赤い、グリペン──!?

「コロッセオ?」

『一言で言えば、ウチら戦闘機乗りに与えられた闘技場やな。射爆撃場があるフリスト諸島の上やから、空対空・空対地どちらもできる貴重な演習エリアや。民間機は入れへんから、飛行制限も特になし。戦闘機乗り達が、己の限界を試す場所とも言えるな』

「へえ……でも、どうしてコロッセオなんだ?」

『何でも、空域がだいたい円形になっているから、らしいで』


 フェイが説明していると、ソレイユから無線が入った。


『タイガーアイよりレインボーへお知らせです。B7空域へ接近中ですから、方位を240へ変更してください』

『方位240、了解』


 ソレイユの少し真面目な呼びかけに、応答するフェイ。

 ちょうど南に進んでいた2機は、軽く右旋回を開始する。

 コロッセオと呼ばれる空域を、迂回する形になる。

 迂回しろという事は、そこに入ってはいけないという事を意味している。

 だからか、フェイがソレイユに確認する。


『タイガーアイ。つかぬ事を聞くが、コロッセオは今使用中なんか?』

『そうですね。今は空中戦実習の真っ最中です。巻き込まれたら大変ですよ?』

『了解。そりゃ危ないな』


 空中戦という事は、激しく動き回る戦闘機がいるという事。

 その中にうっかり入り込んでしまえば、空中衝突の危険がある。


「あの向こうで、誰かが模擬戦してるんだ……」


 ストームが、南側を見ながらつぶやく。

 あと1週間待たないとできない模擬戦に、思いを馳せているようだった。


「そうだ」


 するとストームは何か思いつき、HUD下にあるテンキーを操作し始める。


「何やってるんだ?」

「ちょっと無線だけでも、聞けないかなって」


 ストームは、まるでラジオでも聞くような感覚で、ツルギに答えた。

 テンキーを打っているのは、恐らく無線の周波数を合わせているからだろう。


「そ、そんな事していいのか?」

「聞くだけ。聞くだけだから。これかな? うーん違う。じゃあ、これかな?」


 とはいえ、当てずっぽうで入力しているからか、なかなか合わない。

 最初に聞こえてきたのは、なぜかどこかの空港の気象通報だった。

 ああでもないこうでもない、とばかりにテンキーを打ち続けた末、


『──早くしろ! 2機でカバーに行くぞ!』

『パープル2、交戦!』

「あ、これじゃない?」


 ようやく、それらしき無線を聞く事ができた。


『ダメだ、逃げられない! やられた! イエロー1、離脱する!』

『何だこいつ、早い──!?』

『パープル2、やられた! すまない!』

『おいおい待て待て! たった1機の相手に全滅させられるぞ!』

『く、来るな──っ! 来るなバケモノ──ッ!』


 だが聞こえてくるのは、切迫した声ばかり。

 一方的にやられているようにしか聞こえない状況に、ストームも困惑している。


『イエロー2もやられた!? まさか、俺独り!? 待ってくれ! あんなの1機じゃ無理だ! 降参だ! 降参します!』


 遂には、降参とまで言い出す始末。


『……それは、「殺してくれ」と解釈して、いいんだな?』


 突然、魔女のような女声が耳に入った。

 途端、ツルギの体に悪寒が走った。

 聞き覚えのある声だったからだ。


『違う! 降参です! こ、う、さ、ん!』

『そんな命乞いが通じるほど、戦場は甘くないって事を、教えてやるよ!』

『うわあああ! 助けて、助けてええええ!』


 どうやら決着がついたらしい。

 そこでストームは周波数を元に戻し、聞くのを止めた。

 本物の戦場かと勘違いしてしまうかのようなやり取りを聞いてしまっては、聞き続ける気が失せてしまうのも無理はない。

 だが本当の問題は、そこではない。


「ツルギ、今の声──」

「ああ、僕もそう感じた」


 どうやらストームも、声について同じ感想を抱いたらしい。


「でも、そんな事あるのか──?」


 だが、そんな事はあり得ない。

 なぜから、記憶の中にある声の主は、この国にはいないはずだから。

 しばし、場が沈黙する。


『レインボーへ! そちらへ他機が接近中! ただちに降下してください!』


 そんな時。

 突然、ソレイユの緊迫した声がして、はたと我に返った。

 他機が接近しているから降下せよ、という知らせは、そのままだと空中衝突する危険がある事を意味する。


『他機は8時の方向です! えっと、機種は──とにかく降下を!』

『8時!? こっちからだと見えへん──!』


 ソレイユに促されるまま、時計に例えて8時の方向に振り返る一同。

 そこに見えたのは、瞬く間に大きく見えてくる何かの影──


散開ブレイク!」


 ストームは、反射的に操縦桿を押していた。

 右手側にある操縦桿は、ほんの少ししか動かないが、それでもストームの操作はしっかりと機体に伝わった。

 がくん、と機首が下がり、重力に身を任せるように降下。

 その直後、影が頭上を通り過ぎた。

 その衝撃に機体が激しく揺れた。


「──っ!?」


 ニアミス。

 あと1秒反応が遅かったら、衝突していたところだった。

 一体何なんだ、と思いながら、飛んできた相手を見たツルギは、絶句した。


『F-16やない!?』


 フェイの言う通り。

 垂直上昇をしている相手は、F-16ではない。

 三角形の翼の前に、尾翼代わりのカナード翼がついた、カナードデルタと呼ばれる姿。

 その全身は、見覚えのある赤と黒のツートンカラ―に塗られていた。

 ストームが、つぶやいた。


「赤い、グリペン──!?」

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