シロハを、お兄ちゃんの家政婦にして

 その夜。

 ツルギ達は歓迎の印として、シロハの手料理を振る舞われた。

 旅客機を再利用した学生寮で初めて食べる料理は、手料理という範疇で見てもかなり豪華なものだった。

 温かいポトフに口を付けた途端、ツルギはそのおいしさに驚いた。


「どう、お兄ちゃん?」

「すごいよシロハ、文句なしにおいしいよ」


 いつの間に、こんなに料理が上達していたなんて。

 ツルギは、妹の成長を実感する。

 ストームも、すっかり気に入った様子だった。


「うんうん! こんな手料理が作れる人なんて、この国じゃ貴重だよ!」

「え、そうなのか?」

「ウチらは食事なんて、ほとんど外で済ますからな。家にキッチンがあるだけでもすごいで」


 ツルギの疑問に、フェイが答える。

 どうやらこの国は、自炊そのものが珍しい文化のようだ。


「しかし、こりゃうまいで! もう一杯くれ!」

「さはらモ!」


 フェイもサハラが、揃っておかわりを要求。

 シロハの手料理は、歓迎としては大成功だろう。


「はいはーい! シロハに、お任せあれー!」


 シロハも楽しそうだ。

 ツルギは、彼女のそんな様子を見たのは初めてだった。


「……そうだ、シロハ」


 故に、ふと思い出してシロハに問うた。


「母さんは、元気にしてる?」

「え。そ、それは──」


 シロハが、急にポトフをすくう手を止めて、俯いた。

 サングラス越しでも、視線が泳いでいるのがわかる。


「……シロハ?」


 だがシロハは、意を決したように食器を静かに置き、答えた。


「母さんはね、行方不明なの」

「ゆ、行方不明!?」


 突然出てきた物騒な言葉に、ツルギは耳を疑った。

 もちろんそれは一同も同じで、視線がシロハに集まる。


「10年前のあの日──シロハが学校に行っている間に、家が津波に呑まれて、それっきり」

「10年前って、離婚してスルーズ諸島に帰ってすぐじゃないか!?」


 淡々と語られる衝撃の事実に、唖然とするツルギ。

 だが、彼以外にとっては、全くついて行けずに戸惑う話である。

 もっともストームだけは、事情を理解したからこそ驚いた様子だったが。


「ちょ、ちょい待てや! アンタらのご両親、離婚してたんか!? つーか、スルーズ諸島に帰ったって、どういう事や!? 全然話が理解できないんやが!?」


 フェイが、困惑気味に問うてくる。

 ツルギは、説明するべきか一瞬迷った。

 だが、シロハが先に口を開いた。


「シロハ達はね、10年前までは日本で一緒に住んでたの。でも、両親が離婚する事になって、シロハは母さんに連れられて、この国に来たの。母さんは、日系のスルーズ諸島人だったから」

「そうやったんか……」

「なのに、あんな目に遭って──これも全部、シロハのせいなの」


 突然出た自虐の言葉に、3人が凍り付く。


「こんな欠陥品な体に生まれたせいで、父さんは俺の子じゃないんじゃないかって疑ったみたいでね。血縁関係が証明されても、母さんとはずっとギクシャクしたままだったし、シロハもよく殴られた……母さんも、シロハを産んだ事を後悔してそうな節があった……離婚してやっと普通になれると思ったら、母さんまでいなくなっちゃって──シロハは呪われてるって思っちゃったよ、何度も……」


 シロハは自分の両掌を見ながら、悲しく語り続ける。

 空気が一気に重くなり、何も言えなくなる一同。


「シロハ……」


 ツルギもまた、自分がいない時に味わっていた辛さを察して、それしか言えなかった。


「でもね。お兄ちゃんだけは、シロハの事をいつも気遣ってくれた、たった1人の本当の家族だった。いつか夢を叶えたら会いに行くよって約束して、これをくれたから、シロハはどんなに辛くてもここまで生きられたの」


 シロハは、白バラのヘアピンを外して、それを眺めながら言う。

 幼い頃の約束を思い出したツルギは、何だか恥ずかしくなってくる。

 夢を叶えたら、なんて大口を叩いておいて、今はまだその途上。

 それどころか、事故で足が動かなくなってしまい、一度は心折れかけてしまったのだ。

 少し前なら、合わせる顔がないと思ったかもしれない。

 そういえばシロハは、まだ一度もその事を聞いて来ない。

 ひょっとしたら気を遣われているのかもしれないと思ったツルギは、


「なんか、ごめんなシロハ。こんな不甲斐なくなっちゃった兄貴で……」


 自然と、足元を見下ろしながら謝っていた。

 今こそ、自分の口で事故の事をちゃんと話すべきだと思ったのだ。


「なんで謝るの?」

「だって僕は、もう足が──」

「その事なら気にしないで。事故の事は、少しだけ調べたから」


 少し驚くツルギ。

 シロハは、事故の事も既に知っていたのだ。


「最初はショックだったけど、身を挺して大切な人を止めようとした行動が、巡り巡ってシロハとまた巡り合わせてくれたんだから、神様はちゃんと見てくれてるんだなって気付いたの。シロハは、そんなお兄ちゃんを誇りに思うよ」

「シロハ……」


 笑みを見せながらそう言われてしまうと、ツルギも胸が暖かくなるのを感じた。

 そしてシロハは、ヘアピンを付け直すと、代わりにサングラスを外してツルギに歩み寄り、


「だからね、お兄ちゃん。ひとつ、お願いがあるの」

「お願い?」


 両膝をついて座ってから、顔の前で両手の指を組みツルギを見上げる。

 それは、ツルギに本気で何かを頼み込む時にする仕草だった。


「シロハを、お兄ちゃんの家政婦にして」

「へえ、家政婦かあ……」


 ついその言葉を繰り返してしまったツルギは、それが何を意味するものか気付いて、他の3人と声を揃えて驚いた。


「か、家政婦!?」

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