5%を笑う者は5%に泣く


 教会のお掃除にアランも参加し始めてから半年がたった頃、俺とアランの仲はかなり良くなっていた。


 元々話しやすいとお互いに感じていた仲だ。何かと波長は会いやすかったのだろう。


「アラン、雑巾を取ってくれ」

「ほい」


 アランの言葉足らずで圧の感じる口調を直せば、普通の少年に早変わりする。


 アランは真面目で根は良い奴だ。その口調から誤解されがちではあったが、今となっては孤児院の人気者に成り上がっている。


 ゲームをやっていた時はなんとも思わなかったが、アランは大人になるまで誰も口調を注意されてこなかっただけなのだろう。


 と言うか、シスターマリアも注意しなかったんだな。


 シスターマリアは子供の個性を大事にする。アランの口調も個性の1つとして注意しなかったのでは無いかと、最近は考えるようになった。


「半年間毎日掃除をしていると、面倒だと思わなくなるね」

「それが日課になるからな。毎日続ける大切さは、偉大なる先人達が証明しているよ」

「ノアとの勝負も?」

「お遊び程度ではあるけど、少なからず力にはなっているさ。その証拠として、リオード兄さんとの勝負は大分楽に勝てるようになっただろう?」

「ノアの速さを毎日見てたら、そりゃリオード兄さんの剣なんて止まって見えるよ。と言うか、振るう剣よりも早く動けるノアがおかしい。僕の攻撃も当たり前のように避けるし、ノアの癖を読んで攻撃しないと当たらないよ」


 いや、速度がカンストしてる俺相手に読みを通して攻撃を当ててくるアランがやべぇんだよ。


 最初の頃は俺が速さで翻弄し、攻撃を当てて勝つ。と言うのが鉄板だったのだが、今となってはさも当然のように攻撃を読まれてカウンターで負ける事が多かった。


 召喚魔法を使うのは禁止なので仕方がないが、5歳児に負けるのは普通に悔しい。


 俺もアランの反撃に合わせてカウンターを撃つことも増え始め、とてもでは無いが5歳児が行う勝負とは思えないほどの高度な読み合いが発生する事態となっている。


「僕とノア。本気でやったらどっちが強いんだろうね?」

「そりゃアランだろ。何でもあり、指定範囲ナシの戦いなら負ける気はしないけど、遊び場の広さでよーいドンで戦えば間違いなく俺が負けるよ」

「そう?ノアの召喚魔法も凄いと聞くし、僕が負けるかもしれないよ?」

「無理無理無理。俺が召喚できるモンスターはスケルトンと呼ばれる骸骨と、スライムの2体だけだ。今のアランを相手にしても、一瞬で粉々にされちゃうよ」

「あーあの、カタカタ言ってたモンスターとポヨポヨしてたモンスターか。戦ったことは無いけど、あれなら今の僕でも勝てそう」


 サラッと、とんでもない事を言うアラン。


 一応、スケルトンもスライムも5歳児が勝てる相手じゃないんだが、相手が勇者となれば話は違うからな。


 今の時点でも本気で戦えば、そこら辺の大人よりも断然に強いのが勇者だ。


 大人一人でも対応出来ると言われているスケルトンとスライムなんざ、あっという間に粉砕されることだろう。


 そんなことを話しながら、アランと教会の掃除を続けていると神父がニコニコしながらこちらへとやってくる。


 その手には、ネックレスとブレスレットが握られていた。


「お疲れ様。ノア少年、アラン少年。今日はここまででいいぞ」

「まだ終わってないけどいいんですか?」

「構わんさ。半年も頑張ってくれていたのだ。1日ぐらい早く終わろうと、エデン様もお許しになってくれる。エデン様はお心が広いからな」


 エデン神。


 この世界における唯一神。


 全ての生命に自由に生きる権利があり、その命を刈り取る者達は命に感謝しなければならないという言葉を残したとされる、この世界の創造者。


 相手が人間と敵対している魔王軍であろうと、家畜であろうと、そこら辺のアリであろうと、みな等しく自由に生きる権利があり、その命を刈り取る時は礼節を持つべし。不要な命は刈り取るな。


 それが、エデン教の教えだ。


 その為、魔王軍と戦争中あろうとこの宗教を信仰する者は魔王軍に偏見を持たない。


 もちろん、家族を殺された人々は魔王軍に恨みを持つが。


 勇者であるアランも、とある事件がきっかけで魔王軍に恨みを持つし。


 勇者闇落ちルートとか誰も得しねぇよ。今時のゲームのストーリーは、できる限り胸糞要素を無くすのがトレンドだぞ。


 それか、割と早めのざまぁか。


 どうして純粋に魔王軍を“悪”としたストーリーにしなかったのだろうかと思っていると、神父が俺達の頭を撫でながらその手に持ったネックレスとブレスレットを見せてきた。


「この半年間頑張ったご褒美だ。正直、少年には剣や盾を渡した方が喜ばれると思ったのだが、シスターマリアに“5歳児に武器を渡すとか正気ですか?”と怒られてな........シスターマリア、怒ると怖いな」

「怖いですね。みんなもシスターマリアだけは怒らせるなと言いますし」

「シスターマリアが怒った姿は、物語に出てくる悪魔よりも怖いよ........にっこりと笑いながら黒いオーラが見えるから」

「あ、それ私は見たぞ。滅茶苦茶怖すぎて“あ、はい。ごめんなさい”としか言えなかった。私、一応神父でシスターマリアよりも階級は上なんだがな」


 神父と言えど、怒ったシスターマリアは怖いのか。


 ゲームの中では、シスターマリアが怒った描写が一切ない。


 公式ガイドブックでちょろっと“怒ると怖い”と書かれていただけだった気がするし。ユーザーのアホどもは“ママに怒られたい!!”とか言ってたけど。


「神父様もシスターマリアには敵わないんだね」

「ハッハッハ!!老いぼれジジィなんざ、シスターマリアならば一捻りだろうな........あ、シスターマリアに告げ口をするなよ?また怒られる。口止めとしてお小遣いもあげよう」

「仮にも聖職者が子供を買収か........お金を受け取ったら俺達まで怒られそうなんだけど」

「なら、シスターマリアにプレゼントでも買う?神父様が頑張ってた僕たちにお小遣いをくれたってことにして」

「いい案ではないかアラン少年。是非ともそうしてくれ。1000ゴールドあげるから。余った分は懐に入れていいから」


 余程告げ口されたくなかったのだろう。神父の口は笑っていても目が笑ってない。


 これ、断ったらネックレス貰えなさそうだな。


 俺はアランと目を合わせると、“シスターマリアのご機嫌を取っておこう”と深く頷く。


 さすがはアラン。理解が早いぞ。


「お小遣いは有難く貰っておくよ。それで、このネックレスとブレスレットは?」

「これがご褒美だ。好きな方を持っていくといい。教会の倉庫で眠っていた単なる装飾品だしな」


 うむむ、ならば是非とも幸運のネックレスの方が欲しい。


 その若干古びたネックレスは、装備者の持つスキルの効果を5%高めると言うもの。


 たかが5%と思うかもしれないが、されど5%だ。


 100回中50回回避するのと、55回回避するのとでは全く変わってくる。


 5%を笑うものは5%に泣くのだ。


 しかも、スキル系統を強化する装備はかなり希少で、中々手に入らない。


 どうしても欲しいが、アランと被ったら困るな。


 無理やり取り上げるとかはしたくないし、そうなると勝負になるのか?そしたら運ゲーになってしまう。


 ちなみに、ブレスレットの方は全ステータスを+2するとか言う序盤ではかなり使える装備である。


 ゲームではこの二択からどちらかを選ぶのだが、俺とアランが居るから分ける事にしたんだな。


「ノアが先に選ぶといいよ。僕はどっちでもいいし」

「ホントか?!なら、俺はネックレスにする!!」


 アランは俺がネックレスが欲しいのを見抜いたのだろう。俺はお言葉に甘えてネックレスを手に取ると、嬉しさのあまりアランに抱きついた。


「ありがとう!!アラン!!」

「う........うん。それは良かったけど、苦しいぞ」

「ハッハッハ!!あのノア少年も可愛いところがあるではないか」


 こうして、俺はノアの必須装備“幸運のネックレス”を手に入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る