魔王降臨


 襲撃者を無事に捕まえ、情報を吐かせた俺達は村へと戻ると襲撃者の口から全てを話させた。


 当たり前だが村の人々はリバース王国に裏切られた事に混乱し、実は魔王軍の者がそうなるように仕向けたのではないかといい始める始末。


 しかし、彼がテイマーである事を証明し王家の紋章を見せれば、その疑念も徐々に薄れて現実だけが見えてくる。


 小さな村と言えど、国家に属しその恩恵を得る。


 この村では手に入らない塩や砂糖は月に一度やってくる行商人から買うし、この村から取れる新鮮な薬草を売っていう金を得る。


 コレは国が村まで街道を整備してくれたから行える事。生きるのに必要な物資を持ってきてくれるのは、国が街道の整備を行っているから。


 そして、村の人々はその対価として税を支払う。狩りでえた獣の肉や薬草の一部は国に渡され、彼らの資源となるのだ。


 こうして、村と国は持ちつ持たれつの関係を築き上げる。


 どちらかと言えば国家の方が負担が大きいが、それは強大なる力を持つ国の運命だ。多少は仕方がない。


 そして、今。対等な立場は崩れ去り、国は村の人々を裏切った。


 今まで積上げてきた国への信頼は崩れ去り、国に対して持つは疑念と不安。


 この場にいる大人達は、自分達が国の加護から外された事をようやく理解したのである。


「我々は........我々は国から見捨てられたという事ですか」

「ど、どうするんだ?王家がこれを行ったとしたら、どんな手段を用いても俺たちを殺しにくる!!口封じのために!!」

「子供たちも殺されてしまうわ........何も知らない無垢なる子供たちまで犠牲になってしまう........!!」


 相手は強大なる国家。権力は暴力を行使する為の力であり、村の人々がこの権力によって行使される暴力に抗う術はない。


 村人達がようやく現実を受止め、徐々に混乱が大きくなり初めてその時エリスが口を開いた。


「皆様に残された道は二つあります。1つはこのままこの村に住み続け、国家からの処刑に震えて待つこと。もう1つは、我らが魔王国に移住する事。魔王国は元々居場所無き者達の為に作り上げられたら国です。犯罪者のような輩はともかく、不当な理由で迫害された者達はいつでも受け入れます」

「........」


 村の人々は黙って彼女の話を聞いている。


 今この場にいるのは、大人達だけ。夜明け前の睡魔に、子供達は敵わなかったようだ。


 俺も眠いけど。


「もちろん、その時は魔王国の民となり二度と人の世界に戻ることは出来ないでしょう。ですが、魔王国は少なくとも民を裏切るようなことは致しません」

「既に魔王国には話を通してある。これは明らかに不当な迫害だ。魔王国に来ると言うのであれば、受け入れるぞ」

「........少し相談する時間を頂けないでしょうか?」

「そうするといい。だが、夜明けまでには結論を出してくれ。万が一リバース王国の手先が来ると不味い」


 裏切られた直後だ。村人たちだって、助けてくれたからと言ってホイホイ信用できる程馬鹿ではない。


 神父様がリーダーとなり、村人たちは話始める。


 この場に残った方がいいのか、それとも魔王国に行くのか。


「ノアくんはコレを予期していたのですね」

「........し、シスターマリア」


 結論が出るまでは長そうだ。夜明けまで時間もあるし、疲れた体を癒すために軽く寝ようと思っていた矢先、俺に微笑みながら声を掛けてくるシスターマリア。


 その顔は聖母のように優しく美しいと言うのに何故だろう。俺には般若の仮面を被った鬼にしか見えない。


 と言うか、シスターマリアは子供たちの面倒を見るためにこの場を離れていたのでは?


 なんでここにいるんですかね。


「聡明なノアくんの事です。私が今から何を言うのかよく分かっていますよね?」

「いや、でもこれは村を守るためであって........」

「分かりますよね(圧)」

「アッハイ」


 有無を言わさない圧。もうシスターマリアが魔王でいいんじゃないかな?


 俺のスキル“運命の天秤ラッキーミス”は、愛ある拳を避けることは出来ないらしい。


 これは大人しく怒られるしか無さそうだ。


「ノアくん。君は賢く勇敢です。ですが、まだ力無き子供だと言うことを理解していますか?」

「........はい。ごめんさない」

「謝って欲しい訳では無いのです。何故まず最初に大人を頼らなかったのですか?」

「それは、村の人々が俺の話を聞いてくれたとしても対策を取ってくれるとは思えなかったから........」

「そうですね。この村は平和です。まず自分たちの命が脅かされるとは思わないでしょう。では、それが理由で1人で魔王軍の者と接触したのですか?」

「はい」

「わたしが怒っているのはそこです。例え話を聞いてくれなかったとしても、大人を連れて森の中に入ることは可能でしたよね?ノアくんは魔王軍と接触したのは偶然じゃない。ノアくんはちゃんとした目的を持って魔王軍と接触した。その際自らの危険を考えなかったのですか?」


 シスターマリアは淡々と問い詰める。


 シスターマリアが怒っていたのは、魔王軍と接触する際になぜ大人を連れていかなかったのか。


 俺は魔王軍の人々の性格を知っているが、魔王軍は敵国の存在。下手をすれば攫われたり殺される可能性も大いにあっただろう。


 正直、大人がいたとしてもガルエル達には敵わない。が、俺がにげられる可能性は大きく上がる。


 要は、“まだ子供なんだから大人を少しは頼ることを覚えなさい”と言うお説教であった。


 言っていることは間違っていない。子供は弱い。だからこそ、自分達よりも強く賢い大人を頼る。


 シスターマリアは、そんな子供としての在り方を教えている様な気がした。


「─────ですが、1人で魔王軍と交渉をし、この村を守ってくれた事。ノアくんの勇敢なる行動で村の人々は救われました。よく頑張りましたね。貴方は私達の英雄ですよ........ありがとう。ノアくん。」


 シスターマリアは最後にそう言うと、優しく俺を胸の中で抱きとめる。


 普段なら胸が柔らかいとかそんなくだらないことを考えていたかもしれないが、今回ばかりは違った。


 俺は、死ぬはずだったシスターマリアを救ったんだ。


 このクソッタレな原作のメインストーリーを変えたんだ。メインストーリーは俺の力で変えられる。


 ならば、アランを皆をハッピーエンドに持って行ける。


 シスターマリアに抱きしめられた時、俺は改めてそれを実感した。


 その直後であった。


 このストーリーを変えた余韻に浸る間もなく、俺達の頭上から笑い声が聞こえたのは。


「くははははははっ!!実にいい話だな。妾も思わず涙してしまいそうだ。やはり、母と子のやり取りは暖かく優しいな!!」


 幼子のような甲高い笑い声。


 そして自分のことを“わらわ”と呼ぶその声。


 余韻に浸ろうとしていたのに、空気を読まずに入り込んでくるこの声。


 俺は知っているこの声を。


 俺は知っているこの呼び方を。


 俺は知っているこの空気の読まなさを。


 その場にいる誰もが声を上げることなく、空を見つめる。


 しんと静まり返ったその地には、先程まであったはずの生命の鼓動すら聞こえてこない。


 聞こえるのは、その空にいる少女のマントがはためく音のみ。


 馬鹿な。何故彼女がここに居る?


 彼女は、魔王国内から出られないはず。


 分身?否、そんな設定は無かった。


 ならば何らかの映像?否、アレは映像では無い。


 恐る恐る顔を上げ、その声の方に視線を向ける。


「おー、こうしてみると中々に可愛い顔をしているではないか。妾の好みでは無いが、あ奴らは好きそうだな。まぁ、可愛げのある子供なら大抵は甘やかす馬鹿どもだが」


 褐色の肌に深紅の目。高級なシルクのような長い銀髪を靡かせ、楽しそうに笑うその少女。


 人気投票第一位。あまりの人気ぶりから、過去六回の人気投票の内二回は殿堂入りとして投票を禁じられた絶対不動の最強格。


“絶望の褐色ロリ”“ノリと勢いで生きてる最強キャラ”“主人公よりも勇者してる”とまで言われ、ヘルオブエデンのメインストーリーでアランに正義と悪を問うラスボス。


 その名も─────


「........【始まりの魔王オリジン】リエル」

「ほう?私を知っているとは博識じゃないか。ノア少年」


 絶対的強者たる魔王が今、この地に現れた。

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