第16話

   翌日、俺は夕凪と一緒に怜の住む二つ隣の街までやってきた。


  電車でだが。とりあえず、見舞いと称して怜のご両親から話を聞いてみようという事になったのだ。後、周辺を捜索もする。もし、怜の熱が下がっているようなら本人からも話を聞こうと取り決めていた。嵐月は蒼月と共に別行動だ。何でも一族の長老に知恵を借りに行くらしい。呪いについての対処法を訊くと言っていた。夕凪は俺とテクテク歩きながらふうと息をつく。


「……雄介さん。怜さん大丈夫かな」


「……そうだな。俺も心配ではある」


  二人して言いながらも足は止めない。俺は記憶にある道を選んで右方向に曲がる。確かこっちだったはずだ。そうしてジリジリとした日差しの中、十数分は歩いただろうか。額に汗を浮かべながらも一件の木造住宅にたどり着いた。俺ん家よりも広いし。何より、門構えからして違っていた。怜の家は水之江本家だから家は屋敷と言っていいし庭も広大でちょっとした和風庭園ときた。池には錦鯉も三匹くらいいたはずだ。立派な格子戸付きの門を見て夕凪はちょっと目を見開いた。


「凄い。今時には珍しいお屋敷ね」


「だな。俺も思うよ」


  そう囁き合いながら俺は門にある呼び鈴を押した。ピンポンと鳴りしばらく経ってからインターホン越しに応答があった。


<……はい>


「あの。水之江さんのお宅でしょうか。僕、光村雄介という者です」


<え。光村って言ったら。遠縁の親戚の光村さんですよね?>


「……そうです。ちょっと母から娘さんが体調を悪くされたと聞いて。それで来ました」


<ああ。うちの怜の事を聞いたんですね。もしかして雄介君?>


「はい。父と母はいますか?」


<おられますよ。ちょっと待っててね>


  インターホン越しに聞こえた声は怜のお袋さんらしい。しばらく待っていたらサクサクと砂利を踏みしめる足音が聞こえた。格子戸が開かれる。目の前にちょっと小柄でほっそりとした五十過ぎくらいの女性が出てきた。


「……まあ。本当に雄介君だわ。わざわざ、二つ隣の青葉町から来てくれたのね」


「……はい。お久しぶりです。万理江さん」


「あらあら。さん付けじゃなくておばさんでいいのよ。雄介君」


  そう言って万理江さんはコロコロと笑う。けど隣にいた夕凪を見て驚く。


「え。雄介君。この女の子は……」


「……ああ。俺の友人の妹さんです。ちょっと訳あって一緒に来てもらいました」


「……そう。ああ、暑い中でごめんなさいね。家の中に入ってちょうだい」


  万理江さんは俺と夕凪に中に入るように促した。頷いて万理江さんの後に続く。じいわじいわと蝉の鳴く声が妙に耳に残ったのだった。


  庭を通って玄関に入る。靴を脱いで上がらせてもらう。夕凪も同じようにしている。


「……お邪魔します」


「ええ。上がって。今、お茶を入れるわね」


「すみません。ありがとうございます」


  俺が言うと夕凪も「すみません」と言う。万理江さんはいいのよと笑いながら台所に行った。だが俺は不思議に思った。何で万理江さんが家に居るんだ?親父さんはどうしたのだろうか。気になって夕凪を見る。


「……なあ。夕凪ちゃん。怜のお袋さんが何で家にいるんだろうな。祖父ちゃんが入院しているはずなのに」


「そうだよね。雄介さんのご両親がいるはずなのに。ちょっとおかしいわ」


「だよなあ。後で怜の容態と一緒に訊いてみる必要があるな」


  夕凪も頷く。俺は廊下で彼女と一緒に待つ事にしたのだった。


  その後、万理江さんがリビングに通してくれたのでソファーに座らせてもらう。麦茶とお饅頭を出してくれた。夕凪が「喉が渇いていたんですよ」と言いながら麦茶を飲んだ。万理江さんは近くで夕凪を見ると再び驚いたらしく目を見開いた。


「……本当に見れば見る程、うちの娘によく似ているわ」


「……私。自己紹介をしていませんでしたね。初めまして。雄介さんの知り合いで日野枝 夕凪と言います」


「あら。ええ。初めまして。礼儀正しいお嬢さんねえ」


  万理江さんはそう言って夕凪を見つめる。二人は無言だ。俺は居心地の悪さを感じた。


「……えっと。夕凪さんと言ったかしら。あなた、何をしにうちに来たの?」


「……私は怜さんの呪いを解きにこちらへ来ました。怜さんが水の巫女である事も知っています」


「そう。うちの家の事を知っているのね。日野枝家と言ったら多臣 真夏様の子孫の家だったわね。という事は夕凪さん。あなた、幽霊が見えるの?」


「見えます。雄介さんに協力して悪霊退治もしていますし」


「……だったら。わかるわね。私が何故、ここにいるのかを」


「ええ。水之江さん。怜さんを守る為におられるんでしょう?」


  夕凪がズバリ言うと万理江さんはにっこりと笑った。


「正解よ。雄介君のご両親には病院に行ってもらってるわ。お父さんにもね」


「それで雄介さんのご両親はおられなかったんですね。じゃあ、怜さんの容態と熱を出し始めた時のことを訊いてもいいですか?」


「いいわよ。そうねえ。怜が熱を出し始めたのは三日前だったかしら」


  三日前と聞いて俺はううむと唸った。嵐月が呪われて操られていたあの日だ。という事はあの夜見という女が関係しているな。そう考える。


「……怜の守護龍の蒼月様も呪いだとおっしゃるのよ。道理でと思ったわ」


「何かあったんですか?」


「ええ。怜はずっと「真夏様」と呟いて魘されているのよ。時折、イスズという名前も言っていて」


  真夏様とイスズと聞いてやはりと思う。俺は考えるのを中断して万理江さんに言った。


「……万理江さん。もしよければ。怜に会わせてもらえませんか?」


「……いいわよ。付いて来て」


  万理江さんは頷くと立ち上がる。俺と夕凪は後を付いて行ったのだった。

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