第17話

   万理江さんの案内で怜の部屋に入った。


  夕凪はいち早くベッドに寝ている怜を見つけたらしい。少し目を見開いている。それはそうだろうと思う。

  これが初対面だろうからな。俺も驚いたくらいだし。万理江さんは眉をしかめていた。


「……ごめんね。今、怜は寝ているようね」


「いえ。構いませんよ。そうだな。夕凪ちゃん、この状態でも調べることはできるか?」


「うん。できるよ」


  小声でやり取りすると夕凪は頷いた。怜に近づき、手をそっと額に近づける。触れるか触れないかの近さでしながら夕凪は瞼を閉じた。すると俺にも黒い霧のようなものが見えた。夕凪は瞼を開けると持っていたカバンから一枚のお札を取り出す。黒い霧のようなものにお札を当てる。すうとそれはお札に吸い込まれた。


「……我が仕えしアステラス神に請い願う。かの者を払い給え、清め給え!」


  夕凪が祝詞を唱えるとお札がぴかっと光る。黒いものは光と同時に消えていく。それがおさまると怜の方を見た。先ほどよりも顔色が良くなっているようだ。


「まあ。夕凪さん、凄いわねえ」


「……怜さんは大丈夫でしょうか?」


「……大丈夫みたいね。ありがとう。夕凪さん」


  万理江さんが夕凪にお礼を言う。俺も素直に凄いと思った。夕凪の術は意外と万能だ。


「いえ。私は呪詛返しをしただけです。後、穢れを払っておきました」


「そう。でも呪詛返しをできる人は今は少ないと思うわ。夕凪さんみたいに若い子ができるなんて。私もこの目で見て驚いたもの」


「……そうなんですか。怜さんの呪いが解けて良かったです」


  夕凪は苦笑しながら言った。万理江さんはにっこりと俺にも笑顔を向ける。


「雄介君。夕凪さんを連れて来てくれて助かったわ。蒼月様にも伝えておくから」


「怜が助かって良かったです。今日はいきなり来てすみませんでした」


「いいのよ。あ、お礼にお昼を食べて行ったらどうかしら。まだ、食べていないんじゃないの?」


  夕凪を見ると頷いた。俺も頷いて万理江さんに視線を戻した。


「……ありがとうございます。お言葉に甘えてもいいですか?」


「気にすることないわ。私も一人で食べていても味気ないから。ちょうど良かったわ」


  夕凪もすみませんと言う。万理江さんは「ちょっと待っていてね」と言って部屋を出ていく。俺と夕凪も静かに部屋を出る。廊下にて待ったのだった。


  その後、万理江さんが用意してくれた昼食をご馳走になった。ご飯とお味噌汁、きんぴらごぼう、ほうれん草のお浸しだった。万理江さんは「こんな物しかなくて。ごめんなさいねえ」と言いながらも俺と夕凪に勧めてくれる。けっこう美味かったのは言うまでもない。


「……お昼ご飯までありがとうございました。これで失礼しますね」


「ええ。二人さえ良かったら。また来てちょうだいね」


「はい。今度はお菓子か何かを持ってきます」


  俺が言うと万理江さんは「気を使わなくてもいいのよ」と笑いながら言う。俺は夕凪とこうして水之江家を後にしたのだった。


  帰り道、俺は夕凪と一緒に嵐月がいるという公園に向かった。蒼月さんはもう帰ったようで気配はない。俺が嵐月の名を呼ぶと黄金の鱗と琥珀の瞳の美しい龍が目の前に飛んで現れた。ごおっと凄い風が巻き起こる。


『……呼んだか。雄介』


「おう。俺と夕凪ちゃんの方は片付いたぜ。嵐月の方はどうだ?」


『ああ。やはり呪いをかけたのは夜見で間違いないようだ。怜さんの容態は大丈夫だったか?』


  嵐月に問われて俺はふうむと考え込んだ。代わりに夕凪が答える。


「……怜さんの呪詛は解きました。確かに呪いをかけられていましたね。私の力で呪詛返しもしておきましたよ」


『……そうか。夕凪さんもやるな』


  嵐月が言うと夕凪は不敵に笑った。ちょっと怖い笑い方だ。これは怒らせない方が賢明だと思った。


「嵐月。夜見と戦ったのか?」


『いや。戦闘にはなっていない。こちらが仕掛ける前に逃げられた』


「成る程。夜見に仲間がいても面倒だしな。仕方ない。今日はこれくらいで打ち切りにするか」


  そうだなと嵐月と夕凪は頷いた。俺は夕凪の方を向くと真面目に言った。


「……夕凪ちゃん。何かあっても困るし。今日は送って行くよ」


「うん。そうしてもらえると私も助かるわ」


  夕凪は頷いた。俺は彼女の家の方角に向かって歩き出す。手を差し出すと夕凪はちょっと躊躇いの表情を浮かべる。でもそっと俺の手に自分のを乗せた。ぎゅっと握るとその手は冷たい。温めるように力を込めた。しばらく無言で歩き続けた。見ると夕凪の頬がうっすらと赤い。熱はなさそうなので照れているのかなと見当をつける。


「……雄介さん。あの」


「ん。どうした?」


「こうやってしていると。その。彼女だと思われるよ」


「……俺は気にしねえよ。夕凪ちゃんがいてくれたから今日の件もすぐ片が付いたんだし。これくらいはさせてくれ」


「ふう。無自覚でやってるの?」


「そんな事はないよ。なあ。夕凪ちゃん。俺の呪いも解くと言ってたよな」


  俺が訊くと夕凪は少し目を見開いた。


「……うん。言ってたね」


「……巻き込んでごめん。後、呪いを解くの。うまくいくといいな」


「そうだね」


  俺は夕凪の返事を聞いて立ち止まる。彼女の肩に腕を回してそっと抱きしめた。ほのかに甘い香りが鼻腔に届く。しばらくそうしていたのだった。

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