エンジン始動!
「そういえば、ストーム」
その前に、ツルギはふと気付いた事をストームに問う。
「え、何?」
手を動かしながら振り返るストーム。
マスクがついていないので、その素顔ははっきりとわかる。
だが、それが問題だった。
「さっきから気になってたんだけど──マスクは、どうした?」
ストームの青いヘルメットには、酸素マスクがない。
代わりに付いているのは、ヘッドセットに付いているようなマイクだった。
「マスク? つけてないんだ、どうせすぐ壊れちゃうし」
「ええ?」
ツルギは耳を疑った。
昨日飛んだ時もストームの酸素マスクが不調で、ストームもよく壊れると言っていた。
どうやら、外すのを断念するほど深刻らしい。
なぜストームにだけそんな事が起こるのか、ツルギは疑問に感じてしまう。
「大丈夫、なのか?」
「教官からも許可はもらってる。いざとなったらつけられるようにしてあるから大丈夫」
ストームは、左手で酸素マスクをツルギに見せた。
とりあえず、それなら安心だ。
「わかった」
そんな時。
『アーアー。ただいまマイクのテスト中、っと。お兄ちゃん、お姉ちゃん、聞こえる?』
急にヘルメットに内蔵されたヘッドホンから声が入った。
シロハの声だ。
ストームが機体の内部電源を入れたらしい。
「はーい、聞こえるよシロハ!」
手を振りながら元気よく答えるストーム。
外を見ると、通信用のマスクとヘッドセットを付けたシロハが立っている。
ヘッドセットから伸びているコードは機体へ繋がっており、インカム形式でパイロットと会話する事ができるのだ。
「こっちも聞こえるよ、シロハ」
『OK! さ、準備できたらエンジンスタートして!』
「はーい!」
元気よく返事したストームは、左手で隣の機体にいるサハラへ合図を送る。
それから、スイッチを入れた。
「それじゃ、JFS始動!」
狭いコックピットに、駆動音が鳴り始める。
だがこれは、ジェットエンジンの音ではない。ジェットエンジンを始動するための、JFSというAPUの音だ。
まずAPUの始動から始めるのは、M-346と同じである。
「──」
ツルギはじっと、計器盤右側のタコメーターを注視する。
0を差していた針が、少しずつ動き始めた。
20まで増えたところで、
「エンジン始動!」
ストームが右スロットルをゆっくりと押し込む。
タコメーターの数字がさらに増えるのに合わせて、JFSの駆動音に、甲高いタービンの金属音が混じり始める。
そして60に達したところで、胴体の脇から一瞬黒い煙が噴き出し、JFSが完全に停止。
機体各部のライトも点滅を始めた。
F100-PW-220エンジンが、完全に立ち上がった証だ。
「燃料、油圧、ノズル、回転数、温度、異常なし! 快調だね! それじゃ、キャノピー閉めるよ!」
ストームの操作で、上向きに開いていたキャノピーが閉じる。
閉じた時には、がちゃんこ、とストームがつぶやいた。
これで出発できるかと言うと、そうではない。まだまだ設定やチェックしなければならないものがたくさんあるのだ。
『Pull up! Altitude! Warning! Jammer!』
警告装置をテストし、警告ランプが全部点いたのを確認。
次に、機体のシステムに電源を入れ始める。
計器盤の3つのディスプレイや、正面のヘッドアップディスプレイに電源が入り、コックピットが少し明るくなる。
次に、飛行制御システムをチェック。
機体各部の舵が、まるで準備体操をするように自動で動き出す。
その様子は、機体の周囲にいる2人の整備士がしっかりと見守っている。
機体の真正面に立つシロハも、その1人だ。
機体に繋いだインカムで、コックピットへ呼びかけてくる。
『調子よさそうだね! じゃ、手動チェック行くよ!』
「はーい!」
彼女のハンドシグナルに合わせ、ストームが右手で握る操縦桿を操作。
舵がリズムよく動く。
終了後、シロハがサムズアップした。OKのサインだ。
その後も、シロハは他の整備士共々大忙し。
ストームとツルギがコックピットで設定を続ける間、機体の各部をぐるりと回って確認し、異常がないか再確認。
こうして10分ほどかけ、2機のF-16は全ての準備を整えた。
そして、昨日と同じようにフェイが代表して移動許可を管制塔に取る。
『よし、移動許可が出たで! ほな、ほな、天気が変わる前にさっさと出発や!』
「了解。シロハ、車輪止めを外して」
『了解!』
ツルギが呼びかけると、シロハがもう1人の整備士達に合図を送る。
すると、腹に回り込んだもう1人の整備士が、車輪につけられていた車輪止めを外す。
これで、機体は自由に動けるようになった。
『じゃ、コード外すからね! 2人共、思いっきり飛んでおいで!』
「ありがとー、シロハ! 行ってきまーす!」
ストームのサムズアップを見た後、シロハは機体と繋がる通信用コードを外した。
そして簡易シェルターの外に出て十分離れ、左斜め前に立った時、サハラ・フェイ機が動き出して右折したのが見えた。
そのまま前を通り過ぎた直後、シロハがハンドシグナルを送る。進め、の合図だ。
ストームがスロットルレバーを僅かに押す。
するとエンジンの回転数が上がり、ウィィィン、と独特な駆動音と共にノズルがすぼむ。
こうして機体は推進力を得て、ゆっくりと進み始めた。
簡易シェルターを出て、ツートングレーの機体が常夏の日差しに晒される。
シロハのハンドシグナルに従って、右折。
機体がその横を通り過ぎようとした時、敬礼を交わす3人。
そしてシロハは、軽くジャンプして左翼の端にあるランチャーにハイタッチ。
「いってらっしゃーい! うわったたた!」
その後、手を振ってストーム・ツルギ機を見送ろうとしたが、自分に向けられたエンジンノズルから吹き出す熱い排気を浴びると、慌てて背中を向けて屈み込んだ。
こうして2機が滑走路に向かっていく中、空からは巨大な入道雲が迫りつつあった──
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