どのゲームも視界は重要


 チュートリアルイベント。


 その名の通り、プレイヤーに操作方法やゲームの仕様を教えるためのイベント。


 この薬屋の子供が山の中に消えるイベントは、アランを操作するプレイヤーが戦闘の操作を覚えるための物だ。


 その為、まず負けるように作られていないし、どう足掻いても勝ててしまう。


 とある検証系の動画配信者がこのチュートリアルを負けれるのか頑張って試していたが、どうやっても負けられなかった。


 ずっと防御のコマンドを押してるのに、一定のターン経過するとカウンターを勝手にするからどう足掻いても負けない。


 それが、このチュートリアルイベントである。


「薬屋の子供と言えば、五歳のあの小さな子か?」

「そうだろうな。不味いぞ、あの山はそれほど脅威がないとはいえど5歳児の子供が一人で入るには危なすぎる。下手したら、ゴブリンやスライムに喰われてあの世行きだ」

「それは不味いね。急がないと手遅れになる。行こうノア。僕と君ならきっと助けられる」


 そう言って、山へと行こうとするアラン。


 ゲームでも似たようなセリフを言って、次の瞬間には山の中にフィールドが切り替わっていたな。


 違う点は、俺をも誘っていると言う事。


 こんな所でも原作との違いが出てきている。やはり、アランに干渉したが為にストーリーに若干変化が生じているらしい。


 別に原作通りに行く必要は無い。未来を知っているアドバンテージが無くなると言えばなくなるが、別に俺は“原作知識で無双”とかしたい訳では無いのだ。


 どちらかと言えば、原作ストーリーをぶち壊したい。


 俺の推しが魔王軍に居るし、せっかくこの世界に来たのだから一目見たい気持ちもある。


 俺は数秒考えた後、【サモン:ソード】で鉄の剣を【サモン:ラット】でネズミを召喚するとアランに渡した。


「先に行けアラン。俺は召喚魔法を使って探すから」

「分かった。剣は有難く使わせてもらうけど、このネズミは?」

「召喚術士は、召喚したモンスターや動物を自由に操れる。もちろん、そのモンスターや動物が見てる視界も共有できるんだ。見つけたら、そいつで知らせるから頼んだぞ」

「なるほど、召喚術士らしい探し方が出来るわけだね。僕は先に言ってるよ。もし見つけたら、伝えてくれ」


 アランはそう言うと、ものすごい速さで駆けていく。


 流石は勇者様。俺には及ばないが、足の速さは一般の大人よりも断然に早いな。


 俺はアランを見送ると、ニーナの頭を優しく撫でる。


 本を読んであげるつもりだったが、急用が入ってしまったからな。


「悪いなニーナ。本を読むのは後だ」

「にーに、がんばって」

「おう。任せろ」


 ニーナは物分りが良くて助かるなぁ。


 この場で何十何百もの動物を召喚する訳には行かないから、人目のつかない場所に行くとしよう。


 ここで召喚魔法を使うと、子供達が騒いで集中できないからな。


 俺はブラット兄さんに視線を向けると、ブラット兄さんは“任せろ”と言わんばかりに親指を立てる。


 シスターマリアへの言い訳は頼んだよ。


 俺は心の中でそう思うと、人目のつかない場所へと移動するのだった。




【サモン:ラット】

 ネズミを召喚する召喚術士の使う魔法。ヘルオブエデンでは、戦闘になると視界確保が必要になるので割と使用頻度の高い魔法となる。少ない魔力消費と、短い詠唱時間で視界確保に向かわせることが出来る為、終盤でも活躍しがち。

 この世界では、召喚したモンスターや動物との視界を共有することも出来るが、共有できる数は本人の技量次第である。




 ヘルオブエデンでは、他のRPGゲームでは中々無い視界確保が重要なゲームだ。


 イメージとしては、某有名ターン制ストラテジーゲーム(シヴィラ〇ゼーション)のような感じと言えば分かるだろうか。


 視界を確保することによって敵からの奇襲を防ぎ、自分達の攻撃を当てる。それが、ヘルオブエデンの基礎的な戦い方となる。


 その為、戦闘が開始すると同時に視界確保の為に魔法やスキルを使うのが定石。


 そして、召喚術士は視界確保に関しては全職業の中でもトップクラスに高い能力を持っている。


 人気のない場所へとやってきた俺は、空からの偵察をする為に鳥(雀位の大きさ)を召喚する【サモン:バード】を使用。


 ほぼノータイムで召喚できる上に魔力消費も無に等しいので、とりあえず数百体単位で出して山へ行くように指示を出す。


 更に【サモン:ラット】でネズミも大量に召喚。


 鳥と同じようにネズミも山へと向かわせた。


「悪いがアラン。今回は勝ちイベなんで、俺はやりたいことをやらせてもらうぞ。もちろん、捜索には協力するけども」


 今回アランと別行動を取ったのは、俺の召喚魔法を色々と試したい為だ。


 もちろん捜索は手伝うが、それ以上にゲームと現実の違いを確認しておきたい。


 この村は、10歳になるまで村の外に出るのは原則禁止とされている。その為、村の中で召喚魔法を使うしかないのだが、村の中でモンスターを召喚するのは問題があった。


 田舎すぎるが故に、村の人々は召喚魔法の事をよく知らないらしい。


 モンスターは村を荒らす悪として捉えているので、俺が召喚をして見つかるとあらぬ噂が立つ可能性があった。


 下手にモンスターを召喚する様子を見られ、悪魔の子だ!!とか言われたら困る。ストーリーの中でも、似たようなことがあった村を訪れるイベントがあるのだから、尚更油断出来ない。


 まさか、モンスターの召喚に気を使う事になるとは思ってもみなかったぞ。


「でも、山の中なら問題ないよな?人を襲わないように指示を出して、ゲームでは出来たこと、出来なかった事を色々と確かめたいし」


 本当ならもっと早い段階で実験をしたかった。しかし、アランに気に入られ、何かとシスターマリアに目をつけられている俺は人目を上手く掻い潜ることが出来なかったのである。


 特にアランは強敵であった。マジで四六時中俺に着いてくるし、どっちが勇者だよと言いたくなるぐらいには俺の後ろを歩くのである。


 夜中に抜け出しても良かったのだが、“乱数の女神様に嫌われるかもしれん”と思うとね........夜寝ない子は悪い子である。


 そんな訳で、今回のイベントを利用する事にしたのだ。


 アランの手伝いをしつつ、自分の召喚した動物達を森の中へと放つ。そして、色々と実験をする。


 そうすれば、乱数の女神様にも嫌われることは無いだろう。だってちゃんと手伝ってるし、悪い事はしていない。


「さて、視界共有の実験は済んでるし、先ずはアランを見つけるか」


 俺はそう言うと、視界共有を発動。


 ゲームでは視界共有という機能は無かったが、召喚した動物達が視界確保をしてくれていたのを上手く現実に落とし込んだのだろう。


 俺は本能的に視界が共有できると理解していたし、職業の加護ってスゲーと思ったものだ。


「でも、ゲームよりも不便なんだよなぁ........1度に共有できる視界は10個。それ以上は頭痛が酷くなる。これは何とかしないと面倒になるぞ」


 しかし、ゲームでは無限に視界確保できたのが、現実では最高で10体までの視界共有となっている。


 ここはゲームと大きな違いだ。


 ヘルオブエデンでは視界の確保は最重要事項。敵の位置を把握し、自分達の攻撃を的確に相手に当てる為の要素なだけに、この違いはかなり痛い。


 素早く視界を切替える練習をした方がいいな。ゲームの操作量で“(プレイヤーが)過労死する召喚術士”とネタで言われていたが、この世界ではそれが現実になりつつある。


 ゴリゴリの物量戦闘をする時は、マジで過労死しそうで困るな。


 と、俺がそう思いながら薬屋の息子を探していた時だ。


 山を覆っていた木々の隙間から、緑色の大きな巨体が見える。


 でっぷりとした体格と、不細工な顔。エルフを捕まえて“くっ殺”させてそうなその見た目は、ゲームの中で嫌という程見てきたあの魔物であった。


 そして、それは本来ありえない存在でもある。


「........は?なんでオークがこの山の中にいるんだよ」


 オークは序盤で出てきていい相手では無い。しかもこのまま行けば、アランと鉢合わせる事になるかもしれん。


 既にアランの場所は把握している。アランの進行方向とオークの進行方向を見るに俺が足止めするしかない。


 ........あ、そう言えば召喚術士専用のチュートリアルの敵がオークだったな。


 多分これ、アランと俺のチュートリアルが同時進行しているわ。


「........おいおい、こんな所で俺にもチュートリアルイベントが来るのか?随分とご丁寧じゃねぇか。いいぜ、やってやるよ」


 オークよ、恨みは無いが俺の実験台チュートリアルとなってくれ。


 ポツリと呟いた俺の顔は、きっとニィと笑っていたことだろう。

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