勇者が真っ当な勇者になった‼︎
俺とアランのチュートリアルイベントを終えてから二年と数ヶ月の月日が経過した。
俺もアランも9歳となり、あと数ヶ月もすればアランは王立学園へと入学する。
薬屋の息子も無事に保護され、街の英雄となって帰ってきたアランはこの2年間で更にイケメンとなり、今となっては孤児院にファンクラブができる程になっている。
彼が配膳した食器類を目当てに我先にと群がる子供達や、目の保養として毎日アランを眺めに来るヤバめの主婦など。
原作ストーリーでは考えられないほどの人気を、アランは獲得してしまっていた。
「よぉ、アラン。今日もノアと勝負すんのか?」
「もちろん。今年に入ってから、勝負はほぼ五分五分なんだ。123勝122敗。今日勝てば、初めて僕はノアに2つも黒星を付けられる」
「そりゃすげぇ。ノアはすばしっこいからなぁ。先に攻撃を当てた方の勝ちってルールだと、俺達はどうやっても勝てないよ」
「ハハハ。ノアは強いからね。ちなみに勝ちたいなら、カウンターを取ることだけを考えるといいよ。ノアの癖を読み切れば、案外簡単に当たってくれる。偶に幸運の女神様がノアに微笑むのか、不自然な避けられ方をするけどね」
「それができるのはアランだけだよ。全く、最初の頃はいけ好かないやつだったが、ここまで凄いと嫉妬の感情すら湧かないよ。このイケメン野郎め」
同年代の子と仲良く話すアラン。
異性に人気の高い者は同性に嫌われやすいのだが、勇者様はどうやら男すらも垂らし込むらしい。
原作のストーリーでもこんな爽やかイケメンの性格だったら、人気投票でトップ10圏内には入れたかもしれんな。
「どうしても勝ちたいなら、ニーナを買収するといいよ。ノアはニーナだけには滅茶苦茶甘いから、“ノアにぃに、負けて?”って言ってくれれば多分ノアは負けてくれるぞ」
「あぁ、そう言えばノアはニーナに死ぬほど甘かったな。唯一ノアの事だけを“にぃに”って呼ぶし」
「他の子は“にぃ”なのにね。僕なんて昔、“アランにぃ、好きじゃない”って言われたよ。滅茶苦茶凹んだ記憶があるね」
「この村の英雄で大人気な勇者様に向かって“好きじゃない”と面と向かって言えるのは、ニーナぐらいだな。将来が楽しみだぜ」
「全くだよ。きっと将来の夢は“ノアのお嫁さん”だね」
ハッハッハ!!と笑いながら、アランは俺に視線を向ける。
“今日は負けないぞ”という気概が感じられるね。今年に入ってから勝ち越してる回数が増えてるし、今日こそは黒星を2つ付けてやりたいのだろう。
5歳の頃からほぼ毎日やっているアランとのチャンバラごっこ。
ルールがルールの為未だ俺はアランに食らいついて行けるが、そろそろ本気で勝つのが厳しくなり始めていた。
ゲームと違って、現実の戦いでは決まった動きをする訳では無い。
攻撃のコマンド一つだけでも、無限の攻撃方法がある。
どの角度から剣を振るうのか、剣を避けられた際どのように追撃をするのか。
戦闘の自由度が高かったヘルオブエデンだが、やはりなんでも出来てしまう現実と比べるとその自由度は劣る。
今俺がアランと五分五分の勝負ができているのは、
常時55%の攻撃回避は、連戦すればするほどその効力が意味を増す。
どうやっても避けられない攻撃を無理やり回避するそのスキルは、確かに発動さえしてくれれば最強であった。
まぁ、毎回乱数の女神様が微笑んでくれるわけもないので負ける時は普通に負けるが。
「ノアにぃに。頑張って」
「おう。今日も負け越したら黒星が2つも付いちまうからな。なんとしてでも勝ちたいぞ」
「ハッハッハ!!なんせ、ノアが負けるとその日はニーナが不機嫌になるからな!!ご機嫌をとるノアも大変って事よ」
「ブラットにぃ、煩い」
「事実だろう?お前のノア好きには毎度手を焼かされるんだ。勝手にノアの布団に入り込むわ、飯の時もノアの隣は絶対に譲らないわで大変なんだぞ?ノアの負担も考えてやれよ」
「わたし、こども。難しいことわかんない」
「ハッハッハ!!五歳にして“神とはどの様にして定義されるのか”とか言う訳の分からん本を楽しそうに読む奴が、普通の子供なわけないだろ。とぼけても無駄だぞ」
ブラットはそう言うと、ニーナの頭をぐしぐしと雑に撫でる。
ニーナは少し嫌そうにしながらも、ブラットの撫でる手を止めさせることは無かった。
ニーナは、シスターマリアとブラット兄さん、そして俺の3人だけに懐いている。
特に一緒にいた時間が長いからか、俺に異常に懐いてしまっていた。
何をするにもずっと一緒。風呂に入る時も、ニーナは俺と一緒に入りたがる。
まだ5歳児だから問題ないが、流石にもう少し大きくなったら困るぞ。俺はロリコンでは無いが、ニーナ程可愛い子を見ていたら目覚めてしまうかもしれん。
俺と一緒に居るということは、アランも一緒にいることになるのだが、アランには懐かなかったんだよなぁ........
俺と毎日戦っている為か、ニーナはアランには全く懐いていない。
別に嫌いと言う訳では無い。普通にアランとも話すし、アランにも心は開いているように見える。
だが、絶対に頭を撫でさせる事は無い。
ニーナの頭を撫でられるのは、俺とブラット兄さんとシスターマリアの3人だけであった。
「さて、そろそろ勝負と行くか。毎日やっているから、この勝負を見に来る人が滅茶苦茶増えたな」
「孤児院の子供達はもちろん、近所の大人達や神父様まで来てる。ノアとアランは神父様と仲が良かったよな?」
「そりゃ毎日教会の手伝いをしているからね。教会のシスター達がアランに向ける視線は、最早恋する乙女だよ。すごいよね」
流石はイケメン勇者様。原作の性格や口調が無くなってしまった今、アランは教会でも絶大な人気を誇っている。
それこそ、シスター達の目が乙女に変わるほどに。
まだ9歳だと言うのに、末恐ろしい勇者だ。
ブラット兄さんも同じことを思ったのか、ケラケラと笑いながらアランに視線を送る。
「9歳で既に女たらしか。そりゃすげえな。道理でシスターまでもが集まってくるわけだ。しかもアランの応援側で。唯一、アランとノアを対等に見ているのはシスターマリアぐらいじゃないか?」
「シスターマリアと神父様は、両方応援してくれるね。どっちが勝ってもどっちが負けても、喜ぶし悲しむ。いい人たちだよ」
俺はそう言うと、木剣を握りしめて遊び場の中央へと歩いていく。
対するアランも、先程の優しい表情からうってかわり、戦士のような視線でこちらを見据えながら歩いてきた。
まだレベル1のはずなのだが、その圧は既に昔討伐したオークをも超えている。
おかしな。俺の記憶では、この時点ではそこまで強くなかったはずなんだけど。
「今日も勝たせてもらうよ」
「馬鹿言え。今日は俺が勝って勝率トントンだ。負けたからって泣くなよ?」
「ふふん。それはこっちのセリフだね。僕に負けて初の黒星2つを獲得しても泣かないでよ?」
「言うじゃねぇか」
ニッとお互いに笑い合い、俺とアランはある程度の距離をとって剣を構える。
そろそろアランともお別れの時期だ。アランが王立学園に行けば、ストーリーは大きく動き始める。
こうして、原作とは違ったアランと遊べるのも数少ないだろうなと思いつつ、今日もアランと勝負を始めるのであった。
尚、今回は乱数の女神様が微笑んでくれず負けてしまった。くそぅ........初の黒星2つになってしまったぞ。
俺は割と本気で悔しかった。
【ゴブリン】
醜い見た目をした、子供ぐらいの大きさのモンスター。緑色の肌が特徴的であり、ヘルオブエデンでは序盤のレベリングモンスターとして活躍する。群れを作る習性があるものの、序盤の敵という事であまり賢くない。が、最高難易度になると普通に負けたりするから注意が必要である。
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