第20話
俺にその後、自宅に帰ったという夕凪から「うちに泊まることになるかもしれないから荷造りはしておいてね」とメールが届いた。
「わかった」と返信はしたが。仕方ないので旅行用のボストンバッグに着替え類や洗面セット、風呂セットなどを詰め込んでいく。解呪の儀式が長引く場合に備えて余分に着替えを持っていこう。そう決めてリュックサックも押し入れから出した。その中に筆記用具やメモ帳、余分な着替え、愛用の刀も入れる。後、夕凪と一緒に作ったお札もだ。
「……よしっ。これで一通りはできたか」
俺は男だし女の子程には荷物がたくさんあるわけじゃない。とりあえず、もう一度チェックしてから足りないものなどを補充した。そうする内に夜の八時過ぎになっている。慌ててボストンバッグとリュックサックを部屋の隅に置いた。もう夕飯を食いっぱぐれている。ふうと息をついて自室を出たのだった。
夕飯を急いでかっ込み、着替えを自室に取りに行く。既に父さんと母さんには夕凪が三日後に俺を迎えに来る事は伝えておいた。解呪の儀式の事も簡単に説明しておいたが。母さんは「あの夕凪さんが。あんたの呪いを解くとはねえ」と心配そうに言っていた。俺は補足として自分の中の呪いがかなり進んでいることや寿命がもって十年くらいなのも言った。そうしたら父さんは驚き、母さんも絶句していたが。夕凪が解呪をしてくれれば、生き長らえる事も多分可能だと励ました。父さんは沈痛な表情ながらも頷き、母さんも涙ぐみつつ俺の手をぎゅっと握ってきた。
『……そうね。今は夕凪さんを信じましょう。あの子だったらきっと大丈夫よね』
そうポツリと呟いて母さんは静かに泣いていた。しばらくして俺は「絶対元気に帰ってくる」と約束したのだった。
風呂に入り自室に戻った。ベッドの中に入ろうとしたら不意に声が頭の中に響いた。
『雄介。私だ。ちょっと部屋の窓を悪いが開けてくれ』
いきなりなので驚きつつもベッドから出て窓に近づく。カーテンを開けて窓の鍵を解錠する。そうした上で開けてみた。むうと真夏特有の湿った空気が肌に触れる。
『……すまんな』
窓を開けた先にいたのは龍型の嵐月だ。ミニ龍ではなく元々の龍としての大きさの状態だった。だが、嵐月の横にはもう一柱の龍がいる。夜闇であっても煌めく青い鱗に銀の瞳の美しい龍が。
「……て。蒼月さんかよ」
『……いきなりで悪い。ちょっと嵐月から相談を受けてな。詳しい話を聞きたくて君の所に来たんだが』
「詳しい話ね。蒼月さんはどのくらい嵐月から話を聞いているんだ?」
『……そうだな。君が祖先から呪いを受け継いでいて。それがかなり進行しているとは聞いた。で。もって十年くらいということも』
「そこまでは聞いたんだな。けど俺の場合、ある人が解呪をしてくれるんだ。多分、成功すれば。祖先の呪いを断ち切れるかもしれない」
はっきり言うと蒼月さんは苦笑した。ちょっと心配するような表情だ。
『なるほど。雄介さんは偶然にも味方を得ることができたんだな。けど解呪をするのは誰なんだ?』
「……たぶん。あんたも会っただろう。日野枝 夕凪ちゃんって女の子だよ」
『……あの子が雄介さんの解呪をするのか。巫女としても霊力者としても優秀なのは見てわかっていたつもりだが』
そう言って蒼月さんは考え込んだ。しばらく沈黙が続いた。
『……雄介さん。同じ相棒を持つ者として言っておく。君は解呪をしてもらうからいいんだが。嵐月は君の呪いが強い事は昔からよく知っていた。何度も長老や他の神々に聞いて回って解呪の方法を探し回っていたんだ。浮かれるのもいいがな。嵐月もすごく心配していた事は忘れてくれるなよ』
「……そうだったのか。わかった。ちゃんと嵐月が解呪の方法を探してくれていたのは忘れないでおくよ」
『そうしてくれ』
とりあえず、話は終わったので俺は窓を閉めようと思った。なので嵐月と蒼月さんに先に訊いてみた。
「……もう湯冷めしそうだから閉めていいか。中に入りたいなら言ってくれ」
『そうだな。雄介。私と蒼月も入らせてもらう』
俺は頷いた。ピカッと眩く二柱の龍の体が光る。気がついたらどちらも人型に変化していた。金の髪に琥珀の瞳の嵐月と青の髪に銀の瞳の蒼月さんが並ぶと壮観だ。ここに女性が居たら「きゃー」とか騒ぎそうではあった。
「……んじゃ。俺はもう寝るぞ」
「ああ。すまんな。私は蒼月と今夜は泊まっていくから。電気は消してくれて構わんぞ」
「へーい。消すぞ」
蛍光灯についている紐を引っ張って消した。カチカチッと音が鳴る。俺はベッドの中に入ってくわっと欠伸をした。まあ、嵐月と蒼月さんはミニ龍の姿にでもなって適当な頃合で寝るだろう。そう思い、瞼を閉じた。が、何故か視線が気になる。薄目を開けると蒼月さんがすぐ近くにいた。申し訳なさそうにしながら俺の頭を撫でてきた。あー、こういうのはあんたの相棒の怜にでもしてやってくれよ。そう胸中でぼやきながらも寝たふりをしたのだった。
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