勇者(主人公)vs理論上最強(ネタキャラ)


 いきなり勝負を挑まれた俺だが、普通に断る。


 だって戦う理由が無いし、召喚魔法でモンスターを出せないとなると天地がひっくり返っても勝てない。


 出せれば勝てる見込もあるだろう。だが、ここは孤児院で村の中だ。モンスターを許可もなく召喚した日には、シスターマリアから滅茶苦茶怒られる。


 何より、俺が少しでも悪いことをしてしまえば乱数の女神様は微笑んでくれない。


 常日頃から善き人であり続けることが大事なのだ。幸運とは、自分の積み重ねた善行によって訪れるものである。


 かの難易度絶望ノア単騎攻略を成し遂げた伝説の動画の投稿者も、乱数の女神が微笑んでくれる確率をあげるんだ!!と言って、常日頃から近所の川でゴミ拾いとかしてたしな。


 確率恐るべし。


 確率は、人の在り方を変えてしまうのか。


「おい、アラン。ノアは召喚術士だ。年上の剣士にも勝てるお前と戦っても勝負にならんぞ」

「........ノアは強い。弓使いの兄さんには分からないだろうけど、僕にはわかる。ノアと戦ったらちゃんとした勝負になるよ」


 いや、ならねぇよ。


 勇者とネタキャラの基礎ステータスがどれだけ違うと思ってんだ。速度と魔力と詠唱時間は上回っているけど、それ以外は全部ボロ負けなんだぞこっちは。


 サラッと俺をディスってくるブラット兄さんの言葉に悲しみを覚えつつも、事実なので何も言えない。


 アランが孤児院の誰かと戦うイベントなんてあったかな........いや無かったはずだ。


 最初に戦闘のチュートリアルとして戦ったのは、スライムとゴブリンだったはずだし。


「ノア。僕と戦え」

「嫌だよ。めんどくさいし。何より勇者様に勝てるわけないだろ?」

「腰抜けか?僕と戦え」

「だから嫌だって」


 この頑固な性格と態度のデカイ口の利き方。今は子供だからで許されているが、こいつは大きくなってもこのままの性格と態度なのだ。


 だからお前は主人公の癖に人気投票で10位圏内どころか、20位圏内にも入れないんだよ。


“中二病が治らなかった可哀想な奴”“黒歴史を思い出すから辞めて”“イケメンだけど許されない”と言われただけはある。


 しかし、アランの名誉のために言っておくが、彼は滅茶苦茶良い奴である。ただ、ちょっと頑固で口調が強いだけで、街で大変そうにしているお婆さんの荷物を持ってあげたり傷ついた人々に優しく語り掛けてあげたり(口は強い)と良い奴なのだ。


 もう少し優しい口調なら、人気順位ももっと上だったよ。間違いなく。


 だから、俺は別にアランが嫌いな訳では無い。感情移入がしにくく、何かと痛い言動が鼻に付くが根は真面目で良い奴だから。


「おいアラン。あまりノアに絡むなよ。シスターマリアに怒られるぞ」

「........」


 何も言わず、俺を見つめるアラン。


 アランに絡まれる様なフラグなんて建てたか?


 うーむ。記憶にない。俺、中身は大学生だから、同年代の子と話したりするとどうしても話が噛み合わないのだ。


 大人と話している方が楽だし、年上の子供と話す方が楽しい。


 でもアランとは普通に話せたな。アランは同年代のこと比べて頭の回転が早いのだ。言葉は足らないけど。


 あ、もしかして、友達として戦いたいって事?


 なんだよ可愛いところもあるやんけ。


 仕方がないなぁ、友達と戦いたいと言うなら戦ってやろう。ついでに、自分のスキルについても確認したいしな。


 運命の審判ラッキーミス。ゲームでは“ミス”としか表記されてなかったが、現実ではどの様にミスとなるのか。


「いいよ。そこまで言うならやろう。あまり期待しないでくれよ?」

「ふん。そう来なくてはな」


 俺はアランが僅かに笑ったのを見逃さなかった。




【召喚術士】

 ヘルオブエデンの職業の1つ。MPを消費し、モンスターや動物を召喚できる。召喚されるモンスターや動物は公式設定では“この世界のどこかに存在する者を召喚するのではなく、魔力によってその者を作り出している”とされている。召喚中もMPが減り続けるため使いづらいが、偵察や召喚したモンスターによる盾役には最適。更にはドラゴンによる火力担当等やれる事が多く、4人パーティーで固定されているこのゲームでは一定の需要がある。

 が、この世界の人々からすると召喚術士は割とハズレ職業。極められる人が少ないので、器用貧乏と言われることが多い。




 アランは同年代の子供達と比べて、自分は賢いと理解していた。


 言葉を話す速度や文字を覚える速さは、ほかの子供達の比ではなく。シスターや神父たちからも褒められてきた。


 が、彼は自分が天才だとは思っていない。勇者として女神に選ばれ、今後国を背負うこととなった英雄として期待されるアランは、自分よりも優れている人間が居ると思っている。


「んー、この木の棒でいいか。アラン、頼むから手加減してくれよ?お前が本気で殴ったら俺が死んじゃうからな」

「........考えておこう」


 適当な大きさの木の棒を持ち、それをブンブンと振り回す黒髪黒目の少年。


 アランと同年代の少年であり、自分よりも更に速く言葉や文字を習得していたにも関わらずそれを隠していた男。


 唯一、アランが話していて楽しいと感じるその少年“ノア”は、若干面倒くさそうにしつつもどこか楽しそうであった。


(本来なら、君が勇者となるべきなのにね)


 アランは口下手だ。言い方が固く、言葉足らずな部分も多い為多くの子供たちからは恐れられ、大人達からは少し生意気だと思われている。


 アラン自身もそれは理解しているが、注意してくれる人がいない。賢くとも、アランはまだ5歳児なのだ。


 ゲーム本編で彼が大人になっても口調が変わらなかったのは、注意してくれる人が居なかったためである。


 アランは勇者。人々の期待を背負い彼に注意できる人は少ない。そして、幼少期時代は“子供だから”と許されていた。


 しかし、その口の下手さは勇者としては失格である。子供達や大人達にも愛想のいいノアの方が、圧倒的に勇者に相応しいだろう。


 勇者については、この二日で粗方調べてどのような者なのか知っている。


 人々を守護し、世界に平和をもたらす存在。


 少なくとも、アランのような無愛想な男がなるべき存在では無い。そう思っていた。


 自分よりもノアの方が勇者に相応しい。それはそれとして、ノアと一度戦ってみたい。


 まだまだ未熟な精神をもつアランは、単純にノアと遊びたいだけであった。


「んじゃ、始めるか。ブラット兄さん。合図をよろしく」

「怪我すんなよ?シスターマリアに怒られたくなければ、寸止めしろ。じゃ、始め!!」


 ブラットの開始の合図とともに、アランは本気でノアに切りかかる。


 ノアが外で遊んでいる時、彼は異様に足が早かった。


 この程度の速さならば、ノアも付いて来れる。


 振り下ろされた木の棒。ノアは、アランの予想通り後ろに下がって木の棒を避けた。


「そこそこ、速いな........!!」

「なるほど。足の速さは想定通り。次は乱数の女神様に祈ってみるか?」


 ノアが小さく呟くが、アランの耳には入らない。


 アランは続け様に振り下ろした木の棒を振り上げながら、ノアとの距離を詰める。


 後ろに下がるとの、前に向かって走るのとでは移動速度が違う。アランの方が圧倒的に速い。


 取った!!


 完全にノアの身体を捉え、その右肩に木の棒が当たりそうになったその時。


 ノアはアランの視界から消え去る。


「........お?!」

「........えっ」


 何が起きたのか分からなかった。


 普通に避けては絶対に当たる角度から放った攻撃。それをどのようにして避けたのか。


 その答えは、視線を落とせば分かった。


 不自然な体勢。足が大きく開いている状態。


 土に残る足を擦った跡。


 ノアは、足を滑らせて自分の攻撃を避けたのだ。


 否、避けたと言うよりも転んだのだ。


 まるで、かのように、自分の攻撃が当たるギリギリのタイミングで。


 体勢は崩れている。だが、すぐに動ける状態だ。


「常日頃から善行を積むのは大事だな」

「しまっ──────」


 何が起きたのか分からず一瞬固まってしまった隙を狙われ、アランの身体に優しく木の棒が当てられる。


 実践ではこの程度の攻撃で相手を殺す事などできないが、これはあくまでも遊び。


 木の棒を当てた時点で、ノアの勝ちだ。


「勝者、ノア。全くもって締まらない勝ち方だな。攻撃を避けれたから良かったけど、普通足を滑らせたらその時点でお前の負けだぜ?」

「ハハハ。運も実力の内だよ。でも、次やったら絶対に負けるね」

「だろうな。アランもすごいな。まだ5歳なのに驚くほど素早く鋭い攻撃だったぞ」

「........そうだな。運が悪かっただけだ」


 真の天才は運すらも味方につけるのか。


 アランはそう思いつつも、ノアはやはり凄いと心の中で純粋に思うのだった。


 そして、ゲームの中では無愛想だった男にネタキャラというイレギュラーが発生しつつあった。







お昼頃にもう一話あげます。

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