襲撃イベント 1


 この村を襲ったであろう犯人らしき影を見つけた俺は、夜中になるとこっそりと孤児院を抜け出して隠れ家として使っている古びた空き小屋に来ていた。


 時間は既に皆が寝静まった頃。もしも俺が襲撃者であれば、この時間帯に襲撃を仕掛ける。


「やはりテイマーだったか。野生のモンスターを仲間にして戦う職業。召喚術士よりも魔力効率に優れる代わりに、モンスターが死ねば復活は無い。序盤の成長が遅い召喚術士に比べて、序盤から活躍しやすく視界の確保や盾役としてもそれなりに優秀だから終盤まで腐ることの無いキャラか」


 俺は、監視に付けていたネズミ達の視界から襲撃者の職業を予測する。


 黒いローブを身にまとい、夜闇に紛れる襲撃者は黒い狼も何体も引き連れていた。


 あれは、序盤の強敵“ブラックウルフ”だな。


 素早さが高く、攻撃力も高い。


 更には、匂いでこちらの居場所を把握してくる為、早めに見つけないと奇襲を食らう。


 他のモンスターに比べて、全体的に高性能であり序盤に出てくると割と苦戦する。


 そんなブラックウルフがパッと見、30体。


 平和で強者の居ないこの村を襲うには十分な数だ。


 が、この村の人々を殺させる訳には行かない。最低でも、孤児院の皆を守る。


 そして、襲撃者の正体を暴く。


 それが、今回の目的だ。


「生け捕りが好ましいけど、難しそうではあるな。剣雨を使うつもりだけど、やり方次第では殺してしまう」


 人を殺す。


 平和な日本で生きてきた日本人転生者にとって、1番の課題となる“殺人”。


 人を殺すことを拒絶し、例えどれだけ人を殺してきた悪党であろうとも生かして捕らえる作品もあるが、生憎ここは現実だ。


 殺さなければ、俺が殺される。


 普段から聖母のような微笑みで孤児の子供達を見守るシスターマリアや、妹のように俺に懐くニーナ、孤児院の子供達のために山の中に狩りに行くブラット兄さん等、俺がやらなければ、死ぬ人は多い。


 今回は魔王軍の最高幹部がいるから問題ないが、アランと魔王軍のハッピーエンドを望むのであれば必ずこの道を通ることになるだろう。


 人殺しをしないなんて選択肢は、この世界に用意されていない。


 ならば腹を括るしかない。俺は理論上最強の召喚術士であり、この世界を愛す者。


 例え俺の手が血に塗れようとも、己が進む道を歩き続ける。


「行くぞ。テイマーvs召喚術士。どちらが優れているのか、勝負しようじゃないか」


 俺が1人で覚悟を決めていると、山の中にブラックウルフ達が放たれる。


 今すぐに囲んでもいいが、今回はある程度村の建物に被害が行くように仕向けなければならない。


 魔王国領に逃げるための手段なのだ。無傷でこの襲撃イベントをクリアしてしまうと、エリスやガルエルが村の人々に恩を売れなくなる。


「アレ?このイベント難易度高くね?」


 今更ながら気づいてしまったこの襲撃イベントの難易度の高さに冷や汗を掻きつつも、魔王軍最高幹部の2人がヘマをすることないと信じて俺はテイマーが1人になるのを静かに待つのであった。




【テイマー】

 ヘルオブエデンの職業の1つ。モンスターのHPを削り、テイマー専用の魔法を使うことでモンスターを使役することが出来る。が、テイムの確率はそのキャラのレベルや能力に依存する。運が良ければ、基本どんなモンスターでもテイム可能性。

 ゲームの中では序盤から終盤まで役割があり結構人気な職業であったが、現実の世界ではちょっと不遇気味。モンスターを使役すると言うのが人々に受け入れられにくく、相当な使い手にならないと(この世界基準)認めてもらう事ができない。でも、召喚術士よりは地位が高い。




 襲撃が始まったのは、ブラックウルフが山の中に放たれてから10分後の事であった。


 村の警備をしていた大人達がブラックウルフの存在に気づき、村全体に警報を鳴らす。


 カンカンカン!!と、鐘のなる音が村に響き渡ると同時に、村の中はとても騒がしくなった。


 元々モンスターが襲ってくることすら稀な平和な村に、序盤の壁として立ち塞がるブラックウルフが出てきたのだ。


 騒がしくなるのも無理はない。


 子供達は何事かと混乱し、そこそこ冷静な大人達が村の中心部である教会に避難を促す。


 中には混乱していた大人も居たが、まぁ、それは仕方がないと言えば仕方が無い。


「さて、山から降りてきたなら、お前の周囲を守るモンスターは減っているだろうな。今捕まえてやるよ」


 村の様子も気になるが、俺の仕事は襲撃者の逮捕。


 ガルエル達は今村を守るために戦いを始めているので、襲撃者を捕まえることが出来ない。


 となると、手が空いている俺が最低でもその場に襲撃者を足止めさせる必要が出てくる。


「【サモン:スケルトン】【サモン:スライム】【サモン:ソード】」


 俺は共有できる全ての視界を襲撃者側に回すと、その視界を使って素早くモンスターと剣を召喚させる。


「........なっ!!なんだこれは?!」


 視界共有をしているネズミから、襲撃者のそんな声が聞こえるが俺は攻撃の手を緩めることは無い。


 素早く襲撃者の周りをスケルトンとスライムで囲み、剣を頭上から降らせる。


 序盤最強戦術の剣雨。


 鍛えていない人間ならば一撃であの世行きだが、ブラックウルフを従える程の襲撃者にはさほど効果がなかった。


「........ぐっ!!痛てぇな!!何者だ!!出てこい!!」


 山の中で襲撃者は叫ぶが、生憎俺はそこにはいない。この状況で“召喚術士の攻撃”と理解していない辺り、召喚術士と戦った経験が少なそうだな。


 剣の雨に打たれたというのに、パッと見ダメージを受けていたのはローブのみ。


 結構レベル高そう。だが、ダメージが1でも通るのであれば俺に勝ち目はある。


 俺は襲撃者の問いかけに答えるかのように再び剣を降らせた。


「チッ!!ウザってぇな!!このスケルトンも邪魔なんだよ!!」


 一応、鉄の剣を空から落としてぶっ刺してんのに“ウザってぇ”だけで済む辺りやべぇな。


 俺はこの世界の人間は人外だなと思いつつも、スケルトンを破壊してくる襲撃者から目を離さない。


 スケルトンなんざ幾らでも破壊させてやるよ。お前の体力が切れるまで、永遠に追いかけ回してやるからな。


「スケルトン追加。スライム達は攻撃に移らせて、スケルトンは周囲を囲み続けさせる。そして、スライムまで巻き込んで剣を降らせればあら不思議、死ぬまで戦わされる永久機関の出来上がりだ」


 それはそう言いながら、襲撃者を逃がさないように方位と攻撃を続ける。


 と、その時、急に鼻がムズムズしてくしゃみをしてしまった。


「ハックション!!」

「グルゥ?!」


 ブオンと、俺の首元に鋭い風が当たる。


 くしゃみをすると、人は基本体を前に動かす。


 俺はものすごくタイミング良くクシャミをし、その反動でいつも間にかこのボロ小屋の中に侵入してきていたブラックウルフの攻撃を躱していたのだ。


 Fooooooooooooo!!


 あぶねぇ!!


 あと数秒くしゃみが遅れてたら死んでた!!ありがとうございます!!乱数の女神様!!


 夜寝ない子は悪い子だけど、村を守るためだから分かってくれたんですね!!


 ありがとうパッシブスキル!!“運命の審判ラッキーミス”こそ最強のスキルだ!!


 というか、襲撃者を追い詰めるために集中しすぎた。


 今この村はモンスターに襲われているのだ。そりゃ、村のハズレとはいえ村の中にあるこのボロ小屋も狙われますよねぇ!!


「三十六計逃げるに如かず!!理論上最強なのは、逃げ足も早いからだぜ!!」

「グルゥ!!」


 俺は状況を理解した瞬間に逃走を開始。ブラックウルフの目の前にスケルトンを生み出すと、それを盾にして素早く窓ガラスを割りながら小屋を出る。


 もちろん、その間にも襲撃者への増援は忘れない。


 うん。このキャラ、操作量が多すぎて“プレイヤーが過労死する”とか言われていたけど、現実の方がやべえかもしれん。

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