これが、学生寮?

「うわあ……!」


 案内された場所を見て、ツルギ達は思わず声を漏らした。

 海原を見渡せる崖際に、旅客機がまるごと1機置かれていたのだ。


「737じゃない!」


 ストームが嬉しそうに叫ぶ。

 旅客機としてはそれほど大きくはないが、やや尖った機首が特徴のこの機体──B737は、今でも空港でよく見かけるポピュラーな機体のひとつだ。

 しかし、主翼が付いている胴体の中央部分には屋根がついており、左翼側には折り返しがついたスロープが伸びている。


「これが、学生寮?」

「そう! 廃棄された旅客機を再利用したものなの! 元々は違う施設だったんだけど、お兄ちゃん達が来る事が決まって学生寮になったんだよ!」


 ツルギが聞くと、シロハは得意げに答える。

 飛べないとはいえ、まさか飛行機の中で暮らせるとは。

 そう考えただけで、ツルギは胸が躍った。きっとそれは、他の3人も同じだろう。


「では、後は任せるわ」

「はい! さ、入って入って!」


 オフィーリア教官が引き返す一方で、一同はシロハの案内で、スロープを昇っていく。

 左翼の根元は玄関になっていて、そこから中に入ると居間になっていた。キッチンもついている。

 一同は、そんな居間の脇に荷物を置き、きれいな内装を見回した。


「おお、結構きれいやなあ」

「見テ、べらんだ!」


 サハラが指さす、反対側の右翼の根元は、ベランダになっていた。

 建物に比べれば小型旅客機の中は広いとは言えないが、思った以上に広々と使えそうだと、ツルギは思った。


「部屋は、機首の方と尾翼の方の2部屋。機首の方は、コックピット部分にベッドがあるんですよ」

「えっ、本当? 見てもいい?」

「どうぞどうぞ」


 シロハの説明を聞いたストームが、真っ先に車いすを押して機首側の部屋へ向かう。

 部屋はちゃんとバリアフリーが考えられているらしく、段差がないので車いすでもストレスなく進めた。


「うわあ、すごーい!」


 ドアを開けた途端、ストームの目が輝いた。

 そこは、確かにコックピットだった。

 2つ並ぶパイロット用の座席部分が、ちょうどベッドに置き換えられている。


「ひゃー、こりゃテンション上がる部屋やなあ! なあサハラ?」

「ウン、ウン!」


 後から追いかけてきたフェイとサハラも、同じように目を輝かせている。

 だがここで、1つの疑問が浮かぶ。


「で、誰がこの部屋に?」

「え? それは、まだ──」


 ツルギが聞くと、シロハはそう答えた。

 どうやら、誰がここを使えるのかは、まだ決まってないらしい。

 それを知るや否や、


「あたし、こっちがいい!」


 ストームが、真っ先に手を上げる。


「ウチもや!」


 だが、フェイもすぐに手を上げた。

 すぐに、2人の視線がぶつかり合う。


「ちょっと! 先に言ったのはあたしなんだけど!」

「誰も早い者勝ちとは言うとらんやろ!」


 たちまち一触即発ムード。

 2人は、それぞれのパートナーに確認する。


「ツルギは、こっちがいいんだよね?」


 ツルギは、一転した空気に戸惑いながらも頷く。


「サハラ、こっちがええんやろ?」


 サハラも、同じように頷く。

 ストームとフェイは、改めてにらみ合う。


「そういう訳だから、ここは譲らないよ!」

「それはこっちの台詞や!」


 見えない火花が散っている事が感じ取れるほどのにらみ合い。

 何かが起こりそうな予感がしたツルギは、2人を何とかなだめようと思ったが、まるで入り込める隙がない。

 それは、サハラも同じようだった。


「じゃあ、ここは一発、この部屋を賭けて勝負します?」


 代わりにシロハが、そんな提案をした。

 ただ彼女は、2人の対立を面白がっているように笑んでいた。


「いいよ! 何で勝負する?」

「そんなの、決まっとる!」


 フェイはそう言って、堂々と居間に引き返す。

 そして、置いて来ていた大きなバッグをこじ開けた。


「4人全員で今すぐできる奴を、ウチは持っとるからな!」


 そして、何か大きなものを取り出して、堂々と見せた。


「麻雀や!」


 それは、麻雀で使う雀卓であった。

 折り畳み式のようで、結構コンパクトなサイズである。


「え!?」


 途端、ストームが珍しく動揺した。


「あたし、麻雀のやり方知らないんだけど!?」

「じゃあ、対案はあるんか?」

「う、それは……」


 文句を言っても、フェイが投げ返した問いに、何も答えられないストーム。


「ないなら、不戦勝でウチらの勝ちって事にするで?」

「それはずるいよ!」

「負ケ、認メルノ、大事、ダヨ?」


 歯噛みするストームに対し、フェイとサハラは、既に勝ち誇っている。

 困ったように、視線をツルギに投げるストーム。

 何とかして、と無言の訴えだ。

 とはいえ対案がないのは、ツルギも同じである。

 ただ、フェイの案に別の形で乗る事はできる。


「僕はわかるから、3人でやるのはどうだ?」


 ツルギの提案を聞いて、ほう、とフェイが感心する。

 麻雀は4人でやるゲームと思われがちだが、3人でもできるルールがあるのだ。


「確かにそれなら、早く決着を付けられそうやな……よーし、乗ったる!」

「じゃあ、3人目はシロハがやる! シロハが勝ったら、くじ引きで決めるって事で!」


 そして、シロハも名乗りを挙げる。

 恐らく、1対2になるのを避けるためだろう。

 かくして、役者は揃った。


「決まりやな。そんじゃ、この部屋を賭けて、いざ勝負や!」

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