何とかするから!

「何の真似ですか、スカーレットさん!」

『好きにしていいって言ったから、その通りにしているだけだぞ?』


 あざ笑うスカーレット。

 彼女は、あろう事か自らの機体が発するエンジン排気を直接ぶつけるという暴挙に出た。

 排気という事は、体に毒な事からもわかる通り酸素がほとんどない。

 もしこれを吸い込めば、エンジンが止まってしまう恐れもある。

 エンジンが一発しかないF-16にとって、エンジン停止は致命的だ。


「──っ!」


 ストームはすぐに、機首を下げて抜け出そうとする。

 だが、それを読んでいたかのように、グリペンも降下して正面に立ちはだかり、エンジン排気を吹き付けてくる。


『ほらほら、どうした? 早くしないと落ちるぞ?』


 スカーレットが挑発してくる。

 彼女がやっているのは、完全に煽り運転だ。


「ストーム、どうする──!?」

「大丈夫だよ、ツルギ! 何とかするから!」


 ストームは必死にもがいている。

 それでも、しつこく吹き付けてくるエンジン排気から、なかなか抜け出せない。

 そして遂に、恐れていた事が現実になった。

 耳障りな警告音と共に、『MASTER CAUTION』のボタンと『ENGINE』のランプが点灯。

 エンジンパワーが急激に落ち始め、そのまま静かになってしまう。


「ストーム! エンジンが──!」


 エンジン停止。

 F-16は、自力では飛べない、ただのグライダーと化してしまったのである。

 幸い、自動的に緊急用の発電装置が作動するので、車のエンジンを切った時のように、コックピットのディスプレイが一斉に消える、なんて事は起きていない。


「エンジン再始動!」


 ストームはすぐさま、『MASTER CAUTION』ボタンを押して警告音を消し、対策を打とうとするが。


『させないよ!』


 いつの間にか右隣に回り込んでいたグリペンが、主翼の先端を軽く引っ掛けてきた。


「あっ!」


 不意を突かれたストーム。

 主翼の先端を引っ掛けられたストーム・ツルギのF-16は、たちまち、姿勢が崩されてしまった。

 機体が左に傾き、そのまま下を向く。


「うわああああっ!」


 何とか踏ん張ってきりもみ状態は回避できたが、機首が下がってしまったため、エンジン再始動どころではない。

 エンジン推力がない以上、上昇する力はほとんどないのだ。

 まずは姿勢を立て直して安全を確保しなければならないのだが、スカーレットの嫌がらせは、まだ終わりそうにない。


『さあ、喚け喚け──!』


 さらに追い打ちをかけようと、グリペンが近づいてくる。

 もはやグリペンを何とかして排除しないと、本当に墜落するかもしれない。

 だが、その術は持ち合わせていない。

 このままいいようになぶられるしかないのか、とツルギが思った、そんな時。


『お待ちなさーい! 傭兵さん!』


 突然、どこかで聞いた事がある声が無線で聞こえた。


『──アレ! 後方!』


 サハラが、何かに気付いた様子。

 見れば、真後ろから機影が1機。

 別のF-16だ。


『ちっ』


 スカーレットが舌打ちした直後、グリペンが離れた。

 直後、F-16がすれ違う。

 背中に『コブ』がない単座機。しかも、垂直尾翼には、バインドルーンの紋章を加えた鷹と、『F-16 30TH』という文字が大きく描かれていた。

 その識別番号シリアルナンバーは、「90-1001」。


「F-16A!? 30周年塗装機!? もしかして──!」


 ストームが、驚いている。

 直後、紫のヘルメットを被ったパイロットが、堂々と名乗りを挙げる。


『学生会会長ピクシー・バレット、推参!』


 乗っていたのは、ファインズを発つ時にIDタグを渡しに現れた、学生会会長だった。


「会長さん……!」

『ほら、早くエンジン再始動を!』

「あ、了解!」


 喜ぶストームに、エンジン再始動を促すピクシー。

 早速ストームは機体を水平にして安定させ、再始動の手順を踏み始める。

 その間、ピクシーのF-16はグリペンと対峙する。


『いくら何でもおイタが過ぎますよ、傭兵さん? これ以上続けるなら、会社に苦情を入れさせてもらいますが?』


 会社、という言葉がツルギは気になった。

 先程の傭兵という発言も相まって、どうやら彼女は正規の軍人ではないらしい。


『く、生意気なガキが……!』

『あーしともやる気なら、受けて立ちますよ? もっとも、、の話ですけど』

『……!』


 ピクシーの指摘に、スカーレットは反論できない。

 グリペンはF-16よりも小さいため、当然燃料搭載量にも限りがある。

 それ以前に、先程まで普通に模擬戦をしていたなら、その分燃料を消費して飛行に制約が出るのも当然である。

 それを知っていた辺り、問答ではピクシーの方が上のようだ。


『寄り道するなら、もっと余裕のある飛行機を選ぶ事ですね。このF-16のような』

『バカにするな! そっちだって大差ないだろう!』


 そんな時、機内に再びタービン音が響き始めた。


「再始動、よし!」


 ストームが、エンジン再始動を完了させたのだ。

 こうして、危機は抜け出せた。


『……運がよかったな、ストーム、ツルギ。今日のところはこのくらいにしてやる』


 そんな捨て台詞を残して、グリペンは去っていく。

 F-16だけが残った空は再び、平穏を取り戻したのだった。

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