第24話
翌日、俺は夕凪宅から自宅に帰ろうとした。
だがお父さんがやってきて止められた。何でももう一日は様子を見たいので今日も泊まっていってほしいとの事だった。
「……すまんな。光村君も早く家に帰りたいだろうが」
「いえ。そういう事なら分かりました。色々とすみません」
「謝る必要はない。家内も君とは話をしたいみたいだしな」
俺はその言葉にキョトンとする。お母さんが俺と話をしたい?どういう事だろうか。
「……いや。家内はなあ。夕凪の事を心配していてなあ。もう高校も卒業だというのに彼氏のかの字も出てこないくらいに男っ気がないもんだから。それで君と一緒に来たもんだから興味津々なんだよ」
「……ああ。そういう事だったんですね。夕凪ちゃん、そんなに男っ気がないんですか?」
「ああ。気持ちがいいくらいにな。綺麗さっぱり異性には関心がないらしい」
綺麗さっぱりと言われて俺は返答に困った。それ程とは。正直、夕凪の前世の記憶の影響ではと思ったが。黙っておくことにした。
「じゃあ。朝食を持ってくるから。待っていてくれ」
「……ありがとうございます」
お礼を言うとお父さんは頷いて主屋の方に行ったのだった。
朝食を済ませて俺は歯磨きと洗顔を行った。この離れは洗面所に浴室、トイレ付きだ。意外と快適ではある。そんな事を考えながら顔を洗い、水気をタオルで拭く。今日は夕凪の事も気にかかるからご両親にお願いして会わせてもらおうか。もし目が覚めていたらお礼も言いたい。タオルを引っ掛け棒にかける。泊まらせてもらった部屋に戻ると持って来たボストンバッグから着替えの衣類を取り出す。手早く着替えると部屋を出た。離れの出入り口になっているドアの前に向かった。開けて外へ出る。まだ朝とはいえ、じいわじいわと蝉の声が響いていた。主屋と思しき建物に行くとお父さんがいる。声をかけてみた。
「……あの。日野枝さん。ちょっといいですか?」
「……お。誰かと思えば。光村君か」
「はい。娘さんの様子が気になって。目が覚めていたら会ってみたいんですけど」
俺が言うと日野枝さん--お父さんは居間の窓を開けてこちらにやってきた。ちょっと驚いた顔をしている。
「……娘って。夕凪に会いたいのかね?」
「ええ。あ、目が覚めていないんだったらいいです。ゆっくり休ませてあげてください」
「そうだなあ。夕凪はさっき目が覚めたらしいんだが。光村君が会いたいんだったら待っていてくれないか」
「……分かりました」
「うん。家内にも言わないといけないんでな」
お父さんはそう言うと居間から出ていく。俺は暑いけど外で待ったのだった。
十五分程経ってお父さんが戻ってくる。ちょっと汗をかいていたのでホッとした。さすがに八月の炎天下で待つのは辛いものがある。
「……光村君。家内と夕凪に訊いてみたんだが。いいそうだよ」
「すみません。わざわざありがとうございます」
「いやあ。こっちこそ悪いね。暑かったろう。入りなさい」
お父さんはそう言って玄関を指し示す。俺はお言葉に甘えて玄関口から主屋--中に入らせてもらった。履いていたサンダルを脱いで上がる。お父さんがすぐにやってきて夕凪の部屋に案内してくれた。二階に上がりちょっと奥まった所が彼女の部屋らしい。ドアをノックするとお母さんが応対してくれる。
「あら。光村君。わざわざ離れから来てくれたのね」
「……はい。夕凪ちゃんは大丈夫でしょうか?」
「ええ。さっき目を覚ましたところなの」
「そうでしたか。あの。話す事はできますか?」
「……そうねえ。無理のない程度だったら大丈夫だと思うわ」
お母さんはちょっと考えながら言った。やっぱり出直した方がいいだろうか。そう思っていたら部屋の中から夕凪らしき声がした。
「……お母さん。もしかして雄介さんが来ているの?」
「……ええ。気になるからって様子を見に来てくれたのよ」
「そうなんだ。じゃあ、入ってもらって」
ご両親は少し躊躇ったが。夕凪がもう一度言うと渋々、部屋を後にした。去り際にお父さんは「無理はさせないでくれよ」と釘をさして行く。俺は苦笑しながら頷いた。ご両親が一階に降りて行くと俺は夕凪に声をかけてから部屋に入る。夕凪の部屋は勉強机にベッド、小さめのテーブル、本棚、水色のクッションとシンプルな感じだ。ベッドに掛けてあるシーツも青色で年頃の女の子の部屋にしては落ち着いた印象を受ける。
夕凪は半袖の白いシャツに黒いズボンという出で立ちだった。彼女自身があんまり可愛い物は好きではないらしい。
「……雄介さん。お見舞いにでも来てくれたのね」
「……ああ。ちょっと様子が気になったのとお礼を言いに来たんだ」
「様子を見に来たのは分かるけど。お礼って?」
夕凪はキョトンした顔になる。俺は居住まいを正して正座をした。その上で頭を下げる。
「……今回はどうもありがとう。君が気付いてやってくれなかったら俺はとうの昔にあの世行きだった。どうお礼を言えばいいか……」
「……え。雄介さん。顔を上げて。私、お礼を言われる程の事はやっていないから」
夕凪は慌てて座っていたベッドの端から立ち上がりこちらにやってくる。下げていた頭を上げた。困った顔で夕凪はこちらを見下ろしていた。
「それでもお礼を言わないと割りに合わないだろ。俺の気持ちだけでも受け取ってくれよ」
「……ふふっ。わかった。雄介さんの気持ちは有難く受け取っておくね」
にっこりと笑った夕凪に俺はまたドキリとした。立ち上がると彼女の頭を撫でていた。顔を赤くした夕凪だったが。俺はそれも可愛いなと思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます