勇者、チュートリアル終了
宴会で村全体が盛り上がった翌日。
アランは原作通り、騎士達に連れられてリバース王国の王都にある王立学園へと行くこととなった。
村の人々はアランとの別れを悲しみ、そして応援する。
原作では孤児院の子供達やシスターマリアぐらいしか見送りに来なかったが、性格が爽やかイケメンに変わってしまった今回のアランの見送りは村の人ほぼ全員が来ている。
もちろん、その中には俺も居た。
これでチュートリアルは終わりを迎え、本格的なストーリーが始まる。
この後アランは、聖女の職業を持つ王女様と割と問題児の大魔道士に出会い、魔王軍との戦いを挑むはずだ。
既に原作ストーリーが変わりつつあるものの、今の所大きな話の流れは変わっていない。
このまま行けば、アランは闇堕ちして最終的には王国に裏切られるバットエンドが待っているかもしれないと思うと、少し心配だな。
5年間もほぼ毎日遊んでいた友人が悲しい目に遭うのは嫌である。ゲームをやっていた頃から俺はアランが嫌いでは無いし、どちらかと言えば好きな部類だっただけに、こうして笑顔で笑ってくれる今を見るのはとても楽しい。
出来れば、原作ストーリーをぶっ壊してアランにとってのハッピーエンドを迎えさせてやりたいとは思っていた。
「それじゃ、行ってくるよ」
「気をつけるんですよ?アラン君は何かと無茶をしますからね。覚えてますか?二年ほど前、薬屋さんの息子が山の中で消えてしまった時、アラン君は1人で山の中に入りましたよね?」
「........そんなこともありましたね」
「すごく危険だと分かっていますか?アラン君は勇者である前に、1人の人間です。その事を忘れては行けませんよ?」
「はい。気をつけます。シスターマリア」
昔の事を言われ、少々苦笑いをするアラン。
薬屋の息子を助けた後、アランはシスターマリアに怒られてたからな。
怪我はないかと心配されたあと、“山の中はモンスターで溢れているのです。とても危険なんですよ。そんな危険な場所に子供一人で入るなんて何を考えているのですか?”と淡々と詰められていた。
原作ストーリーでも同じような展開はあったのだが、ストーリーのアランは“ふん。それで間に合わなかったら意味が無いだろう?”と言っていたな。
しかし、この世界のアランはそんな事は言わない。
“ごめんなさい。シスターマリア”と謝るだけであった。
その後、“でも、よく頑張りました。アラン君はいい子ですね”とシスターマリアから聖母のハグをされていたので、アランも嬉しそうではあったが。
尚、俺は山の中には入ってないので怒られてない。あの時のアランの不服そうな顔は、ちょっと面白かった。
「では、頑張り過ぎず頑張ってください。辛かったら何時でもここに帰って来ていいですからね。私は........私達は何時でもアラン君の帰りを待ってますから」
「はい。頑張ります。シスターマリア。少なくとも、ノアには負けないようにね」
「ふふっ、あのアラン君がここまで成長するとは、私も嬉しいですよ」
シスターマリアはそう言うと、アランを優しく腕の中に抱く。
マリアファンが見たら発狂しそうな光景だな。あの嫌われ者主人公と言われていたアランに、シスターマリアが抱きつくんだから。
俺は特に何も感じない。が、俺の推しがアランに抱きついてたら発狂できる自信はある。
多分、アランにグーパンするね。泣きながら。
そんなことを思っていると、アランが俺の方にやってくる。
5歳の頃は生意気な子供だったと言うのに、今となっては勇者らしい爽やかな顔つきになったものだ。
思いっきり原作の性格とは違うが、アランはアラン。その根幹は優しさと正義でできている。
「頑張れよアラン。学園に入ったら、お勉強もしなきゃならんからな」
「あはは。少なくとも、今までのように教会を掃除して、ノアと毎日勝負するなんて事は無くなるだろうね。そもそも、ノアはいないし」
「当たり前だろ。俺が2人も居たら怖すぎるぞ」
「あはは!!ノアが2人もいたら、僕がどう足掻いても勝負で勝てなくなっちゃうじゃないか!!それに、心優しき親友は君だけだよ」
アランはそう言うと、“ハグしろ”と言わんばかりに両手を広げた。
おいおい。勇者様はそっちの趣味でもあるのか?
と一瞬疑ってしまったが、これは別れの挨拶なのだろう。
日本はハグで挨拶する文化が無いので違和感を感じてしまうが、海外ではありふれた挨拶だと聞くしな。
俺は仕方がないなと言わんばかりに肩を竦めると、アランに抱きつく。
その身体は、男のようにしっかりとしつつも女のように細く滑らかであった。
「死なない程度に頑張れよ。それと、昨日俺が言った事は忘れるな」
「分かってるよ。親友が初めて本気で助言した言葉なんだ。その言葉は僕の胸に既に刻まれているさ。流されず、騙されず。僕は僕の正義を行くよ」
「その意気だ。それと、勇者と言えど全てを救えるわけじゃない。失った者よりも、救った者を見ろ。それがお前の支えになる」
「........分かった。その言葉も胸にしっかりと刻んでおくよ。ノアが真面目に言う時は、ちゃんと話を聞いておいた方がいいのは既に理解しているしね」
今後、アランはストーリーの中で救えなかった人々に心を痛めることがある。
そんな時、“勇者は万能じゃない”と助言した元騎士の言葉でアランのメンタルは立て直すストーリーがある。
少々言うのが早い気もするが、今のうちから心に刻んでおいた方がいいだろう。
そうして、アランは世話になった人達に次々と挨拶をし、馬車に乗り込んだ。
「みんな!!また来るよ!!」
「気をつけてな!!」
「頑張れよ勇者様!!応援してるぞ!!」
「偶には私達も思い出してねー!!」
馬車の窓から身を乗り出し、村の人達に手を振るうアラン。
村の人々はそれを見送り、俺もアランに手を振るのだった。
さて、チュートリアルは終わった。となれば、次は原作ストーリーをぶち壊しに行くとしよう。
先ずは、この村を襲ったとされる魔王軍からだ。
【サモン:ソード】
剣を召喚する魔法。序盤の召喚術士のメインダメージを担う魔法であり、空から剣を降らせる事でダメージを与える戦術が活躍した。
ヘルオブエデンでは地上と空中の概念があるため、空から視界を確保して剣を降らせ続けるという“剣雨”と呼ばれる戦術が存在する。あまりにも強すぎるため、“序盤の難易度が1つ下がる”と言われる程であった。
村の人々に見送られたアランは、背もたれに体を預けると静かに目を瞑る。
つきさっき別れたばかりだと言うのに、アランは既に村の人々が恋しかった。
(目に映るものだけが真実だとは限らない........か。ノア。君は一体何を知っているんだい?)
アランの唯一の親友。アランの口調を直し、性格までも変えてしまった謎の多い友人の言葉。
アランは毎日ノアと一緒に居ることで何となく気づいている。
ノアはどう見ても普通じゃない。最初は賢いだけかとも思ったが、彼の思考は常に子供らしからぬものであった。
アラン自身もそれは同じなのだが、ノアの場合は少し系統が違う。
時折見せる、どこか懐かしそうな視線や、なにかに感動する目。
ノア本人は気づいてないが、アレはアランとは全く違う世界が見えている。
(ノアは、この後何が起きるのかを知ってるような口ぶりだったよね。全く、君が一緒に来てくれれば、僕もここまで心細くならなくて済んだと言うのに)
アランはそう思いながら目を開くと、左腕にしてあるブレスレットを撫でた。
ノアとの思い出が詰まったブレスレット。これを付けている時、アランは力が湧いてくる感覚がある。
アランは思い出の力なのかもしれないと思っているが、実際はステータスが上がっているだけだった。
(ともかく、僕は僕のやるべきことをやるよ。だから、それまで元気でね。ノア)
魔王を討伐するまでは会えない。
そう思っていたアランだったが、割と早く再会する事になるとはこの時アランもノアも思っていなかったのだった。
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