お兄ちゃんっ! ああ、やっと会えた……!

「オフィーリアさん、どういう事なの!?」


 戻ってきたストームが、オフィーリア教官を問いただす。

 二人一組で乗るつもりで来たのに、二人一組ではほぼ使えない機体を回されたとなれば、さしものストームも納得できない様子だ。


「──それについて、なのだけれど」


 オフィーリア教官は、冷静に答える。


「確かに、本来受領する予定だったのはD型よ。でも、機材繰りの都合でね、受領が大幅に遅れる事になったの。このB型は、言うなれば繋ぎ。少なくとも中間戦技テストまでは、使ってもらう事になるわ」

「そんなあ……」


 がっかりした様子のストーム。


「確かに、このB型は改修済とはいえ、D型に比べれば能力に多少の制約があるわ。それでもコックピットは共通、基本的なシステムも同じ。だから当分のカリキュラムは、F-16の操作に慣れつつ、基本的なコンビネーションを養う事に重点を置く事になるわね」

「そうですか……」

「慣らし運転ができるだけ、まだマシっちゅー事やな……」

「仕方ナイ、ネ……」


 一同は、状況を受け入れるしかない。

 そんな時。


「お兄ちゃーん!」


 不意に、少女の声が割り込んできた。


「……え?」


 懐かしい単語を聞いたツルギは、反射的に反応してしまった。

 振り返ると、その先にツナギ姿の少女がいた。

 小柄だが、胸ははっきりわかるほど大きく膨らんでおり、ポニーテールにした髪と肌は、南国には不釣り合いなほど白い。

 サングラスをしていて、素顔はうかがい知れない。

 だが、その姿はツルギにとって既視感を抱かせるものだった。

 どこかで見たような。

 いや、いつかずっと側にいたような──


「お兄ちゃんっ! ああ、やっと会えた……!」


 少女はツルギの下へ一目散に駆け寄り、そのまま胸元へ飛びついた。

 困惑するツルギの頬に、親愛の口づけをする少女。

 それがトリガーとなって、ツルギの記憶が引き出される。

 こんな事をしてくる白い少女は、1人しか記憶していなかった。


「……シロハ!? シロハなのか!?」


 ツルギが問うと、少女はサングラスを外して、顔を上げた。

 アメジストのように透き通った薄紫色の瞳が、露わになる。

 その目元からは、うっすらと嬉し涙が零れていた。


「そうだよ! シロハ、これつけてずっと待ってたんだよ!」

 シロハが、前髪につけていたヘアピンをツルギに見せる。

 それには、小さな白色のバラを象った飾りがついていた。

 見覚えのあるそれを見て、ツルギは確信した。

 夢じゃない、本当だ。

 本当に、シロハだ──


「……ごめん。すっかり見違えてたから、わからなかったよ」

「お兄ちゃんこそ、10年経ってこんなにかっこよくなっちゃって……!」

「シロハ……!」


 いろいろな思いが込み上げてきたツルギは、それを抑えきれなくなり、シロハをぎゅっと抱き締める。

 シロハも抱き返して答え、2人はしばしの抱擁を交わす。

 だが、ふと疑問が浮かんだツルギは、我に返って問いかける。


「ところで──シロハはどうして、こんなところに?」

「整備士の見習いになったの! あ、でもお兄ちゃんと違って軍人の学校じゃないから、一応民間人かな?」

「整備士の見習い? 民間人? というか、僕が学園に来る事知ってたのか?」

「ここに来る実習生の話聞いて、まさかって思って調べたら、ね」


 嬉しそうな少女──シロハと裏腹に、ツルギは困惑する。

 彼女がここにいる事自体が、完全に予想外だったのだ。

 もちろん、驚いているのはツルギだけではない。


「もしかして、前にツルギが言ってた、妹さん!?」


 ストームが驚きを隠せない様子で聞くと、


「はい、その通りですストームさん」


 シロハはツルギから離れて目元を手で拭くと、ぺこり、と頭を下げて礼儀正しく挨拶する。


「わたしはシロハ・ツクヨミ。お兄ちゃんをお婿さんに選んでくれて、ここに連れてきてくれて、ありがとう! こうやってまた会えたのは、ストームさんのおかげです!」

「え? ど、どういたしまして……」


 いきなりお礼を言われて困惑したのか、ストームは照れ臭そうに笑う。


「というか、ストームの事も結婚した事も知ってたのか!?」


 ツルギは、ますます困惑したのだが。


「な、なあ? ホンマに、ツルギの、妹なんか……?」

「似テナイ、ヨ……?」


 今度は、フェイとサハラが聞いてくる。

 無理もない。シロハの髪と瞳の色は、ツルギとは全く異なっているのだから。


「えっと、シロハ。説明して、いいか?」


 ツルギが確認を取ると、シロハは頷いた。

 それから、ツルギが説明する。


「シロハは、遺伝子の異常でこうなってるだけなんだ。血はちゃんと繋がってる」

「ああ、アルビノっちゅー奴か……」

「ある、びの?」

「遺伝子異常で、髪や肌が白くなる事や」


 首を傾げるサハラに、フェイが説明する。


「確かに、髪と目の色を同じにしたら、ツルギとそっくりになるね」


 ストームが、ツルギとシロハをじっと見比べて言った。


「言われて見りゃ、そうやな……色白にしてカツラ被せて女装させてみるか?」

「な、何その言い方……」


 フェイの感想には、ツルギも苦笑したが。


「……そろそろいいかしら?」


 そこに、オフィーリア教官の声が割り込んできた。

 相変わらず冷静だが、いつまで話してるの、とばかりに両腕を組んでいる。

 一同は、この場にオフィーリア教官がいる事を、その声を聞くまで完全に忘れ去ってしまっていた。

 シロハは、慌ててサングラスを再びかけて姿勢を正す。


「失礼しました! 教官!」

に案内してもらっていいかしら、シロハ君?」

「はい! シロハに、お任せあれ!」


 シロハは、敬礼しながら元気よく返事をした。


「それでは皆さん、案内しますから、ついて来てください!」

「案内って、どこへ?」


 ツルギが素朴な疑問を口にすると、シロハは得意げに答えた。


「特別な学生寮!」

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