第15話
その後、夕凪が我が家にやって来た。
夕凪は動きやすいグレーのシャツとズボンという格好でいる。俺は玄関で彼女を出迎えた。シャワーを浴びておいて正解だったと思う。さすがに女の子は汗くさいのを嫌うだろうからな。
「……こんにちは。雄介さん」
「こんにちは。来てくれたんだな」
俺が言うと夕凪は履いていたスニーカーを脱いだ。上がりこむと俺に笑いかけた。
「お邪魔します。それはそうと。雄介さん」
「どうした?」
「親御さんはどうしたの。誰もいないようなんだけど」
夕凪はキョロキョロと辺りを見回す。俺は頭をガシガシとかきながら答えた。
「……ああ。ちょっと、はとこの怜が風邪をひいちまってな。怜の祖父ちゃんも病気になって入院してるから俺の両親が看病に駆り出されたんだ」
「そうだったの。じゃあ、雄介さん一人でお留守番ってわけね」
「そうだ。けど一人だと暇でな。夕凪ちゃんが来てくれて助かったよ」
「ふうん。まあ、確かに一人だと退屈よね。あ、話してたら忘れるとこだった」
「え。どうしたんだ?」
夕凪は持っていたトートバッグから何かを取り出した。よく見ると以前にもらったプリンだった。
「……はい。雄介さん、まだ風邪が完治していないでしょ。お見舞いがてらにまた買ってきたんだ」
「ありがとう。ちょっと待っていてくれ。冷蔵庫にしまってくるよ」
「わかった」
夕凪が頷いたので俺はプリンを台所の冷蔵庫に仕舞いに行く。扉を開けて冷蔵室に入れる。パタンと閉めたら急いで廊下に戻った。
「ごめん。んじゃ、リビングに行こう。俺の部屋に嵐月とお袋さん、蒼月さんが来ているから呼んでくるよ」
「……うん。じゃあ、リビングで待ってるね」
「ああ。すぐに戻るから」
俺はリビングに夕凪を連れて行ってその足で自室に向かった。ドアを開けると嵐月と月澪様、蒼月さんは人型になっている。それに驚きながらも皆に呼びかけた。
「嵐月。月澪様と蒼月さんもリビングに来てくれ。夕凪ちゃんが来ましたよ」
「……そうか。わかった。夕凪さんに会おうか」
「嵐月殿。夕凪さんとは?」
「……雄介の知人の女性だ。一緒に悪霊退治をしてもらっている」
「そうか。だったら会おう」
嵐月が簡単に説明すると蒼月さんは納得したのか頷いた。俺は三名を連れて一階に降りたのだった。
その後、リビングに着くと嵐月から先で次に月澪様、蒼月さんの順で中に入った。蒼月さんの姿を見た夕凪は驚いたのか目を見開いた。
「……あなたが蒼月様ですか?」
彼女がそう問いかけると蒼月さんも驚きながらも頷いた。浅くお辞儀をする。
「……ああ。君が夕凪さんか?」
「そうです。本来の名前は日野枝 夕凪と言います。初めまして」
「初めまして。もう既に聞いているとは思うが。私が嵐月の親戚で名を蒼月という。よろしく頼む」
夕凪もソファーから立ち上がるとお辞儀をした。俺は月澪様と嵐月に目配せする。二名はすぐに理解したのか小さく頷いた。
「蒼月殿。挨拶はそれくらいにして。座ろうかや」
「わかりました。月澪様」
蒼月さんが月澪様の勧めを受けてソファーに座る。俺は夕凪の隣に少し距離を取って座った。嵐月は一人掛けのソファーに座った。月澪様が向かい側の蒼月の隣にこれまた少し距離を取って座ったのだった。
「……それにしても。最初見た時は驚いた。本当に怜にそっくりだな」
「……そんなに怜さんは私と似ているんですか?」
「ああ。君と双子だと間違えそうなくらいにはな」
蒼月さんが言うと夕凪はへえと意外そうに言った。それはそうだろうと思う。まだ、夕凪は怜に会った事はないはずだ。
「そういえば。雄介さんからは聞いたんですけど。その怜さんは呪いをかけられたとか。今の状況を聞いてもいいですか?」
「いいぞ。まず、怜は今も高熱が出ていてな。悪夢を見ているのか魘されている」
「……なるほど。熱が出始めたのはいつ頃ですか?」
「たぶん。昨日の夕方だったように思う。体温計か。あれで測ったら三十八度三分出ていた」
「三十八度三分か。かなりの高熱ですね。早めに呪いを解かないと怜さんの負担がかなりのものになります」
確かにと俺は思った。蒼月さんが心配して毛嫌いしているはずの俺にまで頼みにきたんだ。思ったよりも状況は切迫している。夕凪の言葉通り、早めに呪いを解かないといけない。
「……蒼月さん。怜を呪った犯人の手がかりはあるか?」
「……犯人の手がかりか。そういえば、昨日の昼に不審な人物を見かけたな。どうも若い女のようだったが」
俺は若い女と聞いてあれ?と思った。もしや、夕凪が言っていた衣緒依という女が関係しているのではないのか。ふとそう考えていた。けど衣緒依の生まれ変わりが女と決まったわけでもないしな。一人で考え込んでいると嵐月がこちらをじっと見ていた。
「……雄介。何か気づいたのか?」
「え。すまない。ちょっと考え込んでいてな。ううむ。もしかすると今回の件も嵐月の時と同じように。夕凪ちゃんが言っていた女性が関係しているんじゃないかと思ってるんだが」
「……夕凪さんが言っていた女性?」
キョトンとした顔で蒼月さんが言う。それも当然なので俺は簡単に嵐月が呪われた一件を説明した。嵐月を呪った犯人はどうも俺や怜のご先祖と因縁があるらしいとも言った。すると嵐月がはっと我に返ったような顔をする。
「まさか。雄介。その衣緒依の生まれ変わりの女の名だが。私は呪われる寸前に聞いていたな。確か、夜見(よみ)という名だったはずだ」
「……夜見ですって?」
「知っているのか。夕凪ちゃん」
「うん。たぶん、夜見の本名は前野夜見。真夏様と五十鈴の子孫でもあったはずだわ。私は多臣家の分家の子孫だけど。夜見は本家の出身だったわね」
「ふうむ。だとしたら夕凪ちゃんの遠縁の親戚に当たると言う事か」
「……残念ながらそうね」
夕凪は苦笑しながら言った。俺はさてと具体的な事を考え始めたのだった。
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