序盤最強戦術


 アランのチュートリアルイベントと俺のチュートリアルイベントがバッティングしてしまったが、特にやるべき事は変わらない。


 第一優先は薬屋の息子の保護と、アランが無事に帰還してくれる事。


 アランのチュートリアルの敵は、ゴブリンと呼ばれるクソザコナメクジなモンスターなので、オークを近づけさせることさえしなければ勝ちは揺るがない。


 ぶっちゃけ、今のアランでもオークを倒せる気がするけどね。


 少年期のレベル上げは専らオークがメインだったし。


 俺はそんなことを思いつつも、オークを蹴散らす事にした。


 幸い、山は木々でおおわれているものの上から地面が見下ろせる程度。これならば、召喚術士の使う序盤最強戦術が使える。


「ではやるとしますか。召喚術士の序盤最強戦術“剣雨”を」


 俺はそう呟くと、まずオークを足止めする為に【サモン:スケルトン】で大量の骸骨を召喚する。


 ヘルオブエデンの召喚術士は、視界が確保出来ていればどこへでも好きな場所にモンスターや動物を召喚させることが出来る。


 その仕様はこの世界でも有効なようで、鳥の視界からスケルトンを召喚する事が可能であった。


 ........これならこっそり動物を召喚して、人目のつかない所に移動させたあとその視界を利用してモンスター召喚もできたな。


 しまった。2年も時間があったのに、その可能性に思い至らなかったぞ。


「グォォ?」


 急に何も無い場所からモンスターが現れ、足を止めるオーク。


 この時点でオークの運命は決定付けられた。召喚術士相手に囲まれた時点で、序盤の敵に勝ち目はない。


 周囲一帯を吹き飛ばせる程の強力な範囲攻撃を持ってない限り、囲まれた時点でその場所が墓場となる。


 と言うか、視界共有している召喚物とは聴覚も共有できるのか。召喚術士、実は密偵に向いているのでは?


 俺は呑気にそんなことを思いつつ、この戦術を使う時のお決まりの歌を歌う。


「剣剣ふれふれ、じゅっつしいが〜♪あの世へ誘え、楽しいな〜♪グサグサドクドク、ランランラン♪」


 某二番目のチャンネルに貼られた、“召喚術士の雨の歌”。


 童謡の“あめふり”を替え歌にしたこの歌は、この戦術を行う際によく歌われるネタ曲である。


 子供が歌う曲を血に濡れた曲に変えてしまったこの罰当たりな曲は、今も尚召喚術士が“剣雨”の戦術を行う際に歌われる。


 俺も、よく歌っていたものだ。誰も居ない部屋でノリノリに。


 俺は、歌を歌いながら鳥の視界を使って空に無数の剣を召喚。


 空の上に創造された無数の剣は、星の重力に従って地面へと落ちていき、剣の雨となってオークへと降り注ぐ。


「グォォォォォォォ?!」


 大量に召喚されたスケルトンによって足止めを食らっていたオークは、この剣の雨をモロに喰らい、全身がズタボロにされてあっという間に息絶えてしまった。


 うーん、流石はチュートリアル。特に苦戦することも無く、一瞬でカタがついてしまった。


「それにしても、序盤最強戦術の名は伊達じゃないな。召喚したモンスターで足止めをしながら、空から剣の雨を振らせる戦術。その名も“剣雨”。ゲームの仕様上、どんな攻撃でもダメージが1は通るから、レベル1の状態でもノアなら有り得ないほどのダメージが出る。序盤のオークのHPなんで精々100~120ぐらいだし、チョロっと雨を降らせるだけで全部解決だ」


“剣雨”。


 召喚術士、及びノアの戦術のひとつであり、これが出来るようになれば物語序盤は余裕でクリア出来るとまで言われた戦術。


 その強さは見ての通り。物語の序盤では苦戦するオークが相手でも、無傷な上に一瞬で勝負を終わらせられる程。


 視界さえ取ってあればどこでもモンスターや物を召喚できる仕様を利用し、モンスターで足止めしながら空から剣を振らせてて数でゴリ押すのがこの“剣雨”である。


 視界の取れる草原や平面なエリアでは滅法強い戦術であり、平面エリアが多い序盤では無双できる為“序盤最強戦術”なんて言われているのだ。


 中盤や終盤は、開発者も対策を講じているのか、狭い洞窟エリアだったり、空を飛ぶ相手を勝手に撃墜させてくるギミックがあったりするけど。


「それにしても、ゲームの世界では消滅して素材だけを落としていたが、この世界では死体になって残るんだな。当たり前と言えば当たり前だが、こうして死体を見ると中々にエグい戦術なのがよく分かるよ」


 俺は召喚したモンスターの殆どを帰還させると、全身に剣の刺さった跡があるオークの死体を鳥の視界越しに眺める。


 元々は平和ボケした日本で生まれ育った俺だ。自分の食べる家畜が死ぬ様を見た事も無いし、ましてや地球に存在しないオークの死体など見たことも無い。


 全身血だらけで、モザイク必須なその死に様に思わず“うへぇ”と顔を顰めるものの、心は割と穏やかであった。


 もしかしたら、俺は既にこの世界に順応してしまったのかもしれない。


「グロいけど、グロいだけで何も思わないな。案外、俺はこの世界に適性があるのかもしれん」


 俺がそう言うと、今度は全身から力が沸きあがる感覚が襲ってくる。


 一瞬、“なんだ?!”と焦ったが、僅かに力が増えた感覚を覚えて俺はある可能性に辿り着いた。


「レベルが上がったのか。ぶっちゃけ、俺はレベルを上げる意味が殆どないけどレベルが上がる感覚はこんな感じなんだな。ステータスの振り分けができないのを考えると、そこがゲームとの違いになるっぽいな」


 RPG系のゲームならば必ずあるレベルアップシステム。


 ステータスやレベルを確認できないこの世界では、どうやらレベルが上がると勝手にステータスが振り分けられるらしい。


 俺の場合は魔力、速度、詠唱がカンストしているから、それ以外のどこかにステータスが振り分けられているはずだ。


 この力が強くなった感覚から察するに、物理ステータスが上がってそうだな。


 完全ランダムのステータス振りは正直勘弁願いたいが、この世界はゲームに酷似した現実世界。


 ゲームと違う点が幾つもあるのは、既にこの7年間の生活で理解している。


「さて、俺のチュートリアルは終わったし、アランを手伝ってやるとしますか。アランはまだ薬屋の息子を見つけてない様だし、さっさと見つけてやらないとな」


 俺はそう言うと、鳥やネズミをフルに活用して薬屋の息子を探す。


 ゲームであれば、チュートリアルという事でその場所まで案内してくれるのだが、ここは現実。案内人などいる訳がないので、俺がその代わりをやってあげるしかない。


 10個しか使えない視界を何度も素早く切りかえながら、山の中を捜索する事5分。


 薬屋の息子は、ゲームと同じく小さな洞窟のある場所でゴブリンと対峙していた。


「見つけた。場所はチュートリアルと同じ場所かよ。なら、最初からそこを目指すように言えばよかった」


 俺はそう言いつつ、アランに付けたネズミと視界を共有してネズミに指示を出す。


 召喚術士は、召喚したモンスターや動物に指示を出して操る職業。


 知能の低いネズミは細かい命令を理解してくれないが、簡単な命令なら理解し実行してくれるのだ。


「チチッ!!」

「ん、どうしたんだ?まさか、見つけたのか?!」

「チチッ!!」


 アランの問に対し、首を縦に振って“YES”と答えさせる。


 そして、アランの肩に乗ったまま進行方向を指さした。


「なるほど、ノアが上手くやってくれたみたいだね。こっちに行けば居るんだよね?」

「チチッ!!」

「よし、わかった!!手遅れになる前に行こう!!」


 そう言って、全力疾走をするアラン。


 結果から言えば薬屋の息子は無事に救出され、特に大きな問題もなくチュートリアルを終える事が出来た。


 幾らザコ敵とは言えど、“邪魔!!”と言われながらぶった切られたゴブリン君はちょっと泣いてもいいと思うよ。







 今日はここまで。

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