じゃあ、あたしと先にしよっか?

「ナイスミドル……その根拠は?」


 ストームに問われると、シロハの視線が強気に鋭くなったのがサングラス越しにも見えた。


「旧式でも、伸びしろがあって今でも通用する機種ですし、信頼性も充分! ヨーロッパの空軍から退役した機体でも、あちこちから引く手数多な人気者! ですから、皆さんはどうか、安心して乗って欲しいんです! シロハ達整備士達が保証しますから!」

「おおー! 乗るー! あたし乗るー!」


 その心意気に感激したストームが、拍手する。

 それに釣られてか、サハラも続けて拍手していた。

 2人のリアクションに、ツルギとフェイは少し戸惑う。

 が。


「……シロハ君。ここはプレゼンテーションをする場所じゃないのだけれど?」


 オフィーリアからは苦言を呈され、場が一瞬で凍り付いてしまった。

 もちろんその後、シロハはF-16Bの詳細をきちんと説明したのは言うまでもない。


 いよいよ駐機場へ出て、離陸する時が来た。

 簡易シェルターの下へ向かったストームとツルギは、これから乗り込むF-16Bを目の当たりにする。

 識別番号シリアルナンバーは、「93-1033」。主翼下には、増槽という追加燃料タンクを2つ装備。

 もちろんコックピットの左脇には、大きなタラップが設置されている。

 ストームはそんな033号機の周囲を反時計回りに回りながら、異常がないか点検する。

 最初は旧式だとがっかりしていたのが嘘のように、しっかりと点検している様子だった。


「シロハ、ありがとう。ストームもすっかりやる気になってるよ」

「それはよかった。教官には注意されちゃったから、多分減点だけどね……」


 シロハは苦笑して言った。


「終わったよ、シロハ!」

「あ。じゃ、これ書いて!」


 点検を終えて戻ってきたストームに、シロハは書類を差し出す。

 それにサインしたら、いよいよ乗り込むのだが。


「じゃ、お兄ちゃん。がんばってね」


 シロハは、不意にサングラスを外したと思うと、いきなり目を閉じて顔をツルギの頬に近づけてきた。


「ちょ、ちょ、ちょっと!」


 何をする気なのかがすぐわかったツルギは、慌ててシロハを止める。

 幼い頃よく交わしていた、親愛の口づけ。

 昨日再会した時は突然の事で止められなかったが、今回ばかりは止めなければならない。


「もう子供じゃないんだし、奥さんもいるんだから少しは──」

「大丈夫。お姉ちゃんの許可は取ってるから」

「へ?」


 予想外の返答だった。

 意味が理解できずにいるツルギを、くすくす、とストームが笑っている。


「じゃあ、あたしと先にしよっか?」

「うん!」


 歩み寄ったストームとシロハは、ツルギの目の前で、互いの頬に口づけ合った。


「ええ……」


 ツルギは戸惑うばかりである。

 シロハが自分以外の相手に親愛の口づけをするようになった事も驚きだが、退路を断たれてしまっては、もはやシロハを止める事はできなくなってしまった。


「ほらね、お兄ちゃん?」

「わ、わかったよ……」


 ツルギは渋々目を閉じて、頬への口づけを受け入れる。

 そして自らも、シロハの頬へ口づける。

 意味合いが違うものとはいえ、妻の前で他者と口づけを交わすのは、やはり背徳感がある。


「やっぱりこれ、今やるのは恥ずかしいな……」

「ええー? お姉ちゃんとは気兼ねなくイチャイチャできる人の言葉とは思えないねー?」

「あ、あのねえ……」


 からかってくるシロハに、苦笑しながら反論すると。


「じゃ、次はあたしと!」


 今度はストームの両腕が伸びてきて、顔を真横へ向けられると、ストームが唇を重ね合わせてきた。


「……!」


 たったそれだけで、何か薬でも打たれたように抵抗力を奪われてしまうツルギ。

 ストームとの、甘く酔いしれるような性愛の口づけは、思わずずっと続けたくなってしまうほどの魔力がある。

 だが今できるのは、ほんの数秒だけ。


「がんばろうね」

「あ、ああ……」


 離れた唇が名残惜しく感じてしまった自分を恥じて、変な返事しかできなかったツルギであった。

 そんな2人を、外したサングラスをかけながらニコニコと見守るシロハ。


「な、何やっとるんや家族ぐるみで……」


 一方フェイとサハラは、遠目から3人の様子を見て唖然としていた。


 昨日と同じように、ストームに持ち上げてもらってコックピットの後席に入れてもらう。


「おお……!」


 途端、息を呑んだ。

 アメリカ留学以来となる、懐かしいコックピットだ。

 F-16のコックピットは、飛行機のコックピットとイメージして誰もが思い浮かべるであろうものとは異なる。

 操縦桿は両足の間ではなく右手側に置かれ、左手側のスロットルレバーと相まって、まるでSFに出てくるロボットのコックピットだ。

 もちろん計器盤は、ディスプレイが並ぶグラスコックピット。

 ただ、ツルギの記憶では2つあったディスプレイが、3つに増えている。

 これこそが、改修されている証である。

 そして、視界もとてもいい。かつて「でかい鉛筆に跨ったよう」と形容されたのも頷けるほどだ。


「どうお兄ちゃん、やれそう?」

「やってみる」


 コックピット脇に上がってきたシロハに手伝ってもらいながらシートベルトを締め、ややリクライニング状態でセットされた射出座席に体を固定する。


「それじゃタラップ外すから、後でね」


 シロハが離れ、タラップが外される。

 ツルギとストームは、ヘルメットをしっかり被る。

 準備完了。

 いよいよエンジン始動の時が来た。

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