雲外蒼天、だね

 2機が「16」と書かれた滑走路に入って停止した頃、空はいつの間にか昼とは思えないほど暗くなっていた。

 キャノピーに落ち始めた雨粒はすぐに強まり、かなりの土砂降りとなった。


『うひゃー、降ってきたな!』


 フェイがつぶやく。


「すごい土砂降りだ……」


 これが、熱帯のスコールか。

 ツルギは、一抹の不安を覚える。

 戦闘機には、自動車と違ってワイパーはついていない。

 そのため、外がかなり見え辛くなってしまった。

 幼い頃、車に乗っていた時にゲリラ豪雨に遭遇した時を思い出す。

 いくらワイパーを動かしても前が見えないのは、直接運転していなくても恐怖を抱いたのを覚えている。


「大丈夫。いつものスコールだから、帰ってくる頃には止んでるよ」


 だが、ストームは割と慣れ切った様子だ。


「でも、離陸中に滑ったりしない?」

「滑走路はちゃんと水はけがよくなるようにできてるから、滑らないよ」


 振り返ったストームは、笑んでいた。

 それを見た途端、ツルギの不安が不思議と和らいだ。

 ストームはこの国の現地人だ。こんな状況でも笑えるなら、きっと大丈夫だろうと。


『レインボー、離陸を許可する』


 離陸許可が出た。


『右、ヨシ。左、ヨシ。離陸推力!』


 まずは、サハラ・フェイ機が離陸。

 エンジン出力上昇。

 エンジンノズルがすぼむと共に、機体が水しぶきを上げて滑走を開始。

 そして間もなく、エンジンノズルが再び開いて赤い炎を吹き出した。

 戦闘機の特権である加速装置、アフターバーナーが点火されたのだ。

 大気を震わせる轟音と共に、さらに加速度が増したサハラ・フェイ機は、ほんの17秒ほどで機首を上げ、滑走路から飛び立った。


「あたし達も離陸するよ!」


 その後に、ストーム・ツルギ機が続く。

 スロットルレバーを押し込んだストームの操作により、機体はアフターバーナーを点火して加速。

 すると、加速の勢いが天然のワイパーとなって、雨粒が後方に払い除けられる。

 機体が滑走路を走っているのが、見えるようになった。

 そのまま、サハラ・フェイ機の後を追いかけて、滑走路から飛び立った。

 雨の中でも、全く危なげがない離陸であった。

 その後は2機共アフターバーナーを消し、左エシュロン編隊で合流。

 緩やかに上昇を続けると、すぐに雲の中に入り、また視界が遮られる。

 だがそれも、ほんの束の間。

 すぐに眩しい太陽光が差し込んできて、ツルギは目が眩みそうになった。

 青空だ。

 振り返れば、島にスコールを降らせていた入道雲が見える。


「雲外蒼天、だね」


 ストームがつぶやいた。


 今回のフライトはあくまでも「慣らし運転」なので、特別な事は何もない。

 ただ、予め決められたルート通りに、ゆったりと飛ぶだけ。

 とはいえ、ただ飛んでいればいい訳ではない。

 空の上にも、交通ルールというものはある。

 だが、空には信号機も標識もない。

 そのため、空域を見張る管制官と連絡を取り、その指示に従わなければならない。

 言わば管制官は、空の交通整理役なのだ。


『タイガーアイ、タイガーアイ、こちらレインボー。どうぞ』

『こちらタイガーアイ! レーダーで捉えました! レインボーの皆さん、またお会いしましたね! ソレイユです!』


 フェイが無線を繋げると、陽気な少女の声が返ってきた。

 管制官候補生・ソレイユは、まるでラジオパーソナリティのように呼びかける。


『そのままの進路と高度で安全飛行を続けてくださいね! もしコース変更のリクエストがあれば、いつでもご連絡を!』

『了解。レインボーは現在の進路と高度を維持。終了』


 無線は一旦終了。

 こうなると、操縦に関わらない後席に座るツルギとフェイは、ほとんどやる事がない。


『はあ、平和やなあ……』


 青空を見上げているフェイは、退屈そうだ。


『何か麻雀の本でも持って来ればよかったなあ……』

『ふぇーいー?』

『わかっとる、わかっとる。言うてみただけや』


 サハラに注意されるほど、暇を持て余している。

 無論それは、ツルギも例外ではない。

 ほとんど遊覧飛行も同然なフライトなので、つい何かお菓子でも食べられたらいいのに、と考えてしまう。

 だが、ストームは真剣に計器を見張っている。

 操縦自体は既にオートパイロットなので彼女の手を離れているが、もしもに備えて、計器は常に見張っていなければならない。


「ねえツルギ」

「何?」

「確か、この先進んだら訓練空域だったっけ?」


 ストームに聞かれたツルギは、計器盤のディスプレイに目を向ける。

 そのひとつに、カーナビのようなデジタル地図が映っている。

 とはいっても、海の上なので地形などは何も映っていない。

 代わりに、これから向かうルートが線で示されているのだが、その先に、線で区切られたエリアがあるのがわかる。

 ストームの言う、訓練空域だ。

 軍隊が使う練習場のような場所なので、基本的に民間機は立ち入れない空域である。もちろん同じ軍用機でも、用がないなら立ち入るべきではない空域である。


「本当だ。えーっと名前は──」

『B7空域。通称「コロッセオ」やな』


 ツルギが名前を思い出そうとした矢先、フェイが答えた。

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