第19話

   俺はその翌日も悪霊退治に勤しんでいた。


  だが、ふとした時に夕凪と嵐月の表情が冴えないし暗い感じだ。どうしたのだろうと思う。そんなことが三日と続いたので俺は夕凪を自宅に誘ってみた。最初は渋っていたが。二、三度ほど誘い続けると夕凪は仕方ないと折れてくれた。二人で自宅に戻る。


「……ただいま。て、母さんはいないな」


「本当だ。静かだね」


  俺が先に上がると夕凪も履いていたスニーカーを脱いだ。


「んじゃあ。ちょっとお茶を淹れてくるから。リビングで待っててくれ」


「……わかった。休ませてもらうね」


  頷いてから俺はキッチンに向かう。アイスレモンティーとアイスコーヒーを淹れる準備を始めた。先に電気ポットのお湯を二つのマグカップに注ぐ。紅茶のティーバッグを可愛いキャラクターのイラスト付きのマグカップに入れる。冷蔵庫からレモンを出した。以前と同じように包丁で薄く輪切りにする。一分半を過ぎた辺りでティーバッグを取り出した。お砂糖を入れて氷も入れた。レモンの汁を絞って混ぜる。アイスレモンティーが終わると手早くアイスコーヒーも淹れた。マグカップのお湯にインスタントコーヒーの粉を適量入れた。よく混ぜてからシュガーシロップを入れる。同じように再びして氷を入れた。カランッと音が鳴る。

  とりあえず、夕凪が喜びそうなレモンタルトもお盆に乗っけてキッチンを出たのだった。


  リビングに行くと夕凪は一人でソファに座って待っていた。クーラーが効いているので表情はリラックスしたものだ。俺が近づくと気づいたようでニッコリと笑った。


「……あ。雄介さん。わざわざごめんね」


「いいって。それより夕凪ちゃん、レモンタルトは食べられそうか?」


「え。レモンタルトも持ってきてくれたの。私、甘いもの好きだから。食べていいの?」


「ああ。そのために持ってきた」


「ありがとう。じゃあ、いただくね」


  夕凪はパッと先ほどよりも表情が明るくなった。俺はレモンタルトとアイスティーをテーブルの上に置く。すると、フォークも置くとさっと手に取ってレモンタルトに突き刺す。気がついたらぱくりと口に運んでいた。


「……ううん。美味しい!」


  モグモグと夕凪は味を噛みしめているらしい。俺は苦笑しながら向かい側に座ってアイスコーヒーをテーブルの上に置いた。お盆を横に置いてからカップを持って口に運んだ。程よい苦味と甘味が相まってうまい。しばらくそうしてからおもむろに俺は切り出した。


「……なあ。夕凪ちゃん。この間から気になっていた事があるんだが」


「……え。気になっていた事?」


  俺が言うと夕凪はアイスレモンティーを飲むのを中断してこちらを見た。コーヒーを一口含んで飲み込んでから本題に入る。


「……ううむ。なんか、この間から嵐月といい、君といい。冴えない表情をしているからさ。どうしたのかと思ってたんだ」


「私と嵐月様がね。気がついてたんだ」


「ああ。何かあったのか?」


「……あの。雄介さんにはこの間にご先祖様の呪いについて話したよね。覚えてる?」


「うん。覚えてるぞ」


  頷くと夕凪は真面目な表情になった。ふうと息をつく。カランッと氷が溶ける音が辺りに響いた。


「弓月様から雄介さんも鵺の呪いを受け継いでいるの。その呪いはね、とても恐ろしいものだわ。少しずつ体を蝕んで命を奪う。雄介さんの体の中の呪いもかなり進行しているわ。たぶん、私の見立てだと雄介さんの寿命はもって十年がいいところね」


「……マジかよ。俺が弓月さんから呪いを受け継いでるって」


「そうよ。最初の犠牲者は弓月様本人だった。二人目が息子の弓彦さん。そして光村家では代々。息子が生まれると呪いにかかってしまって。短命で終わってしまう事がずっと続いていたの」


  俺はあまりの事実に愕然となる。背筋がひんやりして体がかたかたと震えていた。指先から体温が下がっている感覚がする。


「なあ。夕凪ちゃんは斎藤家が抱えていた呪いを解くって言ってたな。君は最初から知ってたのか?」


「……知っていたわ。だからツテのツテを使って。雄介さんを探し出したの」


  俺は驚く。夕凪は俺をまっすぐに見る。その目は深い色をたたえていてどこか懐かしさを感じた。


「やっと。千年ぶりに弓月様の生まれ変わりを見つけたんだから。そうやすやすと死なせてなるもんかと思って。だから必死だったわ」


「そうなのか。夕凪ちゃんは確か。弓月さんの奥さんの生まれ変わりだったっけ」


「ええ。雄介さん。私は呪いに勝つわ。もう負けたりしない」


  夕凪はそう言うとアイスレモンティーをコクリと飲んだ。握りこぶしを作って俺に突きつけた。


「……だから。雄介さんも約束して。呪いに負けたりしないって」


「……ああ。約束するよ」


  頷くと夕凪はにっと笑った。


「よしっ。じゃあ、決まりね。三日後に解呪の儀式をするから。そのつもりでいて。後、迎えは私と姉さんが行くから」


「え。いきなりだな」


「善は急げと言うじゃない。タルトを食べたらすぐに帰らなきゃ。腕が鳴るわ」


  夕凪はそう言って急いでタルトを食べる。アイスレモンティーもこくこくと飲み干した。食べ終えると小走りで家に帰って行った。俺は「慌ててるなあ」と言いつつも見送ったのだった。

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