交渉と賭け


 魔王軍最高幹部“六柱”。


 魔王を頂点とし、それに仕える六人の事をそう呼ぶ。


 彼らはメインストーリーでアランと戦い敗れるが、今はまだアランと戦う時期ではなくこうして五体満足で生きていた。


 ヘルオブエデンはサブストーリーが充実しており、特に敵役である魔王軍についての話が多くある。


 そのお陰で、プレイヤーは魔王軍がどのような日常を送っているのかを知る事ができ、人よりも人らしい彼らの事を好きになるのだ。


 基本ノリのいい人達ばかりな上に、サブストーリーはメインストーリーが終わってからじゃないと出来ないから感情移入が凄いんだよな。


「話がしたい?ただの子供じゃなさそうだな........飴ちゃん食べる?」

「いや、ガルエルさん?なんで格好つけて“ただの子供じゃないって”言った後に飴をあげようとするんですか。おかしいでしょ」

「いや、だって子供だし、飴ちゃん欲しいかなーって........」

「馬鹿なんですか?馬鹿でしょ。コラ、君も普通に飴を貰うんじゃありません。知らない人から食べ物を貰っては行けないと、ご両親に学ばなかったのですか?」

「いや、俺孤児院に住んでるから親はいないよ。育ての親はいるけど」

「あ........ごめんさない。知らずとはいえ、失礼な事を」


 そう言って頭を下げてくるエリス。


 そう。これだよこれ。このコントみたいなやり取りを毎回やるから、魔王軍の面々は敵役なのにプレイヤーにもの凄く人気があったのだ。


“話がしたい”と言ってくる子供が出てきて、明らかに警戒する場面なのにこの場に流れる雰囲気はほんわかとしている。


 俺も他のユーザー達もこの空気が好きで、魔王軍サイドの話は何度も読み返していた。


「食べてもいい?」

「おー、いいぞ。子供は食って遊んで寝るのが仕事だからな。沢山食べて大きくなるんだぞ」

「うん。ガルエルさんのように大きくなれるよう頑張るよ」

「ハッハッハ!!私より大きくなるのはちと無理があるな!!」


 そう言って雑に頭を撫でるガルエル。


 褐色肌と黒い服。自分の肉体を見せつけたいのか、露出が多いがそこには幾つもの傷跡が残っている。


 さらに、左目や頬を縦断する傷跡とそれに交差するように顔の中心を横切る傷跡。


 できる限り優しい目をしようとしているのは分かるが、それでも隠しきれない鋭い目。


 白い髪ショートヘアーが唯一、ガルエルを光輝かせている。


 俺はゲームをやっているから、ガルエルは子供好きの良い奴だと知っているが何も知らない子供からしたら怖いよな。


 そりゃ初対面の子供に泣かれる訳だ。体はデカいし、圧もある。


 本人はそれを凄く気にしていて、子供に泣かれると家でこっそり凹んでいた。


 でも、戦場に出れば一騎当千の化け物。豪快に笑いながらバッタバッタと敵を薙ぎ倒すそのギャップに、心を打たれたユーザーは多い。


「全く、子供が絡むと本当にガルエルさんは使い物にならなくなりますね。下がっててくださいガルエルさん。この子は私たちに話があってきたのでしょう?」

「そういえばそうだったな。少年、名前は?」

「ノア」

「そうか。自分の名前を言えてえらいぞー、ノア。それで、話ってのはなんだ?」


 下がれと言われたのに下がらない辺りもガルエルらしい。


 その後ろでは、エリスが“また勝手に........”と呟きながら頭を抱えていた。


 さて、憧れのキャラを目の前にしてはしゃいでしまったが、本題はここからだ。


 上手く彼女達を説得し、村の人々を魔王国に逃がせるようにしてもらいたい。


 魔王国は様々な種族が暮らす国。魔人族だけでなく、迫害された人間なんかも国に住み着いている。


 魔王国最高幹部の1人、エリスが人間なのだ。


 魔王国の懐は大きい。


「この村の人々を助けたい。力を貸してほしい」

「........ん?どういう事だ?」

「言葉が足らなすぎますね。もう少し詳しく話して欲しいのですが........」


 うーむ、やはりコレだけでは無理か。


“子供だから言葉足らずで適当に話せば行けるかも”作戦は失敗だな。


 んじゃ、ちゃんと監視していた間に考えた“嘘”を並べるとしよう。


 ゲームのストーリーからはズレず、尚且つ相手が信用してくれるであろう範囲の嘘で。


「俺の職業は召喚術士。様々な魔物や動物を魔力を使って生み出す事が出来る」

「ほー召喚術士か。カッコイイじゃないか」

「でしょ?それで、俺はこの召喚した動物を使って常日頃から山の中で異常が無いかを確認していたんだ」

「なるほど。凄いじゃないか」

「で、一ヶ月程前に、この山の中にここら辺では見かけない人影を見つけたんだ。気になって動物を使って監視していたら、その人影は“この村を襲う”って言ってたんだよ。でも、村の人達に言っても信じてくれないだろうし、どうしたらいいかなと思った時に────」

「───私たちが現れた........と。なるほど。大体の経緯は察しました」


 ちなみに、山の中で人影を見つけたのは完全に嘘である。


 この山の監視を始めてから、ガルエル達が来るまで誰一人としてこの村の人々以外の人を見かけていない。


 が、真実の混じった嘘程、嘘とは分からなくなる。


 良かったちゃと設定を考えておいて。その場で適当に嘘をつくと、ボロが出るからな。


 内心上手く話せたことにホッとしていると、エリスが俺に質問を飛ばしてくる。


 流石に直ぐに“はい、助けます”とは言えないわな。


「では、いくつか質問を。なぜノア君は私達に助けを?普通は近くの大人に言うべきでは無いのですか?」

「この村は安全で、今まで襲われたことなんてないんだ。俺の話なんて話半分にしか聞かないよ。その点、ガルエルさん達はちゃんと話を聞いてくれる気がした。ほら、今も話を聞いてくれるでしょ?」

「まぁ、確かにちゃんと話を聞いているな」

「では次の質問です。ノア君、山を監視していたという事は、私達の会話も聞いていたのでしょう?それにガルエルさんのこの見た目。私たちが魔王軍の者だと知った上で来てますよね?」

「うん」

「魔王国とリバース王国は戦時中です。なぜ、敵国の私達に助けを?その人影を見たら、魔王軍の者と考えるのが普通では無いのですか?」


 ........チッ、流石に鋭いな。


 そもそも、勇者に魔王軍への恨みを持たせる為にリバース王国がこの村を襲ったのでは無いかと言うのは、ユーザー達の考察でしかない。


 ゲームの中では一切語られることは無かったし、色々と調べても真実は出てこなかった。


 だからこそ、賭けなのだ。


 ゲーム内の魔王軍は、必要に迫られなければ民間人を傷つけない。


 彼らが勇者の心を折る為に、この村に奇襲を仕掛けるか?


 有り得ない訳では無いが、可能性は限りなく低い。


 だから、俺は魔王軍に賭けたのだ。かなりリスキーな手段ではあるが、この村の人々が全員助かるにはそれしか方法が無いから。


 俺はできる限り子供らしく演技をしながら、言葉を絞り出す。


 嘘をつく子は悪い子だが、皆を守るためだから分かってくれよ乱数の女神様!!


「その........いい人たちそうだったから。俺は魔王軍のことは知らないけど、少なくとも俺の目に映った人がいい人なのか悪い人なのかは分かってるつもりだよ」

「ほうほうほう。中々分かってるじゃねぇか。噂に踊らされず、自分目で見た物を信じる。その年でそれができるとは、随分と大人だなノアは」

「感心してる場合ですか。答えになっていませんよ。それに、やはり不自然です」

「いいじゃねぇか。少なくとも、ノアは本気で村の人達を守ろうとしているよ。それが分かれば十分じゃないか?手伝ってやろうぜ」

「貴方って人は、相変わらず子供に甘いですね........」


 呆れるエリスだったが、ガルエルはエリスの肩を組むと小声でなにかをつぶやく。


 その言葉はあまりにも小さく、口の動きも見えなかったので俺には何を言っているのか分からなかった。


「それに、この子は勇者と同じ村で育った少年。情報収集には持ってこいじゃないか?もし村人を助けられて恩も売れれば、勇者への牽制になるかもしれん。なぁに、責任は私が取ってやるよ」

「はぁ........分かりましたよ。確かに情報は欲しいですからね」


 ヒソヒソ話を終えたガルエルとエリスは、俺と向き合うと手を差し出す。


「ノア、その話に乗ってやろう。よろしく」

「よろしくお願いします。ノア君」

「ありがとう。よろしく」


 そう言って手を握り返す俺。


 何を言ったのか分からないが、どうやら俺は乱数の女神様に見放されてはなかったようだ。

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