チュートリアルイベント
“幸運のネックレス”を手に入れ、アランも“強者のブレスレット”を手に入れてから2年が経った。
ゲームの世界ではベッドで寝ると【○○年後】というテキストが出てくるのだが、この世界はリアルである。
もちろん現実では時間をスキップできるわけも無い。
この2年間の中にはちょっとしたイベントもあったが、どれも原作通りに進んでいた。
勇者が生まれた事により、リバース王国はアランが10歳になると同時に国が管理する王立学園へ入学を決定。
学園へ入学すれば、いよいよヘルオブエデンのメインストーリーが進み始める。
メインヒロインの王女(尚且つ聖女の職業)と大魔導師のサブヒロイン、そしてランダムな仲間を加え、15歳になると本格的に魔王軍と戦い始める。
その間にも数々のイベントがあるが、俺には関係の無い話だ。
学園入学の知らせを伝える為にリバース王国の騎士が村に訪れ、数日滞在した後帰って行ったこと以外はイベントも起きて無い。
「ちっ........ちょこまかと........!!」
「うを?!危ねぇ!!」
孤児院の遊び場で木の剣を振るうアランと、それを避ける俺。
振り終えた後隙に反撃と繰り出した剣だったが、アランは俺の攻撃を誘っていたらしく剣を上手く巻き取られてしまった。
「俺の負けか」
「これで今年に入って56勝58敗だね。あと3戦すれば勝ち越せるぞー!!」
「馬鹿言え。今まで三連続で俺に勝てたのはたった二回だけだろう?4連勝は1度もない」
「今回がその一回目になるんだよ。覚悟しておくんだね」
そう言って吹き飛ばした剣を拾って俺に返すアラン。
俺達も成長し、随分と少年らしくなった。
体付きは大分がっしりとし始めたし、体が大きくなった分、力も出るようになっている。
既に速度のステータスはカンストしているはずの俺だったが、どうやら成長と共にその上限が引き上げられているな。明らかに五歳の頃よりも足が速くなっている。
ゲームでは体の成長を考慮していなかったのか、歳をとってもステータスは変わらなかった。
しかし、この世界は現実。成長と共に出せる全力も変わってくる。
「凄いねアラン君!!」
「そうそう。さすが勇者様だよ!!」
「アラン君かっこいい!!」
試合が終わったと同時にワラワラと群がってくる孤児院の子供達。
原作と違い、アランの厳しめな口調や圧が無くなっている為か、アランに好意的な対応をする者が多い。
加えて言えば、滅茶苦茶イケメンなので女の子が物凄く集まっていた。
さすがは勇者。ハーレム状態である。
「ありがとう。でも、僕の方がトータルでは負け越しているからね。ノアの方が断然すごいよ」
ほら、嫌味を言わない。
原作通りの性格なら、“凄い?僕は負け越してるんだぞ?そんな事も理解できないのか?”とか言ってる。
ところで、アランの性格を思いっきり変えてしまったのだが、原作に何らかの支障が出たりしないだろな。
いや間違いなく出てくる。この性格が災いして起こるイベントも多いのだ。
特に学園(少年期)編では。
自分よりも強くてかっこよく、しかも無愛想。そんなやつを、同年代の子供が良く思う訳が無い。
ましてや、王立学園には貴族も多い。
何かと目の敵にされる平民ならば、尚更原作の性格では問題が起こるというものだ。
この国の貴族は腐ってるからな........まともな貴族も居るには居るが、勢力が小さく殆どが腐りきっているのが現状。
平民をゴミとでも思っているのか、気分で殺してもいいと思っている奴もいる。
このゲームのストーリーが“クソ”と言われる要素の1つだ。中には“こういうストーリーも面白い”という人もいるが、俺は嫌いだったな。
幸い、この村はチュートリアル村なのか貴族は出てこない。少なくとも、アランがこの村を出ていくまでは。
「おうおう、アランは人気者だな。2年前のあの生意気な奴が随分と丸くなったもんだ」
「ブラット兄さん」
「人気者が羨ましいか?」
「いや全く。それに、アランは今後勇者として魔王軍と戦わざるを得ない勇者だ。今から人気者の大変さを学ぶべきだよ」
「それはそうだな。勇者様も大変だぜ」
アランに負けた俺をニヤニヤと見るブラット兄さん。
ブラット兄さんは今年に入ってから弓を本格的に習い始め、大人達に混じって狩りに参加するようにもなっていた。
ゲームのストーリーでは描かれなかったモブの日常。俺は、この日常を見たり聞いたりするのが結構好きである。
ゲームでは知れなかったキャラ達の一面や、それを取り巻く人間関係など。ゲームのファンからすれば、発狂ものだろう。
「ま、この先の英雄様よりもお前を応援する奴もいるしな」
俺がモブの日常はいいなぁと思っていると、ブラット兄さんの足元から顔を覗かせる幼女が1人。
その幼女は俺の目の前までトテトテと歩いてくると、少し残念そうに地面を見ながら俺の服を掴んで呟いた。
「にーに。かっこよかった。まけちゃったけど」
「ハハハ。勝てたら更にかっこよかったな。応援してくれてたのに、負けて悪かった」
「ん.......つぎは、かって」
「頑張るよ、ニーナ」
彼女はニーナ。ピンク髪が特徴的な可愛らしい子で、去年シスターマリアが拾ってきた孤児である。
最初は何かと面倒見のいいブラット兄さんが面倒を見ていたのだが、今年に入ってから本格的に弓の練習を始めたりと忙しくなってしまった為ブラット兄さんから“面倒を見てやれ”と押し付けられた。
最初はアランも一緒に面倒を見てくれていたのだが、アランは何故かニーナからの受けが悪い。
“アランにぃ、すきじゃない”と面と向かって言われた時のアランの顔は、それはもう凄かったな。
この世の全てに絶望したかのような顔は、あまりにも新鮮で思わず笑ってしまうぐらいには。
ところで、ゲーム本編では魔王軍の敵として“ニーナ”という名前の“人間”が出てきていたはずなのだが、偶然か?
割とモブの様な立ち位置だったので人気投票はかなり下の方ではあったが、結構熱心なファンがいたはずだ。
でも、あのニーナってキャラは黒髪だったんだよなぁ........
大きくなれば何か分かるかもしれない。公式ガイドブックを必死に思い出してはいるものの、全てが頭に入ってる訳じゃないからな。
「にーに、ごほんよんで」
「おー、いいぞ。何を読んで欲しいんだ?」
「これ」
そう言って見せてきたのは、“平等とは何か?貴族社会における平等の定義”という本。
........哲学書かな?チョイスが変化球すぎてお兄ちゃん大混乱だよ。
と言うか、なんでこんな本が孤児院にあるの?割と孤児院にある本は読んできたはずなのだが、見たことも無いぞ。
しかも、タイトルが貴族社会に真っ向から喧嘩を売ってんな。この著者、処刑されたりしてない?
「あー、ニーナ?もっと他の本を読まないか?例えば桃太郎とか金太郎とか........」
「もうブラットにぃが、よんでくれた。けど、まったく、おもしろくない。つぎはこれ」
「えぇ........」
3歳児の子供が読む内容じゃないだろこれ。
俺がそう思いつつも、結構賢いニーナなら理解できるのか?と思っていると、孤児院の遊び場に1人の大人がやってくる。
「た、大変だ!!薬屋のジョーンの息子が山の中に入って消えちまったらしい!!」
ザワザワと更に騒がしくなる遊び場。
なぜ孤児院にそれを伝えるんだとは思うが、これは仕方がない。
これはアランが初めて魔物と戦うチュートリアルイベントなのだ。
「........確かに時間軸は合うな。戦闘チュートリアルイベント。頑張れよアラン」
俺はニーナにも聞こえない程の声で小さく呟くと、どうせアランは死なんし薬屋の息子は助かるから手を出す必要は無いなと思うのだった。
今日はここまで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます