襲撃イベント 2


 ブラックウルフは序盤の敵にしては速度が速く、攻撃力も高い。


 が、所詮は序盤だけの存在であり、序盤を超えればザコ敵となる。


 そして、序盤から最強格のネタキャラにとって、この程度の鬼ごっこはイージーゲームであった。


 だって向こうが一マス移動している間に、ノアは5マス移動できたからね。


 ただ逃げるだけなら、割と簡単である。


「フゥ、ここまで来れば問題ないだろうな。今度は周囲にも気を配らないとダメだけど、それが出来るのが一流のゲーマーってもんだ」


 逃げた先はとある家の屋根の上。見晴らしが良く、夜闇に紛れているとは言えどブラックウルフが襲ってきてもすぐに分かるはずだ。


 更には、念の為に周囲にスライムも用意してある。万が一、また襲ってきたとしても多少の猶予が残されている事だろう。


「ッグ........!!」


 そして、意識を襲撃者側に戻せば、襲撃者は徐々に徐々にダメージが蓄積され始めていた。


 空の上から降ってる来る剣の雨は実に襲撃者の身体を痛ぶり、最初ほどの威勢は無い。


 包囲していたスケルトンやスライムの数が減るスピードもどんどん遅くなっているし、あと数分もすればマトモに動けなくなるだろう。


「この調子でタコ殴りにするか。生け捕りが望ましいが........加減が難しいんだよな」


 俺はそう言いつつも、更に剣を増加。地面に突き刺さった剣をある程度回収し再び雨は降り始める。


「クソッ!!どこにいやがる!!出てこい!!」

「そう言って出てくるやつがあるか。そもそも、俺は村の中にいるからそっちには行けないよ」


 と、襲撃者には聞こえない返答をしていると視線の横で大きな明かりが灯る。


 何事かと視線を向けると、村を照らしていた松明でも倒れたのか家が燃え始めていた。


 幸い、村の人々が巻き込まれた様子は無いが、あのまま火を放っておくと村全体が焼き焦がされる。


 何とかしなくてはならないが、スライムを多量召喚する事で何とかなるのか?


 ワンチャン、スライムの粘液が水の代わりにならないかなと思っていると、ドガァァァァァァン!!と大きな音を立てて炎ごと家が吹き飛ばされる。


「ははっ、どうやらいらない心配みたいだったな。流石は人気ランキング第二位、【豪剣】のガルエルだ」


 吹き飛ばされた家を少々心苦しそうに眺める魔人族の女、ガルエルの姿を見た俺は思わず笑ってしまう。


 自分の大きな体と同じぐらい大きな大剣を持ち、ゲームでは範囲攻撃をしまくって来る魔王軍の最高幹部の1人。


「怪我はないか?」

「あ、ありがとうございます........」


 その鋭い眼光からは想像がつかないほど子供には優しく、魔王軍の中でも人気の高い彼女がついにこの場に現れた。


 俺は2人を信じるとしよう。ブラックウルフに関してはどうせ直ぐに始末されるし、それよりも俺は襲撃者を逃がさずに捕らえることに集中だ。




【ブラックウルフ】

 ヘルオブエデンに出てくるモンスター。狼と同じぐらいの大きさのモンスターであり、漆黒の毛並みは夜闇に紛れて奇襲を仕掛けるのにもってこい。序盤の敵にしては素早く攻撃力も高いため“序盤殺し”とプレイヤーから呼ばれている。

 しかし、ワンパターンの攻撃ばかりなので慣れると対処が簡単であり、また素材から作れる装備が優秀なので乱獲される悲しきモンスターでもある。




 襲撃が始まり、徐々に村に被害が出始めていた。


 その襲撃の中、村には被害を出しつつも村人には被害を出さないように動いていたエリスは村人が全員教会に集まったことを確認するとブラックウルフの殲滅に乗り出そうとする。


 あの脳筋バカと仲間内で言われているガルエルも既に村人救出に動いており、村人たちの前に姿を現していた。


「あ........貴方々は一体........?」

「申し訳ございません神父様。私、実は見習いのシスターでは無いのです」

「........」


 この街で神父を務めるエボランは何も言わない。


 その続きの言葉を待っていた。


「私は........私達は魔王軍の者です。この村には用事があって来ていたのですが、まさか本当にこんな事が起こるとは思っていませんでした」

「魔王軍........?!」


 自らの正体を明かしたエリスに、村の人々は困惑を隠しきれない。


 エリスはこの一ヶ月間、実に見習いシスターとしての振る舞いをしていた。


 その振りまいは完璧であり、子供達から好かれる様子を見て“見習いシスターも大変だな”と思いながら暖かい目で見ていた程だ。


 そんな僅か一ヶ月でこの村に馴染んだシスターが、魔王軍の手先。


 驚かない方が無理である。


 現在、リバース王国と魔王国は戦争中。


 新たに生まれた勇者の生まれ故郷を滅ぼすために来たと言われたも、不思議では無い。


「ご安心を。私達は貴方々を助けに来たのです。今すぐにこの話を信じる必要はありません。ですが、皆様の無事の為にもここで少々お待ち頂けないでしょうか?」

「エリス。こっちは終わったぞ。残りは反対側だけだ」


 シスター服を身にまとい、静かに頭を下げるエリス。


 そんなエリスの後ろから現れたのは、大きな身体と大剣を持ったいかにも魔人族の女。


 しかも、その左手にはブラックウルフの首が握られており、初めて生き物の死を見てしまった子供達は泣き始めてしまう。


「うわぁぁぁぁぁん!!」

「怖いよぉ!!」

「ガルエルさん。怖がられてますよ」

「あ、やべ。子供達が見ているのを完全に失念してた。やべやべ、急いで隠さないと」


 子供たちにギャン泣きされてしまった事実にガルエルは焦り、その原因となったブラックウルフの首をそこら辺の草むらに隠す。


 子供達に見せてはならない光景を見せてしまったと心の中で猛省するガルエルは、“今からでも挽回できるか?”と僅かな希望を持ってポケットに入っていた飴を取り出した。


「あー、飴ちゃん食べる?」

「いやぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁぁん!!」


 もちろん、誰もがノアの様にガルエルを恐れない訳では無い。ましてや、モンスターの死体を持ってきた張本人だ。


 その怖い見た目も相まって、子供達は泣きながら大人たちの後ろに隠れる。


 ガルエルは、顔こそ笑顔であったものの割と本気で傷ついていた。


 が、これだけ多くの子供達がいれば、変わり者もいる。


「飴。頂戴」

「........ありがとう」


 ピンクの髪を揺らしながらガルエルの前にやってくるニーナは、“飴をよこせ”と言わんばかりに両手を受け皿のようにして手を差し出す。


 ガルエルは思わず泣いてしまいそうになりながらも、グッと涙を堪えて飴をニーナの手の中に置いた。


「ん、美味しい。ところで、ガルエル」

「なんだ?勇気あるお嬢さん」

「ノアにぃにはどこ?どうせにぃにの事だし、2人を引き込んだのもにぃにでしょ?一ヶ月前からにぃにの様子がおかしかったことも考えると、2人と出会って何かを話した。多分、この村が襲われるから助けて欲しいと言ったのかな?そして二人はそれを承諾。にぃには召喚術士だから、山の監視を、二人は襲撃があった際の防衛をやってたと推測できる」

「「........」」


 なんて子供だ。


 ノアの行動とエリスの行動だけである程度の推測を立て、しかも見事それを的中させている。


 とんでもない頭の回転の速さと推測力だ。


「あら、ノアくんがココ最近コソコソとしていたのはそれが原因だったんですね。これは少しお話が必要そうです。何より、今この場におらず危険な事をしているとは........優秀で可愛い子ですが、やはり子供らしいところもあるんですね」


 そして、ニーナの推測を聞いたシスターマリアが頬に手を当てながら静かにつぶやく。


 口調は普段と変わらない。むしろ嬉しそうにも聞こえる。しかし、その背中から見える黒いオーラは、歴戦の猛者であるエリスとガルエルすらも怯ませた。


「ノア、すまん。しっかりと怒られてくれ」

「すいませんノアくん。多分めちゃくちゃ怒られますね」


 ガルエルとエリスは、ノアに謝りつつ“話は後で”と言って残りのブラックウルフを倒しに向かうのだった。

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