第22話

   草むしりをやらされてから二日が経った。


  とうとう、夕凪とお姉さんが迎えにくる日がやってきたが。はっきり言って不安だ。うまくいくのか。夕凪と俺は無事でいられるのかとか気になり出すともうダメだった。仕方ないので父さんが買い物に行くのに付き合ったり母さんの家事を手伝ったりする。そうして約束の時刻である午後一時がやってきた。不意にピンポンとチャイムが鳴る。母さんの代わりに俺が出た。玄関のドアの鍵を解錠して開けた。


「……こんにちは。雄介さん」


「……いらっしゃい。約束通りに来てくれたんだな」


  そう言うと夕凪はにへっと笑った。横には背が高くてすらっとしていて。凛とした感じの美女が立っている。俺よりちょっと低いくらいだから女性にしては高身長だ。夕凪はすぐに気づくと紹介してくれた。


「あ。横にいるのが私のお姉ちゃん。名前を日野枝 八重子っていうの」


「へえ。初めまして。俺は光村 雄介です。妹さんにはいつもお世話になっています」


「……初めまして。あたしは紹介に預かった通り夕凪の姉です。君が雄介さんか」


  美女こと八重子さんはそう言うと俺をジロジロと見てくる。目が切れ長だからちょっと睨みつけられているように感じた。


「あ。あのお」


「ふうん。顔はまあ見られる方か。妹が年の近い男の子と一緒に行動していると言うから来てみれば。君、夕凪に手は出していないだろうね?」


「……手を繋いだりする程度です。よくてハグするくらいだったかな」


  ポロリと言うと八重子さんはにっと笑った。ちょっと嫌な感じの笑顔だ。


「ほほう。もう抱擁までいったか。思ったよりもちょっと手が早いよ。君」


「……お姉ちゃん。それよりも今日は雄介さんを迎えに来たんだよ。早く車に乗ってもらわないと」


「そうだったね。雄介さん。じゃあ、荷物を持ってきて。車のトランクに入れるの手伝うから」


  俺は頷くと自室に行ってボストンバッグとリュックサックを持ってきた。もうこの二つはパンパンだ。荷物の多さにちょっと八重子さんと夕凪は驚いている。父さんも来てくれて男二人掛かりで持った。玄関から荷物を持って出ると門の前に青い乗用車が停まっている。八重子さんが乗用車の鍵を解錠してトランクを開けてくれた。中にバッグとリュックサックを入れると再びトランクを閉めた。バンッと音が鳴る。


「よし。荷物は入れたし。後部座席に雄介さんは乗って。夕凪は助手席ね」


「わかりました。じゃあ、失礼します」


  後部座席のドアを開けて乗り込んだ。座席は意外とふかふかである。俺は腰掛けるとシートベルトを締めた。後で夕凪が乗って八重子さんも運転席に座った。ドアが閉まる。二人もシートベルトを締めてからエンジンがかかった。ぶうんと音が鳴って乗用車が動き出す。八重子さんは門の前からバックするとUターンして南の方角へ向かう。ハンドルを握る八重子さんはさっきとは違い、真面目な表情だ。


「……雄介さん。緊張してる?」


「うん。ちょっとね」


  夕凪が気遣ってくれる。俺は頷くと窓ガラスの向こうの景色に目をやった。八重子さんが前を向いたままで話しかけてきた。


「雄介さん。これからうちに行くけど。着いたらまずは行水をしてもらうよ。そのつもりでいてね」


「わかりました。あの。八重子さんは儀式の事をご存知なんですか?」


「知っているよ。妹から聞いている」


  八重子さんはそう言って信号が赤だったので交差点の前に止まった。夕凪も後ろを向く。


「……私がする解呪は神を直接自分の体に降ろすの。たぶん、術者が行う呪術の中でも最もリスクが高いわ」


「そうなのか」


「雄介さん。私は着いたら行水をするから。あなたも白装束をを着てね」


  思ったよりも本格的な儀式のようだ。ゴクリと喉が鳴る。俺は再び緊張してしまい、無言になったのだった。


  日野枝家に到着した。想像以上に大きな和風の屋敷だ。怜のお屋敷よりもひと回り大きいような気がするぞ。その後、俺は八重子さんと二人のお母さんである蓮香さん、お父さんの庸三(ようぞう)さんに挨拶した。

  庸三さんと弟さん--夕凪の叔父さんといとこさんが和室に通してくれる。服を脱ぐように言われた。下着もと指示されて驚くが。


「……光村君。時間がないんだ。とりあえず、素っ裸になってくれ」


「……はあ。わかりました」


  仕方ないので全部脱いだ後で湯帷子(ゆかたびら)という入浴用の着物を身にまとう。そうした上で行水をする用の家の裏にある滝に行った。日野枝家は滝が近い所にあるらしい。少し歩くと庸三さんが言った。家の裏口から出てタオルと着替え用の着物を叔父さんといとこさんが持ってくれる。俺は湯帷子の上に一枚の着物を羽織って下駄を履いた。滝まで歩いていく。


「光村君。滝は夜光の滝と言われている。昔からアステラス神の力が宿っていると言い伝えがあるんだ」


「そうなんですか。我が家が仕える伊豆名の女神様とは違うんですね」


「……ああ。夜光の滝は夜になると光るんだ。夏場はそれは綺麗だよ」


  庸三さんはそう説明してくれた。そうする間に夜光の滝に着いた。階段がある。そこをいとこさんに手伝われながら降りたのだった。

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