レモンスカッシュは売ってないのかい?

『全く、あんなヤツをのさばらせておくなんて、上の人達は何考えてるんだ……契約解除モノだぞ普通……?』


 ピクシーが、呆れた様子でつぶやく。

 そんな時、ストーム・ツルギ機の隣に、サハラ・フェイ機が合流した。


『ツルギ! ストーム! 大丈夫やったか?』

「何とかね……」


 ツルギが答える。


『あのスカーレットとかいう奴は何者なんや? アンタらとどういう関係なんや?』


 フェイが、素朴な疑問を口にする。

 自分達の無線を聞いていたのか、とツルギは気付く。

 ツルギは答えに迷う。


「えっと、それは──」

『アイツは、民間軍事会社ヘルヴォルのモンスター傭兵だよ』


 代わりに答えたのは、ピクシーだった。

 民間軍事会社という言葉に、ツルギはストームと一緒に驚いた。


「民間軍事会社!?」

『そう。乗っていたのはグリペン・アグレッサー。グリペンを模擬空中戦用に改造したヤツさ。ヘルヴォルは、アレを使って仮想敵部隊の業務を請け負ってるんだけどね……』


 民間軍事会社とは、簡単に言えば傭兵の会社である。

 とは言っても、直接戦闘に参加するものは少なく、軍の訓練や後方業務の代行を請け負う事が多いのだが。


『ストーム、ツルギ。キミ達は、アイツの事を知ってたみたいだね? 後で詳しく話を聞いてもいいかい?』


 ピクシーに問われて、ストームは振り返ってツルギと顔を合わせる。

 どうするの、と言わんばかりに。


「いい?」

「うん」


 ストームは頷いた。

 それを確かめてから、ツルギは答えた。


「わかりました。でも、どこで話せば──」

『そっちのホームベースにお邪魔させてもらうよ』


 ピクシーは、当然と言わんばかりに答えた。


     * * *


 ムスペル島の上空は、ストームが言った通りスコールが止んでいた。

 まだ湿っている滑走路に、3機のF-16が順番に着陸する。

 ストーム・ツルギ機は二番目だ。

 車輪ギアとフラップを下げ、水平尾翼の根元にあるスピードブレーキを開いた状態で、少し機首を上げながら、滑走路へ少しずつ降りていく。

 危なげなく、滑走路16へ着地すると、タイヤがきゅ、と音を立てた。

 その直後、垂直尾翼の根元から、大きな黄色いパラシュートが開いた。

 ドラッグシュートという、ブレーキ役のパラシュートだ。

 通常より強力なブレーキをかける事ができるので、ムスペル飛行場のような比較的滑走路が短い飛行場に着陸するには最適な装備である。

 ちなみに使用後は切り離されるが、担当の隊員によってきちんと回収されるのでご安心を。


 学生会会長の突然の来訪に、島の誰もが驚いた。

 もちろんそれは、シロハも同じだった。

 一同が駐機場エプロンを揃って歩く中、シロハが問いかける。


「学生会をほっぽり出して、大丈夫なんですか?」

「それなら心配ご無用。あーしには、とても優秀な『相棒』がいるからね」


 ピクシーは得意げに答えた。

 ムスペル島への来訪は、もちろんちゃんとした許可を貰ってのもの。そもそも飛行機は、管制官の許可なしに勝手に着陸場所を変える事はできないのだ。

 それでもアポなしの急な予定変更に変わりはないのだが、迷わず即行動に移してしまう辺り、臨機応変に動ける人なんだなあとツルギは感じていた。


「おっ、自動販売機発見! ちょっといいかい?」


 格納庫の脇に自動販売機を見つけたピクシーは、一言言ってから足早にその前へ向かう。

 何か飲み物を買おうとしているようだ。

 だが、ラインアップを一通り確認した途端、信じられないとばかりに目を見開き、明らかに何かを探している様子で何度も確かめている。


「な、ない……!? ない……!?」

「ど、どうしたんですか?」

「ここ、レモンスカッシュは売ってないのかい?」


 問いかけたツルギだけでなく、他の一同も、帰ってきた答えに一瞬、戸惑った。

 いかにも深刻そうな顔で、飲み物の事を聞いてきたのだから。


「そういう飲み物、ここじゃ滅多に来ないから──そこにないなら、ないと思います、けど」

 まるでスーパーの店員みたいな答え方をしてしまうシロハ。


 途端、ピクシーは愕然とする。


「そ、そんなあ……せっかく気合入れて話を聞こうと思ったのに……レモンスカッシュが飲めないなんて、あんまりだあああ……」


 自動販売機にもたれかかり、がっくりとうなだれるピクシー。

 そこには、頼れる会長としての姿は微塵もない。


「レ、レモンスカッシュで気合入れるんか?」

「そうだよ! レモンスカッシュはビタミンCと炭酸の相乗効果で、飲むと気合が入る魔法の飲み物なんだ!」


 問いかけたフェイに対し、ピクシーは顔を上げて片腕を広げながら力説する。


「大事な時の前には、絶対に飲むと決めているのにいいい……」


 そして、またうなだれて嘆き始めた。

 唖然とする一同。

 そんな中、シロハが提案した。


「だったら、シロハが作りましょうか? ちょうど、レモンと炭酸水ありますし」

「ほ、本当かい!? ありがとう! 恩に着るよ!」


 途端、すくっと身を起こしたピクシーは、目を輝かせてシロハの両手を取る。

 そのままぶんぶんと何度も振る様に、シロハも、見ていた一同も苦笑したのだった。


     * * *


 オフィーリア教官から許可を貰い、旅客機を再利用した寮にピクシーを招く。

 一同共々居間のテーブルを囲むピクシーは、シロハが作ったコップ一杯のレモンスカッシュを一気飲み。


「ぷはーっ! よーし! これで気合は充分!」


 眼差しに力強さを取り戻したピクシーは、改めてストームとツルギに向き直る。


「それじゃ、話を聞かせてもらおうか、ストーム、ツルギ。彼女──スカーレット・アイアンズについて」


 ピクシーを含む4人の視線が、ストームとツルギに集まる。

 そんなストームとツルギは、一度顔を合わせて頷き合う。

 そして、ストームが代表して語り始めた。

 膝に置いた手を、ぐっと拳にしながら。


「あの人は──ツルギの足が動かなくなる原因を作った人なの」


 フライト2:終

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