魔王国

魔王国


 村を捨てて魔王国へと避難することを決めた村人達は、魔王の力によって一瞬で魔王国へとやって来ていた。


 魔王が使える魔法の一つ“テレポート”。


 ゲームの中では視界が取れている場所であればどこへでも飛ぶことの出来る魔法であり、特殊な道具を設置することでその場所に飛ぶことも出来る。


 ヘルオブエデンでは街の外に出ると常に戦闘フィールドになってしまうので、移動短縮のために存在している魔法。


 しかし、この世界では移動短縮以上に便利で凶悪な魔法だ。


 使い方次第では、敵を巻き込んで空の上に飛ばすことだって出来る。空を飛ぶ手段を持たない敵に対して、落下ダメージを与えられると考えればその恐ろしさも分かるだろう。


 この世界、割と空を飛ぶ手段を持っている奴多いけど。


「ようこそ魔王国へ。魔王国の主たる妾が貴殿らを臣民として迎え入れよう」

「ありがとうございます。魔王様」

「うむ。では早速お主らが暫く滞在する家に案内しようではないか。魔王国は割とお主らのような奴が来るのでな、こういう時のためにある程度滞在できる場所があるのだよ。着いてくるがいい」


 100人程度を一気に転移させたというのに、全く疲れを見せない魔王。


 転移魔法ってかなり魔力を消費するはずなのだが、流石はラスボス格が違う。


 俺も魔力と足の速さそして詠唱時間だけなら魔王にも勝てるが、使える魔法や攻撃力では圧倒的に劣るからなぁ。


 そんな事を思いつつ、魔王の後を付いていく。


 ここはおそらく魔王国の中心部。魔王城が聳え立つ場所だ。


 ゲームでは魔王城としか記されてなかったから街の名前までは分からないが、俺が画面越しに見ていた魔王城の街と殆ど変わりはない。


 中世ヨーロッパチックな見た目の家々が建ち並び、その奥には天にも登らんとする魔王城。


 メインストーリーでは既にその街のほとんどが破壊され尽くしていたが、サブストーリーでは見ることのできた街並み。


 人類と敵対する魔王国の街と言えど、人間の骨で作り上げられた家が建っていたり血の川が流れている訳では無い。


 街並みは、至って普通であり、その街中を歩く人々も人間らしい生活をしていた。


「意外と普通だな........」

「魔王国ってこんな感じなのか」

「くははは。人が吊るされ、血の川でも流れているとでも思ったか?そんな訳なかろう。この国は至って普通の国なのだ。違う点があるとすれば、少々見た目が人とは違うもの達が生活している事のみ。魔人族は見た目が違うだけで人と変わらんのだよ」


 ボソリと呟いた大人たちの声に反応した魔王。


 大人達はまさか魔王に会話を聞かれているとは思わず、頬から冷や汗を垂らす。


 相手は今、自分たちの命を握っているのだ。


 言葉次第では、この場にいる全員が死んだとしてもおかしくないと思っている。


 魔王たちの性格を知る俺からすれば、この場で魔王を殺そうとしたとしても許されると分かっているが、この世界に住む人々にそんなことが分かるわけもない。


 大人達は、想像以上に魔王の背中に怯えていた。


「にぃに........眠い」

「はいはい。おんぶしてやるからもう少し頑張ろうな」


 緊迫する大人たちに対して、子供達は眠気に抗えず大半は大人たちの腕の中で眠っていた。


 俺も正直疲れて眠たかったが、ここは頑張って起きる時。


 流石に大人たちに抱き抱えられて眠るのは、少し恥ずかしかった。


 そんな中、トボトボと歩いていたニーナは再び眠くなって俺におんぶをせがむ。


 精神的に疲れていたが、可愛い妹分の頼みを断れなかった俺は大人しくニーナを背負って歩き続けた。


「こうして見ると、2人とも普通の子供なんだがな........1人は王家直属の暗部を生け捕りにできる凄腕の召喚術士で、もう1人は私に恐れすらせずに堂々としていた。子供の力は侮れんよな」

「そうですね。ノアくんもニーナちゃんも他の子供達とは違い、かなりの才能を持っていると思いますよ。数年もすれば、一緒に仕事をすることになるかもしれませんね」

「おいおい、子供を軍に入れるのか?私は反対だぞ」

「私も嫌ですが、魔王様ならばやりかねませんよ。特にノアくんは魔王様が気に入ってしまってそうですし」

「........ノア、もしも魔王様に困ったら私達に言えよ?ゲンコツ落としてやるから」

「いいの?仮にもこの国の王を殴って」

「いいんだよ。何せ、あの馬鹿は後先考えずにノリで動くことも多いし、イタズラとか良くするからな。知ってるか?エリスがこんな格好をしているのは、魔王様の趣味だぞ」

「“着なかったら減給するからな!!”とか言って泣かれたら、着るしかないですよ。馬鹿というか普通に迷惑です」


 そう言いつつも、どこか嬉しそうなエリス。馬鹿だのなんだの文句こそ言っているが、エリスは魔王の事が好きなのだろう。


 こうして軽口を叩けるのが、楽しくて仕方がないと言った顔だ。


 というか、エリスのメイド服って魔王が無理やり着せたものだったのか........


 地球では知れなかった設定が知れてとても楽しい。ゲームの世界を見ているだけでは知ることの出来なかった設定を知る度に、俺はこの世界に来てよかったと思えてしまう。


 なんで転生したのか、何があったのかは知らないが、そんな事はどうでもいい。


 俺は、この世界のキャラクターたちを見るために生まれ変わったのだとそう確信するぐらいには、この世界が好きであった。


 魔王と村人たちのやり取りや、ガルエルとエリスのやり取りを楽しく見ていると遂に俺たちの新しい家が見えてくる。


 明らかに大人数が住むことを想定した建物は、とても綺麗で美しかった。


「ここがお主らが暫く滞在する家だ。この国に慣れ、ある程度自立できるようになったら開けてもらうが、それまでは好きに住むといい。あ、中のものはできる限り大切に使ってくれたまへ。あまり壊されすぎると、財務管理の者に妾が怒られらる」

「わ、わかりました。子供たちにはよく言い聞かせておきます」

「なに。窓ガラスの10枚や20枚程度なら問題あるまい。子供は元気なのが1番だからな。新たな環境になって慣れないこともあるだろうが、お主ら大人たちが上手くフォローしてやれ。もし、何かあれば妾の元まで訪ねるといい。とは言っても、妾、結構暇してるから暫くは遊びに来るがな!!」


 遊びに来るんかい。


 そう言えば、子供と鬼ごっこしてたとか言ってたな。大人気なく本気を出していたらしいが。


 やはり、この魔王は自由奔放である。それでいながら、ちゃんとしなければならない時はカッコイイんだからずるいよな。


「は、はぁ........それで、我々の働き口などはどうするのでしょうか?」

「それについては後日連絡するとしよう。先ずは、疲れた体を休めるのが大事だぞ神父よ。何事も余裕を持たねば、失敗すると言うものだ」

「わかりました。お言葉に甘えて、私達は休ませて頂きます」

「うむ!!しっかりと休み、暫くはこの街の在り方を見てみるといい。割と普通だから、ぶっちゃけ見所なんて魔王城ぐらいしかないがな!!」

「まぁ、この街の観光名所とかあるかって聞かれたら魔王城ぐらいしか答えることないよな」

「悲しいですけど、それが現実ですよ。魔王国観光ツアーの計画を立てた際、皆が“魔王城しか見所がない!!”と言ってるボツになるぐらいですし」


 何それ。


 魔王国観光ツアー?


 この国本当に戦争してるのか?いや、戦争中だからこそ、お祭りのようなものをやって住民を安心させようとしているのか。


 ........いや、魔王軍の事だ。案外魔王が“観光ツアーとかやったら面白そうじゃね?”とか言い始めて計画を立て始めたかもしれん。


 俺は半分鈍った脳でそんなことを考えつつ、新たな家の中へとはいると、直ぐ様ベッドに寝転がって深い眠りにつくのだった。

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