルエルも来てるんかい!!


 この様子だとエリスまで来てそうだな。


 相変わらずこの魔王国の幹部共はフットワークが軽い。そりゃ、“偶には外に出たい”という理由で村に来るような魔王に仕えているんだから、フットワークも軽くなるか。


 俺は、シスターマリアの手に引かれながらリビングへと降りていくのだった。




【テレポート】

 視界が確保出来ている場所に移動できる転移系魔法。ゲームの中では移動手段や奇襲に使われ、特に街の行き来を楽にするための手段として使われていた。

 この世界でも使用用途はほぼ同じだが、テレポートさせる距離や消費魔力が若干違っている。

 また、“ポインター”と呼ばれる魔道具を設置することでその場所に移動することも可能であり、使い方次第では敵から逃げる時にも使えたりする。




 リビングに降りてきた俺の目に最初に入ってきたのは、エリスとそれに群がる子供達であった。


 エリスの使う武器“糸”を使いながら、人形をさも生きているかのように動かして子供達と遊んでいる。


 今はちょっとした劇をやっているのか、皆が真剣にその劇に見入っていた。


「『やい!!魔王!!お前の悪行もそこまでだ!!』『フハハハハ!!よくぞ来たな勇者よ!!この我を倒してみるといい!!』」


 エリスは声色を変えながら一人二役を演じつつ、勇者の人形と魔王の人形を操る。


 バシ!!ぺし!!パシ!!


 柔らかい素材で作られているためか情けない音が聞こえてくるが、その人形劇での戦いはあまりにもクオリティが高すぎた。


 勇者の剣を距離を縮めて威力を殺しつつ手の甲で受け流した魔王が、その反撃とばかりに左拳を振るう。


 それを見た勇者は身体を少し仰け反らせて避けると、腹に蹴りを入れて魔王と距離を取った。


 腹を蹴られた魔王は素早く体制を整えると、再び勇者に接近。勇者は剣の間合いで戦いたいので、下がりつつ幾つものフェイントを入れながら迎撃を試みる。


 ........うん。どう見ても人形劇でやるクオリティでは無い。


 これだけで、金が取れるレベルの人形劇だ。小さな人形が大きく動くことで躍動感を出しつつ、攻撃に緩急を付けることでスピード感を演出。


 エリスの特技欄に“人形劇”と書いてあったのは覚えているが、得意とかそういうレベルじゃないだろこれ。


 好きなキャラが特技を披露している感動よりも、技術の高さに驚くしかない俺。


 そんな俺を正気に戻したのは、劇を見ている子供たちの中から上がった一つの声であった。


「行け!!魔王!!こんなちゃっちい勇者なんて蹴散らしてしまえ!!あ、そこは左カウンターを合わせるべきだろうが!!おい、エリス!!もっと妾を立てろ!!妾がこれではかっこ悪いでは無いか!!」



 な に や っ て ん の 魔 王 様 ?



 子供たちの中に混ざって人形劇を見るのはまだ分かるが、なんでこの人が1番声を上げながら魔王を応援しちゃってんの。


 見てよ。子供達が軽く引いてんじゃん。


 ロリ魔王の応援が、某20年以上続くキュアなヒーローを応援する並の熱量じゃん。


 というか、本物の魔王の前で勇者と魔王の戦いを演じるエリスもエリスだよ。


 もっといい題材はなかったのか?仮にもこの国の王を悪役に仕立てて、勇者に討伐させるとは正気の沙汰では無い。


「魔王様。少々黙ってください。子供達が劇に集中してくれません」

「いやでも!!妾、魔王だし、応援の1つ2つはするじゃろ?!」

「しないでください。と言うか、魔王様は子供用の人形劇を見て応援するような年齢でもないでしょう?子供たちを楽しませるためのものなので、魔王様は大人しくしていてください」

「うっ........わかったのだ」


 そう言ってトボトボと子供達の輪の中から出ていく魔王様。


 その場にはなんとも言えない空気が流れつつあったが、勇者と魔王の戦いがさらにヒートアップするにつれて子供たちも熱気を取り戻す。


「シスターマリア。アレが人類が恐れる魔王様なんだよ........なんと言うか、怖くないね」

「えぇ........そうですね。怖いよりも先に、“この人本当に魔王様なんでしょうか”という疑問が浮かびます。物語に出てくる魔王と言えば、悪逆非道で子供すら慈悲もなく殺す様な悪として書かれるはずなんですがね」

「この国の魔王様は、子供を殺すどころか子供の中に混じって人形劇を応援するんだよ。所詮、物語は物語であって、事実とは異なるってことだね」

「そうですね。と言うか、エリス様も演劇の内容を勇者と魔王にするとか正気なんですかね?リバース王国で似たような事をやったら、即刻打首ですよ」

「それが出来るのが魔王国なんだよ。流石に魔王様が可哀想だけど」


 シスターマリアも何となく魔王の扱われ方を理解し始めたらしい。


 そして、トボトボとこちらにやってきた魔王は、元気なく俺に挨拶をした。


「お、起きたのかノア少年。調子はどうだ?」

「お陰様で元気になれたよ魔王様」

「それは良かった。あー、翌日は暇か?」

「予定は無いね。昨日の今日だし」

「ふむ。ならば明日は子供たちを連れて魔王城の観光でもやるか。子供達の母よ。お主は子供達のお守りじゃ。それで良いか?」

「は、はい」

「ふふふ、妾の偉大さを子供達に知ってもらわねばな!!今日は失敗したが、明日は頑張るぞー!!」


 切り替え早すぎだろこの魔王。


 勇者に討ち取られる魔王の劇を横目に、俺はそう思うのであった。


 あ、やっぱり魔王は負けるのね。

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